指田文夫の「さすらい日乗」

さすらいはアントニオーニの映画『さすらい』で、日乗は永井荷風の『断腸亭日乗』です 日本でただ一人の大衆文化評論家です

『ランボー』

2017年12月07日 | 映画

今から30年前、横浜市から派遣されて富士山の麓での英語の研修に行かされたとき、アメリカ人教師から、「英語を勉強するには映画を見ろ!」と言われた。

中で一番いいのは、台詞が論理的で明確な裁判劇で、喜劇は日本人にはジョーㇰが理解できないので、止めろといわれた。

ついでに彼は「ドント・シー・ランボー」とも言ったが、その映画『ランボー』では結構台詞があり、あれは彼のジョークだったと分かった。

                                    

ベトナム帰還兵でグリーンベレーのランボーは、旧友に会うため東海岸の田舎の町に来る。だが、そこは余所者を徹底的に排除する町で、保安官と衝突してしまい、警察の獄に入れられるが、怒り爆発でそこから出て、そしてあの手この手の大アクション映画になる。

たった男一人に、こんなに多数の警官が出てくるのと思うほどだが、裸のランボーは、肉体を酷使して戦い、途中から彼の元上司が出てきて、保安官に警告する。

「彼はグリーンベレーなんだ!」

アメリカではよほど特殊な人間として見られているのだろうか。

ともかく次から次へと戦いがエスカレートしていくが、最後のランボーの台詞は興味深い。

ベトナムで命を賭して戦って来たのに、本土の人間の目は冷たい、一体何のためにジャングルで戦ったのか。

このランボーの戦いは、もう一つのジャングルでの戦いのようにも見えてくる。

やはり、ベトナム戦争によってアメリカは深く傷付いたのだなと思う。傑作の『ディアー・ハンター』のように。


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