たびたび記録
心に残る風景
 



上州の赤城山が崩れて流れ着き高さ10メートルの赤城山が出来た。その山が流山の地名になった。その地には赤城神社が祀られている。流山本町をガイドと共に歩いた。江戸時代から味醂製造し江戸川水運により江戸まで運んだ。「天晴」の称号で、財を成した秋元三左衛門は小林一茶を支援した。訪ねた一茶双樹記念館に一茶の故郷黒姫山の石を用いた句碑があった。俳句「夕月や流残りのきりぎりす」が刻まれている。流山本町は新選組近藤勇と縁(出頭し、その為戦いが無く町は無事であった)がある。陣屋跡がある側には詳しく書かれた記念碑があった。昼食後東武野田線に乗り、利根運河を散策した。この運河は利根川と江戸川を繋げ、東北からの物資を東京に早く運ぶことが出来た。明治23年から民間資本で開削した。しかし鉄道や自動車の時代になり昭和17年に使われなくなった。現在は市民の憩いの場となっている。

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