月刊ボンジョルノ

ほとんどツイートの転載です。

レンタカー屋さんにクレーマーあらわるの巻

2007-07-31 | Weblog
「お客様は神様です」というのは、商人が自戒の心得とする分には構わないが、一般的なモラルだと錯覚してはいけない。
お客様はせめて王様ぐらいにしておくべきだ(『私は先輩に教えられました。お客様は王様であると。しかし王様の中には首を刎ねられた者も大勢いる』@三谷幸喜)。
だいたい日本の客は威張り過ぎである。
「お客に向かってその言い方はなんだ」「それがお客に対する態度か」「こっちは金払ってるんだ」「責任者を出せ」というようなことを言う客は、漫画の世界だけではなくて結構実際にいる。
しかし大抵は本当にどちらだっていいことや非現実的な要求が容れられないことに対する怒りであって、わずかな金さえ出していればなんでも自分の思い通りになるはずだという思い込みの愚劣さには全く気がついていない。
あるいは比較的反抗されにくい相手を選んで日常生活の欝憤を晴らしてでもいるつもりか。

いちいち外国を引っ張り出すのもいまどき頭が悪い話だが、フィレンツェの食堂でごはんを食べていたら、自分のテーブルに相席の客が来るを嫌がった女性に「この小さな食堂では混んできたら相席してもらうのがルールです。それが嫌なら大きなリストランテへどうぞ」と店員さんがピンと背筋を伸ばして申し渡すのを見て、おおなんとかっこいい、でも日本じゃ到底無理だな、と思ったことがある。
そのかわりどんなに小さくてもちゃんとした店の店員さんは、迅速さも正確さも接客業としてまさに完璧の振る舞いを見せるから、要は商行為に対する意識の違いというか、生身の人間同士のコミュニケーションのレベルで売買という場に即したモラルが成立しているのだが、まあ今の日本でそんな牧歌的なことも言っておられまい。

というわけで、今回はほかならぬ私自身がそういう客になった話である。

レンタカーに乗り込んでシートを調整し、今度はドアミラーを合わせようとすると、左のミラーはウィ~ンと動くのだが、右のミラーが全く動かない。
スイッチの押しようが悪いのかと思って力加減や力の向きを変えて色々やってみたが動かない。
ちょうど横を通った係の女性に「あの、右のミラーだけ動かないみたいなんすけど」と言うと、女性は怪訝そうに窓から手を突っ込んで同じようにやってみるが、やっぱり動かない。
「ちょっとお待ちください」と女性は事務所に引っ込んで、今度は背の高い若い男性が出てきた。
この男が、温厚をもって界隈に知られるこの私の神経をことごとく逆なですることになるのである。

ちょっとスイッチをいじってみて、振り返って駐車場の奥の方を見たのは整備の人を目で探したようで、整備の人がいないのでこの場でケリをつけてしまおうと判断したらしい。
半笑いの、いかにも軽薄な早口でこう言うのである。

「ああ大丈夫っすよー、こうやって手で調整してもらえれば全然問題ないです」

私はこういう、とりあえず勢いだけでその場が済めばいいや、というような、物事の筋とか正しさを形式的にさえも一顧だにしない営業的な物言いや振る舞いを憎悪している。
車だって機械だから、突然の故障が発生しても原理的には不思議ではない。
しかし一応ひととおりのチェックが済んでいるはずのレンタカーに乗り込んで、いきなり故障が明らかになるのは愉快なものではない。
おいおい、他のところは大丈夫なのか?と思うのが人情というものだろう。
たとえそれが安全に関わる重大な部分ではないにしても、事実としては店側の整備が行き届いていなかったと言われても仕方がない状況なわけだから、一言目に半笑いで「ああ大丈夫っすよー」はあり得ないだろう。
たとえシートの足元に紙屑が一つ落ちていたってまず言うべきことは「すみません」ではないのか。外人のつもりか。
ドアミラーが手で動くことぐらい憚りながら御教示いただかなくとも存じ上げ申している。
しかしコトはそういう問題ではないステージへと移行した。
人をナメたこの男の態度で、会話の方向はほぼ定まった。

