私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

ミシシッピー州ジャクソン市で希望の灯が点った

2017-05-11 14:01:31 | 日記
 我々がこのまま行けば、核戦争か環境破壊による滅亡が待つばかりです。閉塞感などという生ぬるいものではなく、底なしの虚無感が死期の迫った老人を包み込みます。限りを知らぬ人間の残忍さと愚かしさ。
 シリア北部のクルド人居住地で産声をあげた「ロジャバ革命」に私が強く執着する理由は、せめても「この世界とは別の世界が可能である」と信じて死んで行きたいからです。
 米国のミシシッピー州の州都で最大の都市ジャクソンで来たる6月6日に行われる選挙で、34歳の黒人弁護士ショウクウェイ・アンタール・ルムンバが市長に選ばれることが確実視されることになりました。この若い黒人男性の父親ショウクウェイ・ルムンバについては、このブログの2015年11月8日付の記事『トーマス・マートン、ショウクウェイ・ルムンバ、暗殺大国アメリカ』で、トーマス・マートンを論じた後に、次のように書いています:
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 もう一つ、日本人の意識に刻まれていない名を挙げます。ショウクウェイ・ルムンバの元の名はEdwin Finley Taliaferro で、1968年マーチン・ルーサー・キングが暗殺されたのを機に、アフリカから連れてこられた奴隷の後裔としての自覚を深め、名前をChokwe Lumumbaと改めました。英語ウィキペディアによると、ショウクウェイは奴隷にされることに反抗した歴史を持つ中央アフリカの部族の名、ルムンバは1961年暗殺されたコンゴ指導者パトリス・ルムンバから取ってあります。ルムンバの暗殺についてはこのブログでも書いたことがありました。ショウクウェイ・ルムンバは黒人人権運動に精力的に従事し、また弁護士としても名を上げて、2013年6月4日、86%の得票率でミシシッピー州の首都ジャクソンの市長に当選し、7月1日、市長に就任しました。ジャクソン市の人口の約80%は黒人です。ルムンバ市長は、直ちに市の荒廃した下水道や舗装道路の修復などに着手しましたが、翌2014年2月25日、病院で死亡、66歳でした。彼の死は自然死だったと病院は発表しましたが、司法による検死は行われないままです。
 私がショウクウェイ・ルムンバの死に問題があることを知ったのは、私が信頼するグレン・フォードの記事からです。

http://www.blackagendareport.com/content/how-and-why-did-chokwe-lumumba-die

「ショウクウェイ・ルムンバは、“根底から立ち上げる社会変革”のプロセスを出発させるために、ミシシッピー州、ジャクソン市の市長に立候補した。彼は市長になって9ヶ月で亡くなったが、州当局は司法検死を行うことを拒絶した。多数の人々が、彼は支配秩序に挑戦したために暗殺されたのでは、と疑っている - これは当然のことだ、何故なら、“ミシシッピー州はこれより遥かに軽い理由で何千もの黒人を殺してきたのだから。”(Chokwe Lumumba ran for mayor of Jackson, Mississippi in order to set in motion a process of “social transformation from the ground up.” He died eight months into his term, but the state refused to do an autopsy. Lots of folks suspect he was assassinated for challenging the ruling order – which is logical, since “Mississippi has murdered thousands of Black people for far less reason than that.” )」
ここで、“from the ground up”という表現に注意しましょう。普通は「徹底的に始めから」とか「一から」という具合の表現ですが、この場合には、ショウクウェイ・ルムンバの意図していた社会改革が、文字通りの社会の底辺レベルの生活共同体(コミュニティ)から民主的施政のメカニズムを組み上げて行くことであったことを意味していると思います。彼が市長になれたのは、市の黒人人口が80%を超えていたからですが、今のアメリカの政治システムでは、それから先には進めないことを彼は市長になる前から痛感していたに違いありません。穏健な黒人雑誌「エボニイ」の記事にも、彼が協同組合的な経済、参加型民主主義、社会的平等を目標に掲げていたことを指摘しています。
 私は、ここに、近頃、私が考え続けている事との繋がりを見てしまいます。キューバの人たち、シリア/トルコ/イラクのクルド人たち、メキシコのサパティスタの人たちが実現を目指している政治形態と同じだと思うのです。はっきり言ってしまえば、ごく常識的な意味で、本当に民主的な社会を底辺から築き上げて、本当の意味での連邦組織に世界を変えて行くということです。(昔、世界連邦という、今は、虚しい言葉がありました。)私は、このアイディアを素晴らしいものと考え、その実現に大きな期待を寄せています。人類を現在の危機から救ってくれるほぼ唯一のアイディアでしょう。
 しかし、このショウクウェイ・ルムンバという厄介者に対する暗殺大国アメリカの反応は直裁でした。(私はルムンバが暗殺されたことをほぼ信じます。)この米国という暗殺大国のシンボルは、勿論、世界の大空を我が物顔に飛翔するドローン殺人鬼(文字化けでこう出ました。このままにしておきます)です。
 私は、かれこれもう20年ほども前から、一つの空想を抱き続けています。小型ロボットの形での暗殺テクノロジーが、反権力側の人々の手に届けられる日の到来です。殺したい人物を殺すテクノロジーを権力側は既に保有しています。今、逆境に苦しみながら反権力の立場を守り通し、戦い続けている人たちが、極めて確実性の高い暗殺のハイテクを入手したにしても、無闇に暗殺が実行されるとは、私は思いません。それは真の反権力の立場と反りが合わないからです。彼らは権力の取り合いの戦いをしているのではありません。権力の保持拡大のためには個人の暗殺、大量虐殺の実行を躊躇しないような権力システムを消滅させるために戦っているのですから。
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 米国の権力組織から厄介者と見做されて、(おそらく)暗殺された父親の政策を、息子のショウクウェイ・アンタール・ルムンバは継承するでしょうか? 
息子アンタールの選挙戦スローガンは「私が市長になれば、あなたが市長になる(When I become mayor, you become mayor)」でした。これは一般市民の本格的な参加型民主主義政治形態を目指していることを示しています。ジャクソン市の地域経済を振興し、雇用を作り出す方途として、土地の人々の自主的能力と財政力を基礎にするか、地域外の大企業に頼って、その免税や公共事業の私有化の要求に応じるかの選択がありますが、新市長は父親が選んだと同じ道を進もうとするに違いありません。それを中央の権力組織がどこまで許すか、私は固唾を呑んで見守ることになりましょう。これは単なる米国の一地方の局所的な政治問題ではありません。本質的には、シリアの「ロジャバ革命」につながり、メキシコの「サパティスタ革命」につながる問題です。

藤永茂(2017年5月11日)