まんぼう

書いてみましょう

なぜ?

2006-01-05 23:26:43 | Weblog
突如、「田作り」に目覚めたわたし。
 カタクチイワシの稚魚がなぜ、「田つくり
なの」
 なぜ、「ごまめ」なの?
 もう、知りたくてたまらない。

しめしめ。ネットで検索があるじゃない
の。
 「リーチ、イッパツ」
岡村遼司という方の薀蓄で「なーるほど」
と納得。
つまり、
 元来、田作りとはお百姓をさしていて、
田畑に肥料として乾鰯を使い収穫をあげた
といわれる。それがいつしか、田植え祭り
に欠かせない縁起物になったらしいとか。
 へぇー!

 ごまめといわれるのは、「五万米」と
いう字を当てるとか。新年には「たくさん
のお米がとれますように」という豊作への
祈りが込められていたのだとか。

 まだまだ沢山書かれていたけれど、
私にはこのぐらいで満足。
 岡村さま、ありがとうございました。

田作り

2006-01-03 23:01:18 | Weblog
 戦前は、新年を迎える度に「一つ歳を
とる」という言いかたをしていたので、
ある年齢から、新年が来るたびに「嫌だ
なー、又一つ歳とっちゃう」と、嘆いた
ものだった。

 戦後は満年齢が普通になったので、
あの感覚はなくなったので、些細なこと
だが、ちょっぴり、ほっとするものが
ある。

 さて、お正月料理の定番に『田作り』
があることを私は、東京に来るまで、知
らなかったのである。樺太生まれの北海
道育ちのせいか、あちらでは、見たこと
がなかった。

 初めて見たとき、「こちらでは、煮干
に味をつけて正月に食べるとは?」と
合点がゆかなかった。そんなわけで、
供されても箸をつけなかったのである。

 数年前、妹が滋賀県出身の知人から田
作りの料理方法を習い、以外と美味しい
よと、知らせてくれたのだが、「あ、
そうなの」という感じでいた。

 だいたい、一人暮らしにお節料理は
似合わないし必要がないので、黒豆、
大根なます、お煮しめは作り置くけれど、
後は気の向くまま、北海道から送られて
来たものを始末するのが精いっぱいな
のだ。

それなのに、今年は突然「田作りを作
ろう」と思い立ったのである。早速、
材料を買い妹から電話で習って作って
みた。

 先ずは、成功。といっても、自分だけが
納得しただけなんだけれど。お茶受けにも
結構いけることがわかった。50グラム作っ
たけれど、たちまち無くなので、今日、
二度目の挑戦をした。

 弱火でじっくり、から煎りするのがコツ
と心得た。カルシュームとかビタミンDと
か消化吸収とか現代的思考などうるさい
ことは思いもしない時代であったと考え
れば、先人達の知恵には敬服するばかりだ。
 おせち料理万歳!

捨てられない

2005-12-21 22:46:44 | Weblog
 おとといの19日はメリーの四十九日だった。
お寺さんからは納骨を慫慂されていたが、とても
とても、そんな気持ちには、なれない。

 一周忌がすんでからにしようかな、などと漠然
と考えてはいるけれど…

 さすがに、最後の2ヶ月間、闘病した名残の
薬などは捨てなくちゃと思っていたのに、今日も
捨てることが出来なかった。

 まだ、爪とぎ具とかキャリーバッグも処分しな
ければならないのだけれど、出来ずにいる。

 メリーからも、マリーからも語りつくせないほど
の沢山のものを貰ったのだし、それは私が死ぬまで
無くならないものだから、充分な筈なのに。

も少し、時間が必要なようだ。




老いるってこと

2005-12-11 18:13:28 | Weblog
 先日、偶然に、俳優仲代達也さんの密着取材をテレビでみた。
内容は、「ドライビング・ミス・デージー」を舞台化して全国を
廻るための練習風景だった。

 ご自宅と稽古場でセリフ覚えの為に、いかに苦労され、努力
されているかを残酷なまでに写し出していた。(よくもここ迄
取材を許されたものよ、と72歳の勇気に感心した)

