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老中 田沼意次

2016-10-16 15:24:12 | 歴史


老中 田沼意次

田沼意次 とは、江戸幕府中期の老中である。
後世、賄賂をもらった人物として知られている。
だが田沼意次は当時最も進んだ考えを持った人物であった。
なぜ悪評だけが後世の人々に伝えられたのか。
それは当時の武士(エリート階級)の考え方にある。
当時の教育は、朱子学と呼ばれる儒教の教えを大切にしていた。
朱子学では主君への忠義を何よりも重んじる教えだ。
その為徳川家康時代に導入され、多くの武士が朱子学を学んだ。
この武士(エリート階級)を頂点として、農家(農産物を生産する階級)・工業者(職人など)・商人という身分が形づくられていた。
老中田沼意次は、この最も下の身分の商人を重んじて商業を重視していた。
朱子学の教えでは、商人とは卑しい者・蔑む者・やってはいけない事である。
朱子学の教えを習っている武士は、田沼意次に反発した。
後の老中となる松平定信もその一人である。
田沼意次は、農業による生産が主だった財政を商業を活発にする事によって幕府の財政を豊かにしようとした人物だった。
当時のヨーロッパでは商業による富国強兵が進んでいたが、日本国内は鎖国であった為、外国の情報は一般庶民には入ってこなかった。
田沼意次は失脚し、70歳で死去する。
老中田沼意次の農業主体の経済から商業主体への経済への転換は失敗に終わった。
その後、田沼意次の政策を試みる政治家が出る事はなかった。



「逆説の日本史」 井沢直彦


現在世界の中で盛んな国は中国である。(世界の地下鉄から)
現在一般庶民から隠されている情報は『宇宙』である。
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