笑わぬでもなし

世相や世情について思いつくまま書き連ねてみました

ちりとてちん

2017-04-17 | 時事
 かれこれ数十年前に、パリとベルリンを訪れた時に、かの街の文化保存,歴史保存に驚嘆した。ベルリンでは、あの大空襲で焼かれたものがあった。壁面が煤けて真っ黒な建物が何棟もあった。尤も,保存のつもりか建替えするゆとりがなかったのか知らぬが。パリでは、有名な史跡をライトアップしていた。これも今と成っては我が国でもみかけるが。ニューヨークのラジオ博物館では、過去のテレビ番組が殆ど視聴できた。受付で名前と、リクエストを記入し、ヘッドホーンが渡されて、テレビ画面のあるブースを指定される。そのブースに入って暫時待つと、リクエストした番組が始まる。歴史のない国、正確には南北戦争以後、内戦のない国だからこそできる過去への、記録への固執かと軽蔑しつつも、その地道な努力に舌を巻いた。帰朝して思ったのは我が国の文化に対する認識,理解度の低さであった。どうしてこんなに文化遺産なり,芸術なりに冷淡なのだろうかと。そして且つ閉鎖的なのであろうかと。
 震災は仕方ないとして,戦災、その後の五輪とバブルで徹底的江戸、明治,大正,昭和を破壊尽くした。文化なんてものは,贅沢で,金持ちの道楽。古いものはダメで,新しいものがよい、過去よりも未来への発展、進歩をもてはやした挙げ句が「美しい国」「瑞穂の国」である。
 橋本治先生は,近著で「バブルは金持ちがいなくなった時代」と述べている。金持ちがいないから,金持ちが何を食べて,どこへ行き、何を来て、どんな作法をしているのかわからない。わからないから「料理の鉄人」、「お宅訪問」、「社長の暮らし」なんて番組が、出来たとも書いている。小生の周りでは、サザビーズの競売に出かけて、美術品を購入しているのがいたし、外車の他に「シーマ」なんて国産車に乗っているものがいた。小生にはそれらはまるで異国の出来事のようであった。
 そして時代は、あのバブルの時、「金を持っていて、体力もある」世代が「爺い」になった。その爺いが大臣という要職に就いている。当然、美術品なんてものの価値は金でしか理解できない。文化は有形、無形にあるなんてことも知らない。文化を決めるのは権威と金銭価値だと思い込んでいるに違い有るまい。
 学芸員がガンであるという無神経さは,無知を通り越して、お里が知れようと言うものである。小生が覗くつぶやきでは,一様にあの大臣の無知さに憤りや,慨嘆しているものばかりであるが、巷間はそうでないのかもしれない。聞けば、彼の発言は外電にて諸国に伝えられたという。時代が時代なら,彼の発言自体が国辱行為である。明らかに、数十年前よりも文化に対する認識は後退しているように小生には感じられる。確かに街のそちこちに「某の道」なり散策道路が出来て街谷村の由来がわかるようになってきている。古い建物にライトアップがされるようになった。一報で、文化は金儲けの手段、町おこし,村おこしの手段であるとなってきている。おらが村、おらが街の祭りが一番という気持ちよりも,その祭りでどれだけ人を呼べるかだけが焦眉の急になっている。怪しや、「世界遺産登録」やら「文化遺産」という言葉を目にする。今や大きな祭りは「世界遺産登録」が合い言葉になっている。
 かくいう小生とて,本当にもの価値がわかるかと言えば怪しい。博物館、美術館、郷土資料館の学芸員に勝る知識を持っていない。そのような小生に出来ることはと言えば、権威や金銭価値でしか「文化」なり「ものの真価」がわからない人に馳走することである。当然、出す品は世に二つとない珍味、関西で言うところの「ちりとてちん」である。
 
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