私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

ロジャバ革命の命運(7)

2017-10-30 22:24:09 | 日記・エッセイ・コラム
 「コバニでのIS軍の敗退は米国空軍の猛爆撃がもたらした」とする根強い見解があります。しかし、ロジャバのクルド人は「空爆は助けにはなったが、戦勝は人民防衛部隊YPG/YPJの熾烈不屈の闘志の賜物だ」と考えています。IS軍が多数の戦車を使ってコバニ市周辺の20に余る村落を次々に蹂躙し始めた頃、人民防衛隊はISの戦車に対する空爆をトルコに基地を持つ米空軍に要望しましたが、米空軍はそれに応じなかったという事実が記録されています。また、コバニ市街地への空爆開始後もISが占領した村落地域への物資補給が目撃されています。米空軍機(主にヘリコプター使用)によるIS軍援助行為は、過去2年間、最近の例を含めて、数多く報告されています。
 ロジャバのクルド人軍事勢力をアサド政権打倒のもう一つの代理地上軍として利用するアイディアを米国が採用したのは、YPG/YPJの全く予想外の勇猛な戦闘力を目の当たりにしてからのことだったと推測されます。ISがコバニ・カントンとその中心都市コバニの制圧を開始した時点では、深刻なレベルで反帝国主義、反米であるオジャランのロジャバ革命の扼殺は、トルコのみならず、米国にとっても望ましいこととされていた筈です。トルコの反発が必至のYPG/YPJ支持に米国が踏み切ったのは、しかし、米国が大胆な新しい戦略を採用したことを意味しません。米国がサダム・フセインのイラク國の破壊に用いた政策と同じアイディアの適用に他なりません。イラク北部にクルド人自治区を創設して米国の属国化し、イラクの石油産業を米欧資本の支配下に置いたのと同じことをシリアでも実行する政策決定を行ったということです。クルド人民防衛隊YPG/YPJを主体とする新しい代理地上軍はSyrian Democratic Forces (SDF)と命名されました。北イラクのKRGのペシュメルガに対応します。
 2017年10月22日、SDFはデリゾール市の東約25キロにあるエルウマール(Al-Umar)の油田地帯をISの支配から解放したと発表しました。27日には、SDFはさらに30キロほど進撃してイラクの国境に近いシリアでのIS最後の拠点al-Bukamalに迫り、ISとの交渉が成立して、その地域の無血占領に成功する見通しであることが報じられています。
 一方、前にも述べましたように、アサド政府軍の精鋭部隊はラッカの南方を急進撃してデリゾール市に達し、続いてユーフラテス川の両岸のシリアの油田地帯を制圧しようとしましたが、IS軍の熾烈な抵抗、反撃にあって、このところ、進撃は停滞してしまいました。
 デリゾール市周辺からユーフラテス川の東に広がる油田地帯をめぐるアサド政府軍、IS、SDFの三つ巴の争奪戦に関しては、報道が錯綜して詳細は必ずしも明確ではありませんが、ISとSDFの両方の指揮系統が米軍によって掌握されていることは否定の余地がありません。そうでなければ、ラッカからアルブカマルに到る距離は200キロ以上、SDFが僅か2週間ほどの間にISの占領地帯を貫通してアルブカマル市に到達できる筈がありません。
 米国の意図はもはや明白です。ISが占領したシリア北部と北東部を、“ISとSDFとの激闘”という芝居を打って、SDF勢力に肩代わり占領をさせる。(今回のSDFのアルブカマル奪還は、2014年にKRGのペシュメルガが当時のISISからキルクークを“奪還”した手口と同じです。)ISの戦闘能力はシリア南部に温存したまま、米国は“シリアからISが駆逐された”後の「和平会議」に臨み、あくまでアサド政権の打倒の執念を燃やし続けて、SDFに占領させた地域をシリア国土内の自治地域と規定することを要求することになります。現在すでにSDFのクルド人司令官たち(つまりYPG/YPJの代表者)に「我々が解放したラッカはアサド政権には戻さない」と繰り返し言明させています。ラッカはもともとクルド人が多数を占める地域ではありません。YPG/YPJの代表者たちは「ラッカにはロジャバ革命の理念に基づく行政組織を育て、YPG/YPJ軍は一部を残してラッカから撤退する」と具体的に発言もしています。これらの政治的発言は明らかに米国の指導指令によって行われている国際的「和平会議」の準備工作です。また、勿論、米国がロジャバ地域内に(もちろんアサド政府の了承なしに、つまり、不法に)建設した米軍基地もそのまま保持して、「和平会議」の取引の材料にするでしょう。
