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前川喜平氏「国会前の安保法制反対デモに参加していた」「安保法制は憲法違反」 福島の講演で

2017年08月15日 | 政治社会問題


前川喜平氏「国会前の安保法制反対デモに参加していた」「安保法制は憲法違反」 福島の講演で
8/15(火) 9:30配信 産経新聞
前川喜平氏「国会前の安保法制反対デモに参加していた」「安保法制は憲法違反」 福島の講演で
前川喜平・前文部科学省事務次官(写真:産経新聞)
 文部科学省の前川喜平前事務次官(62)が自身の講演で平成27年9月、安保法制に反対した学生団体「SEALs(シールズ)」などが国会前で行った集会に参加していたと話した。当時、前川氏は文科省の審議官で翌年の6月、事務次官に就任した。公務員で、しかも省庁事務方のトップを担い、加計学園問題でも参考人招致を受け、今も積極的に発言している前川氏が従来から安倍政権に批判的だったことを自ら認めた形だ。

 前川氏は今月2日、福島市の福島県文化センターで開催された「前川さん大いに語る」(主催・前川さんの話をきく会実行委員)で講演した。前川氏は2時間近くに及ぶ自身の講演の終盤近くになって、「ここだけ内緒の話ですけど」と前置きして「2年前の9月18日、国会前にいたんです」と切り出した。

 前川氏は「集団的自衛権を認めるという解釈は成り立たない。立憲主義に反する」と述べ、安保法制が参議院で成立した日だったからだとデモに参加した動機を述べ、「今日行かなきゃもうないと思ったんですね」と語った。

 また「平和憲法を本当に土足で踏みにじるような行為は、これは問題だと思っていましたから」とも話す一方で「ただそれはですね、バレてませんでしたから。これ、バレてたら事務次官になってなかったんです、おそらく」とも述べ、場内を沸かせた。

 また事務次官を退任する経緯については「天下り問題は文科省のオウンゴールで、官邸から(自分が)言うことを聞かないから首を切られたとは思っていない」と述べ、「政治案件ですから(加計学園問題を承認するのは)しょうがないと思っていた」と明かした。退任後になって「ゆがめられた政治案件を正すには発言するしかないと思った」と加計学園問題で「政治的圧力」を発言するに至った自身の動機を語った。

 これまでに閉会後審議なども含め、半年近く森友、加計学園問題が国会で審議されてきたが、安倍晋三首相の「働きかけ」は立証されておらず、前川氏も首相からの直接の口利きの存在は証言していない。

 (前川氏の該当部分の発言要旨)

 ここだけの内緒の話ですけど、2年前の9月18日、国会前にいたんです。

 「SEALs(シールズ」の連中はね、ラップのリズムで「集団的自衛権はいらない」って言ってるわけですよ。「集団的自衛権はいらない」って非常に散文的な言葉ですけど、これがあのリズムに乗るところがすごいですよね。「集団的自衛権はいらない」「集団的自衛権はいらない」ってこういうリズムで、こういくわけですね。

 これもシュプレヒコールっていうのかなとか、つまんないこと考えながらですね、面白いなって思って。

 私は安保法制は解釈改憲によるものですけども、集団的自衛権を認めるという解釈は成り立たない。立憲主義に反すると、やっと憲法の話になってますけどね。

 戦争はしないと9条で宣言している。自衛隊の存在を多くの国民が認めている。それは、ここまでは認められるというコンセンサスに近いものを作ってですね。専守防衛で自衛隊ならば、実力組織として認めてもいいんじゃないか、というところで踏みとどまっていたのが自衛隊だったと思うんです。

 それをいともあっさりと踏み越えてしまったんですね。しかも法制局の見解だ、閣議決定だと政府の中の考え方として、集団的自衛権は憲法上認められていると、ありもしないことを言って、あってはならない憲法解釈に基づいて法律作っちゃったわけですから。

 私は個人的には、安保法制は、集団的自衛権に基づく条文はすべて憲法違反だと思います。

 いや、これは安保法制は賛成の人もいますから、これは私の意見です。

 あの法律は作るべき法律ではなかったと思っていますので、そのためには一個人として、一国民として正門前に私は声を出す場がなければいけないと思ってですね。声を出すといったって、みんなに混じって言ってたんですけど。

 みんなに混じって言ってただけで、しかも行ったのは9月18日の1回きりですからね。あの日はですね。今日行かなきゃもうないと思ったんですね。その日は安保法制が参議院で成立した日ですから。

 何も好き好んで満州事変の日にやらなくてもいいと思ったんですけども。9月18日ですから、まさに日本が中国侵略を、本格的な中国侵略を始めた日ですよね。1931年9月18日。

 だからまあ、日本が誤った戦争をしたというこの痛切な反省の上にできている憲法だからこそ、平和憲法というわけですから、その平和憲法を本当に土足で踏みにじるような行為、これはやっぱり問題だと思ってましたから、だからそれはですね、バレてませんから。

 これ、バレてたらおそらく事務次官になってなかったんです。あの、おそらく。

 まさかねえ、これから事務次官になるっていう人間がですよ、安保法制のデモにいるとは思わないですよね。

 だからこれ、本当に内緒の話ですから。(WEB編集チーム)

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