大衆文化評論家指田文夫の「さすらい日乗」

さすらいはアントニオーニの映画『さすらい』で、日乗は永井荷風の『断腸亭日乗』です。多くのジャンルをさすらいます。

村上さんが家に来たことがある

2017年06月14日 | 映画

村上さんとは、松竹大船楽団のアコーディオン奏者だった村上茂子さんで、1950年代の小津安二郎の愛人だった方である。

時期的には、小田原の芸者だった人と別れ、最後の銀座のクラブの若い女性と付き合う晩年の間のことである。

なぜ家に来たかと言えば、私の兄が当時大学生で、、村上さんの楽器アコーディオン運びのアルバイトをしていたからである。

多分、彼女が家に来たのは、1961年夏だと思う。

村上さんは、戦時中は某劇団で楽器を担当していたらしいが、桜むつ子と知り合い、その紹介で松竹大船に入ったそうだ。

アコーディオンは、言うまでもなく重い楽器なので、兄がアルバイトで運びをしていて、彼女の家から浅草駅まで運び、地下鉄で新橋、そこから東海道線か横須賀線で大船へ、大船からは車で撮影所に行っていたのだと思う。

なぜ知り合ったかは、村上さんは結構活発な女性でスキーをしていて、兄も友人らとスキーに行き、帰りの列車で知り合ったのだそうだ。

このアルバイトは事実で、映画『秋刀魚の味』の、横浜の華正樓での打ち上げの時の記念写真に兄も写っているのだから本当である。

さて、この村上さんだが、小津の『東京物語』に出ている。

                    

笠智衆と東山千栄子夫妻が熱海に行くと、周りが団体旅行で騒いでいて寝られない。旅館の外に移動すると、道で演歌師が歌っているが、隣でアコーディオンを引いているのが村上さんである。

戦後、村上さんは、弟の浅草の家にいて、大船楽団の他、近所の子供にピアノを教えていたそうだが、実は一度結婚したが、その相手の型は戦争で亡くなられたのだそうだ。

こう書くと、感の良い方は、もう気づくだろう。

村上茂子さんは、『東京物語』で原節子が演じた、次男の元嫁の紀子さんのモデルなのである。

私が、このことに気づいたのは、「あの原節子には男がいるのではないか」と死んだ山本亮から言われたことである。

そう言われると、笠と東山が、原のアパートに来た時、酒と醤油を隣の女性・三谷幸子に借りに行く。

すると三谷は「はい、はい」とすぐに借してくれる。これは、時々原の部屋には男が来ていて、こうしたことがちょくちょくあったからではないかと思えるのだ。

村上さんは、なかなかきれいな方で、洋風のシャレた方であったと記憶している。

そして、「戦争未亡人」の村上さんには小津安二郎と言う愛人がいたように、原節子が演じた紀子にも男がいたと思うのだ。

そう考えないと、最後の原節子の「私は、そんなにいい人ではありません、・・・でもお母さまには言えなかったんです」の号泣が理解できないのである。

 

 

 

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