 これまで何度も申しましたように、シリアの戦乱は「シリア内戦」ではなくアサド政権打倒を目指した国外勢力による侵略戦争であり、国際紛争であります。そして、このシリア戦争の終結が、軍事的にではなく政治的にもたらされるとすれば、それは結局のところロシアと米国の力の兼ね合いで決まってしまうことでしょう。これが国際政治の計算の非情さというものであり、是非なきことと諦めなければなりますまい。しかし、私は、「ロジャバ革命」を自己の帝国主義的欲望の泥沼の中に引きずり込んで、全くの台無しにしようとしている米国に、限りない嫌悪を覚え、怒りを抑えることができません。米国は実に“汚い”国だとつくづく思います。
 私は4ヶ月ほど前にStephen Gowansの『The Myth of the Kurdish YPG’s Moral Excellence』(クルドの人民防衛隊の道義的卓越性という作り話)と題する記事に接しました。長い論考ですが、要するに、YPGはクルドの無政府主義ゲリラのテロ組織PKKそのものであり、「ロジャバ革命」とい美名を隠れ蓑にして世界の同情と支持を得ようと試みている、という主張です。これを読んだのがきっかけで、それまでの私の「ロジャバ革命」についての認識が甘かったかもしれないと考えるようになり、オジャラン自身のいくつかの著作を読み返し、私なりのsoul- searchingに努めましたが、結果としては「ロジャバ革命」の重大な意義を再確認することになりました。オジャランが獄中から提唱した「ロジャバ革命」の理念は単にクルド問題の解決のみならず、世界全体が直面する危機的状況を解決する可能性を確かに秘めている革命理念であり、これを米国の活殺自在に任せるわけには参りません。
 眼前の状況を直視する限り、私が心から支持する「真正のロジャバ革命運動」は米国の“IS消滅”後の対シリア政策の実行プロセスの中で一度は扼殺されてしまうことでしょう。しかし、オジャランの「ロジャバ革命」の理念の信奉者たちが、このままアメリカニズムの毒に当たって腐敗し、消滅してしまうとは、私にはどうしても考えられません。
 2015年12月に発足したシリア民主協議会(Syrian Democratic Council, MSD)はSDFの政治活動担当機関です。コバニの攻防戦は2014年9月から2015年1月までの5ヶ月の死闘でしたから、米国は、ほぼ一年をかけて、ロジャバのYPG/YPJをアサド政権打倒の最も有効な軍事政治勢力として育てたことになります。MSDの代表的発言者として知られるのはIlham Ehmedという名の女性で、ワシントンにも出かけて米国政府との連絡の任にあたっています。ネット上で彼女の発言の多くを読むことができます。例えば、次の発言はロジャバ革命の支持者にとって誠に喜ばしいサクセス・ストーリーですが、私には何処かワシントンの匂いがします:

https://anfenglish.com/features/preparation-efforts-for-democratic-syrian-constitution-underway-22390

SDFの軍事部門つまりYPGの女性司令官の類似の発言もあります:

https://anfenglish.com/features/ypg-commander-calls-for-international-support-to-rebuild-raqqa-22949

この記事からもワシントンの匂いがするような気がしてなりません。

藤永茂(2017年10月30日)
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