 家中、食卓からも、ベットからもトイレさえも、目に届く
範囲に、セリフを大きな筆文字で書いた紙がびっしりと貼り
巡らされていて、常に声を出して反復練習をされているのだ。

 あの大俳優も歳を重ねたのだ。役柄は勿論、黒人運転手で
身のこなしは地でゆけるのだが、開演まであと三日と迫って
もまだ、セリフがはいらない。

 相手役の奈良岡朋子さんは75歳だそうだが、とっくにセリフ
も覚えられていて、しばしば仲代さんをサポートしておられ
微笑ましかった。

 演出家は40代に見える女性で何回もダメ出しを出すのが
さぞや、辛かろうとお察しした位だ。

 みていながらも、「老いる」ということをしみじみと考え
た。ひとごとではないのだ。又、妻に先立たれた仲代さんの
侘しさみたいなものが、やりきれなかった。奥様のご遺骨が
未だにおうちに安置されていたのも…

 

ハンドル

2005-11-29 23:57:37 | Weblog
 家から20分ほどの商店街へ自転車で行くよう
になった。ウン十年ぶりに乗るものだから、
ハンドルさばきが覚束ない。

 幹線道路のひとブロック内側に生活道路が
あり、「ふれあいのこみち」などとかっこいい
名前がポールに筆文字で書かれている。

 でも、この道を横切る道が6箇所もあって、
それぞれに車の侵入を防ぐ杭が複数立てられて
いるので、そこを通り抜けるには、今のところ
ちょっとした勇気とハンドルさばきが要求される
のだ。

 このトシだから自転車で転ぶのは命取りとなるので
慎重になる。昨日からミラーや、左右を確かめながら
ゆっくりとハンドルを握りしめて通過できるように
なった。

 買い物を、重いおもいと両手に下げてバスに乗って
いたのがバカバカしく思ったりする。
馴れたころが一番危ないので、大いに気を付けなくちゃ。


 
 

まんぞく

2005-11-24 23:40:01 | Weblog
憧れのヤプログに正門から入ることができた。
 数ヶ月前から一人でウロウロしていたので
この満足感はたまらない。

 知りたかったことが解決した喜びにひたひた
とつかったような今日の午後だった。やはり、
プロの方から教わって、本当によかった。
感謝!感謝!ほっぺたがにこにこしている。

毛糸

2005-11-23 23:09:18 | Weblog
知人に誘われて、編み物のお仲間に入れて
もらった。無芸大食の私にはこれという趣味
がなくてナサケナク思っていた。戦中戦後の
生い立ちだもの、趣味どころじゃなかった。
なーんて内心言い訳をしてみるものの
“そうじゃない”ことは周囲をちょっと見回
しただけで直ぐに分かる。

 人生ここまできたんだから、四の五の言って
はいられない。編み物なら小学生の頃、母方の
祖母に教わりながら靴下や手袋を編んだことが
あるし、否、高校時代には帽子やセーターさえ
作ったのだった。

 痛タッ!イタッ!言い乍ら腰をかばってゆっくり15分
ほどの会場へ出かけた。

 おお!いるいる。この私が若い部類に入れて貰えそ
うな人生の達人方が。このような方達でなければ、
今時タダで編み物の伝授はして頂けないのだ。
有難いこと!

 手取り足取り教えて下さり、「百円ショップで買ったん
だからいいのよッ」と練習用の毛糸までいただいた。
今回は見学のつもりだったけれど、靴下カバーを作る
ことになり竹製編み針を懐かしみながら1時間半ほど
お邪魔した。

 家に戻ってから、母が残していった毛糸の詰まった
ダンボール箱を押入れの隅っこから引っ張り出したと
ころ、編み掛けのパンダのぬいぐるみの頭、耳、手
など部分がでてきた。もう15年にもなるのに目頭を
熱くし思わず、
「カァサーン」と声をだして呼んだ。

 今、一番会いたいひとは母だ。

迂闊にも

2005-11-18 23:01:44 | Weblog
 渓谷沿いでうかつにも、腰を軽く打ってから
一週間経過したし、何とか歩けるので昨日は
迂闊にも電車で外出した。

