独眼竜国際ジャーナルの ヒデと明美の愛のブログ

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「大阪の三ケチ」吉本晴彦さん死去 元大阪マルビル会長

2017年08月15日 | 政治社会問題
seekfree | 4時間前
この人が評価されているのは

戦後、大阪駅前の自分の土地を勝手に「俺らは朝鮮進駐軍だ!」
「敗戦国日本の土地など接収する」と
不法占拠してた朝鮮人たちを

自らブルドーザーで蹴散らして追い払ったこと。

この人の土地ではないところには、その後延々と不法占拠や
違法営業されて

大阪駅前にの一等地のビル複数は、その問題引きずって
市の福祉窓口がある立派なビルに

パチンコ屋とサラ金が同居してる異様な有様のままです
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返信0
mvs65000 | 3時間前
おいおい、なぜ梅田村事件に触れないんだ!
ふざけるな朝日!

梅田マルビルの在る場所は、戦後、朝鮮人が不法占拠した場所だ。そんな場所は日本中至る所にあったが、土建屋の社長だった吉本晴彦は従業員総出で朝鮮人を追い払った。そしたら事もあろうか朝鮮人が吉本晴彦を訴えた。一審吉本敗訴、しかし裁判所はあまりにもおかしいと、二審吉本勝訴、これを機に不動産侵奪罪という新たな法律ができたのだ。

梅田マルビルは日本人が朝鮮人から土地を奪い返した歴史的な場所なんだぞ!それが吉本晴彦だ!

戦後日本マスコミはこれまで散々朝鮮人の悪行三昧を隠してきた。これが世にゆうアメリカによるプレスコードだ。

目を覚ませ日本人!




「大阪の三ケチ」吉本晴彦さん死去 元大阪マルビル会長
8/15(火) 13:01配信 朝日新聞デジタル
「大阪の三ケチ」吉本晴彦さん死去 元大阪マルビル会長
元大阪マルビル会長の吉本晴彦さん=大阪市北区梅田1丁目
 元大阪マルビル会長で、「大日本どケチ教」の教祖にもなった吉本晴彦(よしもと・はるひこ)さんが5月30日に老衰で亡くなっていたことがわかった。93歳だった。葬儀は近親者で営んだ。喪主は妻初子さん。

 大阪・梅田の大地主の家に生まれ、祖父彦太郎氏に「どケチ道」を仕込まれた。学徒動員された経験を持ち、中国で終戦を迎えた。復員後に不動産業を始めた。

 1970年、自分の半生に基づいてケチを勧めた著書「どケチ人生」がベストセラーになり、73年に「大日本どケチ教」を設立して教祖に就任した。元サントリー副会長の故・鳥井道夫氏、森下仁丹社長だった故・森下泰氏とともに「大阪の三ケチ」と呼ばれた。

 76年にはJR大阪駅近くに円形型ビル「大阪マルビル」が完成。ビルを管理する大阪マルビルの社長などを務めた。ビル内のホテルの稼働率は高かったが、円形のため建設コストが高くつき、借金の返済負担が重くのしかかった。

 バブル期の絵画や不動産投資の失敗などもあって、会社は2004年に産業再生機構の支援が決定。その後、大和ハウス工業の子会社となった。

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