私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

ロジャバ革命の扼殺

2016-09-08 21:19:43 | 日記・エッセイ・コラム
 シリア北部で起こっていることの真相が、私には、はっきりと見えてきました。シリア紛争の泥沼の中で凛として開花しようとした美しい革命が泥の中に引き摺り込まれようとしています。中東全体を救う可能性を秘めた一つの革命的思想とその運動の萌芽が扼殺されようとしています。その扼殺を誰よりも強く望み、しかるべく根回しをしたのがトルコのエルドアン大統領です。私の心は悲しみと怒りで一杯です。老人の感傷ではありません。
 クルド人は少ない総人口の“少数”民族ではありません。総人口約3000万、もともと、オスマントルコの勢力下で、その大多数は一つのまとまった地域に住んでいましたが、第一次世界大戦でオスマン帝国が敗れ、サイクス・ピコ協定と呼ばれる条約に基づいて英国とフランスが自国の利益のために設定した国境線によってトルコ、イラン、イラク、シリアにまたがる地域に分断されて今に至っていまが、その主要居住地域をまとめてクルディスタンと呼ぶこともあります。このうち東西に延びるトルコとシリアの国境のシリア側(つまり南側)のクルド人の居住地域は面積的に小さく人口も現在は200万よりかなり少ないと思われます。簡単のため、今まで私がしてきたように、このクルド人の少数集団を「ロジャバのクルド人」と呼びますが、今激戦地区となっているシリア北部の都市アレッポと首都ダマスカスにも数万のオーダーのクルド人が住んでいて、戦乱に巻き込まれて右往左往しているようです。
 クーデター騒ぎの後、国際的にしかるべく根回しをしたトルコのエルドアン大統領が猛然と襲いかかったのは「ロジャバのクルド人」集団です。彼はロジャバのクルド人はIS と同じくトルコにとってテロ集団だから、両方とも殲滅すると息巻いていますが、ISとは馴れ合いの「戦争ごっこ」をしているだけで、撲滅の真の目標はロジャバのクルド人だけです。
 IS(自称イスラム国、ダーイシュとも呼ばれる)はまことに唾棄すべきテロ集団です。見識のある人々が断言するように、ISは宗教集団ではありません。宗教の狂信的要素を利用している国際的傭兵集団です。それを動かしている外的資金の注入が途絶えればISは6ヶ月も持つまいとシリアのアサド大統領が言明しましたが、全くその通りだと思います。最高幹部たちを動かしているのは、彼ら自身の宗教的信念などでは決してありません。
 トルコとシリアの国境線は、海に近い最西部を除いて、ほぼ東西に延びています。この部分は500キロほどの長さです。適当な地図があればご覧ください。シリア戦争が始まった2011年初め、ロジャバのクルド人の勢力地域はこの東西に延びる国境の西端部と中央部と東部に分かれていましたが、今では中央部と東部が合体して、アフリンを中心とする西端部分が飛び地的に残っています。この西端部分と中東部分の空き間、地名で言えば、アザズからジャラブルスまでのトルコ・シリア国境線の南が現在の最重要の紛争地域です。9月5日の時事通信には、
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【エルサレム時事】ロイター通信などによると、トルコ軍は4日、自ら支援するシリア反体制武装組織「自由シリア軍」がシリア北部の対トルコ国境沿いから過激派組織「イスラム国」(IS)を排除したと宣言した。
 トルコ軍は8月24日、国境地帯からISやクルド人勢力を排除する目的で、シリア北部への越境作戦を開始し、その日のうちにISの支配下にあった対トルコ国境沿いの町ジャラブルスを制圧。作戦開始から12日目の4日、自由シリア軍はシリア北部の町アザズからジャラブルスまでの約90キロの一帯を掌握することに成功した。
 トルコ治安当局筋はアナトリア通信に対し、作戦は続けられ、さらに支配地を拡大する予定だと語った。 
[時事通信社]
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とあります。同日のロイター通信は
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 米露が停戦交渉を続ける中、シリア政府軍は8月4日、反体制派が支配する同国北部の拠点アレッポを再び包囲した。
 アレッポをめぐっては、8月初めに反体制派が東部の政府包囲網を破り、軍事拠点を制圧していたが、ここにきてロシア軍の空からの支援を受ける政府軍が再び包囲。
 トルコとの国境地帯では、トルコ軍戦車部隊がシリア領内に越境、大規模作戦を展開している。越境したトルコ軍と呼応して、シリア反体制派が西から過激派組織「イスラム国」(IS)を挟撃、国境地帯から撤退させたことを明らかにした。
 さらに、国内のクルド人勢力に手を焼いているトルコは、この機に乗じて米国が支援するクルド人民防衛隊を叩く作戦に出ている。
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と報じています。アレッポはアザズの数十キロ南にあります。ニューヨーク・タイムズを含めて、これらマスメディアの報道記事は、ある程度の情報源として利用するのは良いとしても、解説的な部分は意図的な宣伝に色濃く染められているので用心が必要です。
 現在の戦局の最大のポイントは正規トルコ軍のシリア国土内への不法侵攻です。8月24日侵略作戦を開始したトルコ軍は、米国との完全な了解のもとに“イスラム国の首都”ラッカに向けて進軍しています。「ISの軍隊を撃破し追放する」というのが公の口実ですが、これは真っ赤な嘘です。トルコや米欧が如何に表面を糊塗しようとしても、ISの軍隊は彼らの軍隊なのです。適当な地図で、まずジャラブルスとマンビジュの位置を確かめてください。この二つの町はユーフラテス川の西側にあり、川のすぐ東にはコバニ(アイン・アル=アラブ)があります。シリアのクルド人が多く居住するこの一帯を完全に制圧すべく、IS軍は、2014年9月16日、クルド人の拠点の町コバニへの猛攻を開始しました。しかしクルド人女性兵士が多数を占める人民防衛隊の約4ヶ月にわたる死闘によって、ロジャバのクルド人たちはコバネの町の防衛解放に成功しました。この戦いについては以前にこのブログでも取り上げましたが、今の私の見解なり理解なりは以前のものと大いに異なります。クルド人たちにとっては、スターリングラードの戦いにも比せられる死闘でしたが、トルコ/米国側の見地から見れば、吾人の想像を絶する緻密さで計画実践された壮大な戦闘芝居であったのだと、私は、今は断定して憚りません。そして、その瞠目の大芝居は現在只今も粛々と進行中です。
 現時点での戦況は次の通り。ロジャバの人民防衛隊は、去る6月以来ユーフラテス川の西側に兵を進めて、弱体化したかに見えたIS 軍に攻撃を加え、彼らをジャラブルスとマンビジュから追い出して、一度はその一帯を制圧したのですが、トルコと米国によってユーフラテス川の東側に押し返されてしまいました。では、ロジャバの人民防衛隊によってこの地帯から追い出されたISの兵士たちは、トルコ側から越境侵入してきたトルコ軍によって殲滅されてしまったのでしょうか? いやいやそうではありません。トルコ側から大量の戦闘服が運び込まれて、ISの戦闘員は衣替えをしてシリア反体制武装組織「自由シリア軍」の兵士に成り変わったのです。現地住民の証言がいくらもあります。驚くべき事実というべきでしょうが、私にとっては、今更驚くべきことではありません。ISという組織について私(だけでは勿論ありません)がほぼ一貫して推測して来たことの裏付けが一つ増えただけのことです。
 上に「8月24日侵略作戦を開始したトルコ軍は、米国との完全な了解のもとに“イスラム国の首都”ラッカに向けて進軍しています。」と書きましたが、近日中に、マスコミでもしきりに報じられることでしょう。“激烈な戦闘”、“米空軍によるラッカ猛爆”が報じられるでしょう。しかし、ラッカでも、傭兵たちの衣替えか、転地作戦が行われるに違いありません。この猿芝居は、どうしても、ロシア空軍に援助されたシリア国軍がラッカに踏み込む前に打たなければなりません。実は、かつてのカダフィの生地であるリビアの町シルテで演じられているのも同工異曲の猿芝居です。
 トルコのエルドアン大統領は飽くまでロジャバ革命を扼殺する決意を固め、米国はロジャバの勇猛な人民防衛隊をシリア戦争での米国地上軍代理として利用することだけに関心を持ち、ロジャバ革命には全然同情を持っていません。これが「ロジャバのクルド人」の悲劇の核心です。いや、クルド民族全体の悲劇と呼ぶべきでありましょう。今となっては、ロジャバのクルド人、ひいては、クルド民族の唯一の活路は、シリアのアサド大統領の側についてシリア国軍と力を合わせ、シリアに侵入した外国勢力を排除してシリアの独立性を回復することです。これは全く絶望的な希求では必ずしもないと私は考えます。そして、すでに、ロジャバのクルド人からの呼びかけの兆しはあります。次回にお話しします。

