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風の向くまま、気の向くままに……

兵庫人第4部「医」をめぐる旅から =柳原和子氏=

2007-07-16 05:25:10 | 人(人物像)

 (柳原和子氏著「百万回の永訣」)

 神戸新聞7月15日付「兵庫人」「第4部『医』をめぐる旅から」のコーナーの主人公は、ノンフィクション作家の柳原和子氏である。
 丁度私と同世代の方である。
 柳原氏は、「母親をがんで亡くした20歳のとき、母と同じ年齢で、同じがんになる。そして医療のすべてを記録する」と、誓ったとのことである。母親の死に関して、「冷たく見限った医療に不信と怒りを覚えたためである」とのこと。
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 柳原氏は東京生まれで、関西には12年前に移り住んだとのこと。
 神戸との関わりのひとつは、「医療ミスで家族を亡くし裁判を起こした神戸の主婦長尾クニコ(故人)との縁である」とのこと。知人の紹介で、長尾さんの医療裁判記録「娘からの宿題」を編集したのが、当時東京にいた柳原氏であったとのこと。
 もう一人、関西で柳原氏を支えるのが、京都市在住のノンフィクション作家後藤正治氏とのこと。「5年生存率50%」と医師から告げられた柳原氏に「原稿を残せ」と促したとのことである。
がん患者学〈1〉長期生存患者たちに学ぶ

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 柳原氏は、そのような背景もあり、「独自の闘病で長期間生存するがん患者を訪ね歩き、600ページもの大著『がん患者学』にまとめ上げた」とのことである。また、医療への疑問を専門家にぶつけ、「治すことを目的にした現代医療は、治せない患者には無力なのか」と問いかけているとのこと。

 先週、長尾クニコさん(故人)の記事に接し、それに対する感想を記事として投稿した際に、「医は仁術」という言葉を取り上げた。
 高樹のぶ子氏の「高樹のぶ子のSIAブログ」で取り上げられた、「医師による殺傷事件に関する朝日報道」について、強い疑問を呈しておられた。
 そのようなことも含め、「医は仁術なり」は死語と化したのかと疑問に感じる。
 「医は仁術なり」の本来の意味は、「それが治癒する病であるにせよ、あるいは、治癒不可能な病であるにせよ、不安に陥る患者の心を導き『生き続けたい』あるいは『生き続けよう』という気持ちに切り替えさせる」ということも含むのではないかと考える。

 柳原氏の大著「がん患者学」については、作家の大先輩に当たる柳田邦夫氏も、
「"がん生存者白書"とも言うべき重みと迫力がある」と評価しているとのこと。
 いま柳原氏は、医師との対話を重ねているとのこと。そして、「やすらかに死にたい。あわよくば、…治りたい」との思いが、今では、「私の気持ちは希望の見えるものにしたい。絶望は書きたくない」との気持ちに変化してきているとのこと。
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 私自身は、特に病に犯されているわけではない。
 日常生活、職業人生の中で、ある意味で、「無茶苦茶な生活をしている」部類に属する、いわゆる健康体人間であるのかもしれない。
 しかし、再来年は還暦年齢に到達する。
 この年代になり、今思っているのは、「もう明日はあり得ない」という時を迎えるまで、「一回しかない人生を精一杯全うしよう」ということである。

 柳原氏にとっても、「与えられた人生は一回のみ」であり、「その人生を自分自身に取り、価値ある人生であった」と感じ取ることができるように、その人生を紡いでいってもらいたいものである。。。
 Written by Tatsuro Satoh on 16th July, 2007
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