「いや大丈夫ですって、これ本来は動くものが動かないんですよね」
「でもこれ(注・リモコンのこと)オプションで付いてるものですし、事前に手で一遍合わせとけばそれで問題なく走れますから」

「でも」という無礼な(本人にその自覚はないだろうが)語彙を使って間髪を入れずに言いかぶせてくるところをみると、こうやって勢いで私を黙らせられるという絶大な自信をもっているらしい。
なにかと客とのトラブルも発生するだろうと推察されるレンタカー会社で、こんな粗雑な対応で無事にやっていけるのだろうかと他人事ながらちょっと心配になる。

「そういう問題ではないでしょう。このままでは不便で困りますからなんとかしてください」
「いやでも一遍合わせとけばですねえ、窓から手が届くところにありますし」
「途中で直すのに不便でしょうがないでしょう」
「走行中にミラーの調整しちゃだめですよ」

少しも譲歩する気配の見えないところへもってきて、このせりふがいかにも「してやったり」という鼻で笑うようなトーンで発せられたので、私は「もう何があってもこの車には絶対乗らない」という決意を固めた。本当に幼稚で要領の悪い男である。
「走行中じゃなくたって信号待ちの時とかにちょっと直したい時とかってあるでしょう、自分の車じゃなくてレンタカーなんだから。そういう時に窓から手を出して直すなんていう慣れないことを慣れない車でしたくないですよ、ちゃんとリモコンが付いてるんだから。それが乗ろうとしたらいきなり故障ってのは一体どういうことなんです。何回も使わせてもらってますけどこんなのは初めてですよ」
「いやーでもこれオプションで付いてるものですし」
「だからそういう問題ではないでしょう」
「じゃあどうすればいいですかね」
先程の「でも」に引き続いて「じゃあ」ときた。
こちらが引き下がらないのが分かるともう次の手がなくてふてくされたらしいが、こうなるともう子供の躾のレベルの問題である。本当に大丈夫かこの男を現場に出しておいて。
「あのー、これは『故障』ですよね」
「はい」
「故障のある車に乗るのはどうしても嫌なので、そちらで考えてなんとかしてください」
すると男は二台隣にとめてある1クラス上の車を指さして、「今これしか空いてないんで、これでいいですか」と言う。「これでよければ代わりに乗って行け」という意味らしい。
「いいですよ。問題がなければ」
「(左右のドアミラーを動かしてみて)これは大丈夫ですから」
当たり前だろ、とずっこけそうになったが、まあ無事な車さえ借りられれば文句はない。
こうしてコトは落着し、恐らく私は店のブラックリストにめでたく登録されたことであろう。


どうもすみません。
整備のときはなんともなかったんですが、これはおっしゃる通り故障のようです。
今すぐに修理というわけにもいきませんので、本来なら代わりの車をお出しするところなんですが、あいにく夏休みで全部出払ってまして、このクラスで空いている車が一台もない状態なんです。
大変勝手な申しようですが、幸いお客様の安全に直接関わるような部分でもありませんので、ご不自由でしょうがなんとかこの車でご勘弁願えませんでしょうか。
誠に申し訳ありません。


私は接客のプロでもなんでもないが、私ならこう言う。
で、3%割引するとか粗品のボールペンを付けるとか、どうでもいいようなサービスを付加してご機嫌をうかがう。
それでもなおゴネる客はいるだろうが、私なら初手からこう言われれば間違いなく黙って引き下がる。本当ですよ。
要はものの言いよう、話の筋合いが気に入らないだけで、ドアミラーのリモコンなんざどうでもいいんだもの。

加齢のせいかいつになく大人げない対応をしてしまったが、「こっちは金払ってるんだ」の一線は辛うじて踏みとどまることができたという点で、自分をほめてあげたい。