藤永茂 (2016年9月8日)
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Unknown (グッキー)
2016-09-13 09:29:00
トルコ、CIA謀略クーデター説まで出て来たhttp://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2016/09/-nato--74dc.html

いずれにしろトルコからシリアへの補給がどうなって居るのか分かればこれからトルコがどうするか分かると思うのだが、テロリスト集団への補給の報道がまったく無い。

こんな大規模な輸送が、ロシア、シリア、イランに分からない筈は無いと思うがRAW: Massive truck flow through Syrian-Turkish border at Reyhanli checkpoint
https://youtu.be/Nk7pu7j_l6Q
戦争に補給は付きものなのに、何故に補給に関する報道が無いのだろう?
ブログ「マスコミに載らない海外記事」を読んで (Hitoshi Yokoo)
2016-09-13 17:08:15
トルコのクーデターは、演劇的で真実味に欠ける出来事であったという印象は拭えませんでした。そして、その後も予測を越えた驚きの展開となりました。ロシアとの和解、急接近にはじまり、更には、険悪な関係に陥ったかに見えた米国の後ろ楯によるシリアへの侵攻が開始されました。この不可解な動きを誰が予測しえたでしょうか。けれども、グッキーさんのご教示で読ませて頂いた翻訳記事(トルコのクーデターからシリア侵攻までの過程を説得力を持って見事に解明している)のおかげで、多くの疑問が明らかにされました。
私はこの記事の見解が最も説得的だと思います。トルコによるシリア侵攻は、「クーデター」以前から画策された計画であり、その計画の実践にあたって、障壁を先に取り除くために、「クーデター」が偽装されのでしょう。シリア侵攻の障壁は、ひとつはロシアであり、もうひとつはトルコ軍内の侵攻反対派だったのでしょう。
エルドアンとCIAの策略は見事に成功しています。けれども、この後の展開が、彼らの思惑通りにいくとは思いません。

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