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学校問題

2006-10-31 23:06:12 | Weblog

高校の世界史履修問題、いじめ問題、教員の質の低下etc・・・。学校問題が最近再びクローズアップされている。学校問題・教育問題は、主に2つに分かれると思われる。一つは学力の問題。(日本人の基礎学力はここ数年、世界でどんどん落ちている。ゆとり教育の弊害と、ここ数年不景気で、ニートやフリーターがあふれたことからも、勉強したから未来があると親子共々思えない世の中だったからかもしれない。)もう一つは心の問題だ。《いじめ・不登校・自殺者多しなど、日本人のモラール(礼儀ではなく士気)が落ちている。》

学力の問題については、「受験制度」「カリキュラムの見直し」はゆとり教育のゆり戻しで国がカリキュラムの難易度・量を上げるだろうから、その部分では何も言うことはない。但し、教師の質の問題については、私なりに言いたいこともある。はっきり言って、「なりたい職業が見つからないから、何となく教師」という人も多数いるのではないだろうか?公務員は削減しなければならない中で、競争原理を働かせて、教育が好きで信念のある教師以外は淘汰させるべきだと思う。例えば授業のやり方。これは私がグロービスの研修にいっても感じることだが、単なる知識付与だけであれば、全国で質の良い教師の授業を実況中継すれば、よほど質の高い授業を受けられる。(予備校の教師の授業のほうが、高校の教師の授業よりも面白いし、頭に入ってきた経験がある。)教師の数も少なくてすむだろう。ただ皆が集まらないと出来ないこともある。それはケーススタディーやグループディスカッションだ。この活動を通して、論理的に物事を考えたり、物事には多面的な見方があることもわかる。表現力も身につくだろう。学校の授業は圧倒的に講義形式が多く、そのような形式の授業がかけているような気がする。ブロードバンドも発達している時代だ。「知識付与」は、講義の質の高い教師のオンライン授業で学ばせ(学校内でも家でもいいが)、グループディスカッションやケーススタディーだけ、クラスで集まって実施する。学校教師(以後教室教師)はコーチングやファシリテーションの技術が重視されるし、専門知識よりもそのようなスキルを持っている教師を「教室教師」として選ぶ。そうすれば教師の数も減るし、かつ知識付与においては質の高い教師しか残らない。オンラインで生徒が選べるようにして、ブログのようにランキングもつければよい。それによって給与も決まる。競争原理を働かせていかに面白く、質の高い知識付与が出来るかということに腐心するようになるだろう。学力の問題について言いたいことはそれだ。分業制にすると一人一人に目が行き届かなくなるだろうから、チューターのような存在は必要だ。しかしチューターの役割は、一人一人のカリキュラム管理と精神的ケアだけに置くべきで、「学力」「道徳」については、役割として請け負うべきではない。いじめ問題が起きても、現在の現象を見ると、担任が解決出来ない。それであれば専門家を県もしくは市単位で設けるべきであって、チューターはそのような問題が見受けられれば、専門家に報告を行い、専門家が現地に駆けつけて対処する。報告義務だけを負わせればよい。チューターの給与も今の公務員給与よりも下げればよい。(教員見習い生にやらせてもよいかもしれない。)その代わり、副業は認めてやるべきだ。

心の問題については、県ないし市単位で、独自のカリキュラムを組み、その授業時間は外部の講師を呼んだり、オンラインで外国人と触れさせたりするべきだ。(例えば、ある県では、ワタミの渡辺社長が必ず来て講演を行う、これはこれからのIT技術の進化もあるだろうが、外国の同年代の子とオンラインで触れさせる等、色々考えられるはず。)月並みな見方だが、もっと「世界の仲の日本」「現在の勉強と将来の職業」という関係性を、子供が自然に捉えられるような取り組みをするべきだ。道徳も、もっと専門的な時間の特色を強くするべきである。早くから世の中には色々な生き方をしている人間がおり、色々な生き方があり、日本とは全く違う価値観の文化もあることを身近に感じさせるべきだ。その中で「日本人」としての独自性・特徴・誇るべき文化も意識できるのではないだろうか?

最後に「世界史の履修問題。」学校側がカリキュラムから世界史を削除したのに、子供が卒業できない、今になって受験前に勉強させるというのは理不尽極まりない。但し、受験の公平性の立場からは、100時間の世界史を受けている生徒とそうでない生徒で不公平が生じるという理屈はわかる。それであれば、大学側が入ってからのカリキュラムで、全国統一で該当する学校から入学した生徒には、世界史のカリキュラムを国が定めて、必修科目として、受けさせれば良い。その代わり、大学卒業に必要な総単位はあまり変えないことが前提だ。あくまで今回生徒は被害者だからである。(確かに学ぶべきことを学んでいないということもあるのだから、社会に出るまでに学ぶことを義務付ければ不公平は是正されるだろう。)講師を各大学が用意するのがコストがかかるというのなら、それこそ、衛星授業かオンライン授業を行えばよい。

必ずしも私が言ったことがあってはいないだろうが、他国の真似事や今までの延長線上での改善、過去へのゆり戻しではなく、大胆で斬新かつ現実に即した発想で改革してもらいたい。

 

 

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