本と旅とやきもの
内外の近代小説、個人海外旅行、陶磁器の鑑賞について触れていき、ブログ・コミュニティを広げたい。
 


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 日米開戦の12月8日の伊藤整の日記に「宮城の横の十字路をカーキ服の学生が駆けて行く…宮城を拝むのであろう」とある。半藤一利の『文士の遺言』にあったので拾った。
 
 カーキ色に関心があって調べてみた。英語の「Khaki」は、語源はペルシャ語の「Khak」(土埃)に由来するらしい。そこから派生してインドのヒンズー語でも「カーキ」と呼ばれたようだ。ペルシャとインドは言語的にも近かったか。
 そのインドに駐留していた英国軍が白い軍服が汚れることを嫌ってその地の土で染めたところ、現地語でカーキといわれた。ペルシャ語かインド語の英語化ですか。

 戦時には学生服がカーキ色であったのは軍服と同色で、これが国防色だったからなそうだ。戦争のイメージはともかく黄土色そのものの色がよいイメージないね。

 豪雨のせいで川は黄濁色になって流れていた。これもカーキ色といえる。戦争と同じように悲惨な色だ。


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