大衆文化評論家指田文夫の「さすらい日乗」

さすらいはアントニオーニの映画『さすらい』で、日乗は永井荷風の『断腸亭日乗』です。多くのジャンルをさすらいます。

『ヒタメン 三島由紀夫が女に逢う時・・・』 岩下尚史 雄山閣

2012年02月13日 | 
ヒタメンとは、直面のことで、能で面をつけずに演じること。
ここでは、三島由紀夫こと平岡公威が、男としての素顔を、恋人だった女性豊田貞子の前で見せたことを言っている。

1954年7月、当時の六代目中村歌右衛門の歌舞伎座での楽屋で、三島は彼女に会い、一目で恋に落ちる。
日本的な美貌もさることながら、小柄で歌舞伎や邦楽の世界に通じていたことが彼の気に入ったのだろう。
その後約3年、二人は毎日のように会い、親密な関係を続ける。勿論、すぐにセックスにまでいく。

当時三島由紀夫は、新進作家として売り出し中で、この彼女との交際の中で、最高傑作となる『金閣寺』を書く。
また、流行作家として、かなり通俗的、商業的な小説やエッセイ等も書いているが、それには彼女との交際が種になっていることが明かされる。
ここで彼女から語られるのは、『仮面の告白』で書かれたような同性愛者ではなく、ただの初な男としての平岡公威である。

だが、官吏の息子で、質素な家庭の平岡公威と、赤坂の大料亭の娘である貞子との結婚は本来的に無理で、二人は自然と逢わなくなる。
そして、三島は、日本画家杉山寧の娘の瑤子と見合結婚する。
このことを持って、作者の岩下は、「三島由紀夫の同性愛」は、特に『仮面の告白』は、作家としての商売的なものだと言いたいように見える。
だが、そうだろうか。
貞子との恋愛、さらに瑤子との幸福な結婚当初を除き、やはり三島由紀夫に、同性愛があったことは事実だと思う。
勿論、そのことで彼の文学の意味が損なわれるものでないのは、異性愛を証明したことと同じである。

この貞子との恋愛の時期の直後には、外人司会者で人気者だったロイ・ジェームスと結婚していた湯浅あつ子の邸宅で行われていたパーティーや交友を基にした小説『鏡子の家』も書かれた。
その湯浅あつ子の話は、平岡家の経済的実情も語られていて、やや身も蓋もない気もするが、三島由紀夫の努力と苦闘を理解する上では参考になる。
三島由紀夫作品に興味のある方には、必読の書である。
ただし、岩下尚史の文章表現には、好き嫌いがあると思う。
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