国語の授業は『大人になれなかった弟たちに』という教材を終えた。確か私が子供の頃にはNHKのドラマで怪人20面相の役をやっていた米倉斉加年(よねくらまさかね)という俳優がいるが、演出家や絵本作家としてもその多才ぶりを発揮する彼が描いた同名の絵本を教材化したのがこれで、教科書の挿絵も彼の手によるものである。
太平洋戦争末期、主人公「僕」の家族は母・祖母・妹・弟の五人暮らし。戦場に借り出された父に代わって一家を切り盛りする懸命な母の姿を見て、「僕」は防空壕を掘るのも必死に手伝い、生まれたばかりの弟・ヒロユキを可愛がり面倒もよく見た。しかし、自分が食べるのも我慢して子ども達に食べさせていた母のお乳が出なくなり、配給されたたった一缶のミルクはヒロユキの大切な食べ物だったが、アメもお菓子も何もなかった戦時中のこと、どんなに悪いことか分かっていながらも「僕」は甘い甘いミルクを盗みのみしてしまう。空襲がひどくなって疎開した先でも、食べ物に困った母は自分の着物を近所の農家でお米に交換してもらってくるが、とうとう母の着物もなくなってしまう。そんな中、ヒロユキは栄養失調で死んでしまう。それでも泣かなかった気丈な母だったが、用意してもらっていた棺が小さすぎて棺に入らなかったヒロユキの成長を知り、母は、「大きくなっていたんだね」と言いながらヒロユキの膝を曲げて棺に収め、その時初めて泣いた・・・。
この教材を初めて授業したのは大学を出てすぐのことだからもう20年も前のことだ。以来、幾度となくこのお話を読んできているにもかかわらず、毎年この本を教室の子ども達相手に範読している途中、私は込み上げてくる嗚咽を堪えるのに苦労する。
一体、私はこの本のどこに涙しているのだろう?
この授業を終えて子ども達に感想を書いてもらうと、戦争の悲惨さへの悲しみや怒りを書いてくる。確かに戦争は憎むべきものであるし、二度と起きてはならない。筆者の意図するこの本のテーマもそこにあるのかも知れない。
しかし、私が涙するのは・・・そして、この本を通して子ども達に読み取ってほしかったのは、「母の抱く悲しみ」なのではないかと思う。食うものも食わず、あんなに懸命に頑張ってきたのにもかかわらず、それでも栄養失調で自分の子どもを死なせてしまった母の悔しさや悲しさに目を向けずして、この教材の放つ戦争への憤りへの理解は薄っぺらなものにしかならないのではないか。
そう考えて私は、「人物の心情に寄りそいながら、作品を味わう」ことを目的としたこの教材で、はっきりとは書かれていない母の気持ちを本文中の表現を頼りにしながら想像していく作業を繰り返し授業の中に取り入れたのだ。そうすることで、国語科的な成長だけでなく人間的な成長を促すことが出来るのではないか・・・日々の生活の中でも、家族や友人達の持つ悲しみや苦しみに気付く優しい人間になっていってくれるのではないか・・・そう考えていたのだが・・・。
その目論見がどこまでうまくいったのか、今すぐには分からないが、せめてこの『大人になれなかった弟たちに』という教材のことは、大人になってからも心の片隅にでもいいから残っていてほしいと願いながら、この教材の学習を終えた。
太平洋戦争末期、主人公「僕」の家族は母・祖母・妹・弟の五人暮らし。戦場に借り出された父に代わって一家を切り盛りする懸命な母の姿を見て、「僕」は防空壕を掘るのも必死に手伝い、生まれたばかりの弟・ヒロユキを可愛がり面倒もよく見た。しかし、自分が食べるのも我慢して子ども達に食べさせていた母のお乳が出なくなり、配給されたたった一缶のミルクはヒロユキの大切な食べ物だったが、アメもお菓子も何もなかった戦時中のこと、どんなに悪いことか分かっていながらも「僕」は甘い甘いミルクを盗みのみしてしまう。空襲がひどくなって疎開した先でも、食べ物に困った母は自分の着物を近所の農家でお米に交換してもらってくるが、とうとう母の着物もなくなってしまう。そんな中、ヒロユキは栄養失調で死んでしまう。それでも泣かなかった気丈な母だったが、用意してもらっていた棺が小さすぎて棺に入らなかったヒロユキの成長を知り、母は、「大きくなっていたんだね」と言いながらヒロユキの膝を曲げて棺に収め、その時初めて泣いた・・・。
この教材を初めて授業したのは大学を出てすぐのことだからもう20年も前のことだ。以来、幾度となくこのお話を読んできているにもかかわらず、毎年この本を教室の子ども達相手に範読している途中、私は込み上げてくる嗚咽を堪えるのに苦労する。
一体、私はこの本のどこに涙しているのだろう?
この授業を終えて子ども達に感想を書いてもらうと、戦争の悲惨さへの悲しみや怒りを書いてくる。確かに戦争は憎むべきものであるし、二度と起きてはならない。筆者の意図するこの本のテーマもそこにあるのかも知れない。
しかし、私が涙するのは・・・そして、この本を通して子ども達に読み取ってほしかったのは、「母の抱く悲しみ」なのではないかと思う。食うものも食わず、あんなに懸命に頑張ってきたのにもかかわらず、それでも栄養失調で自分の子どもを死なせてしまった母の悔しさや悲しさに目を向けずして、この教材の放つ戦争への憤りへの理解は薄っぺらなものにしかならないのではないか。
そう考えて私は、「人物の心情に寄りそいながら、作品を味わう」ことを目的としたこの教材で、はっきりとは書かれていない母の気持ちを本文中の表現を頼りにしながら想像していく作業を繰り返し授業の中に取り入れたのだ。そうすることで、国語科的な成長だけでなく人間的な成長を促すことが出来るのではないか・・・日々の生活の中でも、家族や友人達の持つ悲しみや苦しみに気付く優しい人間になっていってくれるのではないか・・・そう考えていたのだが・・・。
その目論見がどこまでうまくいったのか、今すぐには分からないが、せめてこの『大人になれなかった弟たちに』という教材のことは、大人になってからも心の片隅にでもいいから残っていてほしいと願いながら、この教材の学習を終えた。
![]() | おとなになれなかった弟たちに…米倉 斉加年偕成社このアイテムの詳細を見る |














ゴン太先生、お元気ですか?
中学の国語には素敵な教材がたくさんありますよね。1年間ですが中学に勤めたとき、すごくそう思いました。まさに「国語は人生を学ぶ時間」というのを感じました。
うーん。こうなるとやっぱり小学校もいいけど、中学校もいいなあ、と思ってしまいます。
英語もいいけど、日本語でじっくり読むのもいいなあ、とか。
いいのか悪いのか、まだまだ背中に翼がついている自由人のわたしです。
また遊びにきますね