 乗り換え駅の階段をのぼるとき、迂闊にも、
ひょいと手荷物を持ち上げて一段目に体重を
かけた途端に痛たっ!と腰にきた。

 何たる迂闊さだ。打ち身の怖さを忘れていたのだ。
経てきた長ーい人生で三度も経験していたのに…
タク、モウ!「バカにつける薬はない」とはこのこと。

 それなのに、それなのに。
昨夜は冷湿布をしっかり貼って寝たせいか、痛みが
薄らいだので、午後2時過ぎに映画「Shall we Dance ?」を観にでかけた。

 だって、日本版は2度観ていたけれど、あちら版は
見損なっていたので、地元のシネマ倶楽部が上映して
くれるというチャンスを逃すわけにはいかなかったのだ。

 よかった!よかった!さすがスト-リーはそのまま
だったが肉ずけが違うし、ピ-ターとかいう監督さんは
サービス満点の娯楽映画に仕立ててくれて楽しかった。

 106分の上映時間がテンポよく流れ、あっという間に
終わった感じだった。お客は満員状態でいつものように女性が多かった。

 リチャード・ギアは充分にチャーミングだった。若い
ときより、ステキかな。


まずいょ

2005-11-14 19:46:07 | Weblog
「さて今日は何をしようか」と考えることから
一日が始まるなんて、まずい。ナサケナイ
ではないか。

 市役所で「ボランティア倶楽部」を知り、
○○ホームで「洗濯物たたみ」の作業現場を
見学させていただいた。昭和60年からの特別
養護老人ホームで100床ほどの、堂々たる施設
だった。

 洗濯機、乾燥機、作業台など全て巨大で、そこ
から取り出される山のような洗濯物をみた瞬間、
「ワタシニハとてもムリムリ」とたじろいだ。

 次にボランティア市民活動センターへ向かった。
再び己の無力さをかみしめ、「ボランティア活動
はじめての一歩講座」なるものを三日連続で
受講することにした。

 12月12~14日、1:30~3:30まで。1000円也。

 家の戻ると、うちの中がやたらにガラーンと
広く感じた。帰り道に買った新井満さんのCDブック
「千の風になって」を読みCDを聴いた。

 喪失の悲しみをいやし、生きる勇気と希望を与えて
くれる…なーんて書いてあるけど、かえってうるうる
してしまったものの、「うーん、いい詩だなぁ、いい
曲だなぁ」と心から思えた。

渓谷

2005-11-09 19:47:02 | Weblog
今日も言う事なしの秋晴れ。天高く…。
 予報は19℃と伝えていた。
 紅葉にはちょっと早いかしらと思いながら、
奥多摩へ向かう。奥多摩行きに乗り換えの為
青梅駅ホームで電車を待ったのだが、驚いた。

 昔ながらの狭いホームに何と、レトロな造り
の蕎麦屋が出現し、しかも、立ち食いではない
のだ。また、飲み物の自販機の数が2倍に増え、
更に昔ながらの木製のベンチが背中合わせに
置かれたうえに、独立した待合室が設置されて
いたのだ。(小さいけれど)

 奥多摩行き電車は通勤時間帯以外は1時間に
二本程度なので、待ち合わせ客には腰をおろす
場所はとてもうれしい。

 JR東さんは狭いホームを目一杯活用して客の
サービスにこれ努めることに、漸く目覚めてくれた
のかなぁ。

 思えば私が奥多摩へ行くのは二年ぶりだもの、
変貌ぶりを知らなかった筈だ。

 鳩ノ巣の吊橋傍のミニ喫茶店「ぽっぽ」の
コーヒーは以前と変わらず美味しかったので
満足。並べてあった民芸品の中から杉の木製
のサンダルを買った。

 やはり、白丸、鳩ノ巣あたりの渓谷沿いは
紅葉が始まったばかりの様子だったが、高い空、
ほんのり黄ばんだ山々、路傍の草花や川の流れも
私をやさしく包んでくれた。