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竹内まりや「廃業はイヤ!」実家旅館の“お家騒動”乗り越え自らオーナーに

2017年05月20日 | 芸能ニュース
竹野屋旅館は出雲大社の鳥居から100メートルほどの参道にあり、開業以来140年になる。竹内まりやの実家としても知られる老舗で、土日はなかなか予約が取れないといわれてきた。

 皇族が利用されたこともある格式の高い旅館で、沢田研二と田中裕子が披露宴を行ったことも。まりやの父の代までは経営は順調だったが、長男(まりやの兄)が5代目を継いでから、転落が始まったという。

「彼は親に甘やかされて育ったので、接客業の基本がわかっていなかったのではないかと思います。よく言えば自由人なんですが、“顧客ファースト”という考え方がないのが経営者としては致命的でしたね。

 出雲駅伝に出場した選手が挨拶に行くと、“私は早稲田が好きだから”と会ってくれなかったそうです。父が早稲田出身だったというんですが、いただけない対応ですよね。チェックインのときに客がスリッパを要求すると、“うちは用意していないんです”と上から目線。客が怒ってそのまま帰ってしまったこともあります」(地元の住民)

 出雲大社といえば4年前、60年に1度の“平成の大遷宮”を行い、注目を集めた。


鳥居からのぞく出雲大社。年間に59万人が参拝するスポットだが宿泊せずに帰る人も多い
'14年には、高円宮家の典子さまが出雲大社権宮司の千家国麿さんと結婚したことも話題になり、昨今では“ヒーリングスポット”として全国的に有名になっている。

「本来ならもっと活気づいてもよさそうですが、実情は苦しいんです。郊外店の進出で地元の商店街がさびれ、夜逃げする人も出ているくらいですから……」(地元記者)

 平成不況もあり、客足は遠のいていく。環境の激変が災いしたのは確かだが、竹野屋が傾いた原因は5代目の振る舞いにもあった。

「有能な従業員も、おかしな発想を押しつけられるのに耐えられず辞めてしまう。従業員の教育もできないので、仲居さんのレベルもどんどん落ちていきました。5代目の女将が親族を連れてきたことで女の戦いが激化し、雰囲気が悪くなったともいわれていますね」(同・地元記者)

 趣味はジャズと無線で、インドア派のオタク気質。従業員とのコミュニケーションが苦手で、社内の人間関係がギクシャクすることに。

「頭を下げることのできない人でした。神経質で、従業員にはいちいち細かいことで文句を言っていたようです。景気が落ち込むなか、旅館組合が共同で大きなホテルを運営しようという提案が出たこともあります。

 話が決まりかけたんですが、5代目だけが反対して実現しませんでした。すると、他県から大きなホテルが進出してきて、さらにピンチに追い込まれたんです」(同・地元記者)

 最後にはスタッフが5人にまで減り、旅館営業が不可能に。宴会や結婚披露宴は続けていたものの、宿泊ができないので、客はみんな近隣の温泉宿に流れてしまう。そんな厳しい実家の窮状を知って、心を痛めていたのが、まりやだった。


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