ごめり語。

ごめり・りんご・「   」

椿本昌夫先生

2006年07月31日 | 日記
代々木ゼミナール編の「2007新小論文ノート」という本(参考書)に、
椿本昌夫先生のエッセイ(ワンポイントアドバイス)が収められています。
とても懐かしく、感慨深いものがあります。

書き下ろしなのだろうか?
先生は元気にしているのだろうか?
気になります。

私は浪人時代、代々木ゼミナールでお世話になりました。
森久(森島久雄)先生と椿本昌夫先生には影響を受けたなぁ。

彼らに教わることが出来て、私はラッキーだったと思う。
誇りに思っているし、その影響は計り知れない。
まだ教壇に立っているのなら、また教わりたいなぁ・・・
ジャンル:
ウェブログ
キーワード
代々木ゼミナール
コメント (6) |  トラックバック (0) |  この記事についてブログを書く
Messenger この記事をはてなブックマークに追加 mixiチェック シェア
« なんとか課題をク... | トップ | カレーとラッキョ »

6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
黒づくめの衣装 (椿本シンパ)
2008-06-23 17:06:23
はるか昔になりますが、代ゼミで椿本先生に古文を習いました。いつも黒づくめのダンディな出で立ちで、建礼門院右京大夫集の解説に力をいれられていたのを想い出します。
青春時代の思索力アップに大変役立ったように記憶しています。
椿本先生のこと (ごめり)
2008-06-23 23:46:45
最近ですと、週刊朝日(2008.1.25号)に椿本先生の評論(書評)が掲載されていましたが、今は何をなさっているのでしょう。私は先生の作文をまとめて読みたいなぁと、今でも思っています。
20年前のことなので、すっかり古文のことは忘れてしまいましたが、先生のダンディな姿は、今でも忘れられません。
一番影響を受けた人 (Serge)
2008-09-02 16:23:21
 浪人していた1979年にお世話になりました。
折からの台風に見舞われた9月のある日。先生が、
「風が泣いているって、いい表現だよね」と言いながら、芭蕉について語ってくれました。その風の音と
先生の声とに紡ぎだされる芭蕉の姿に、文学の面白さそのものを教えて頂いたように感じています。
 大学の進路にも、職業にも、激しく先生の影響を受けたまま現在に至ってます。教わるというより、何か沁みてくるような講義でした。
先生のこと2 (ごめり)
2008-09-03 01:50:05
「ハーフミラー」という新聞連載を御存知でしょうか。
大昔(1990年)のことですが、朝日新聞の日曜版で、椿本先生の文章を読むことができたのです。
あの時私は、<これで先生も全国区になるのかな>とか、<連載をまとめた本が出版されるのかな>なんて期待していました。
けれども結局、先生は予備校の教壇に立ち続け、ずっとその連載が続くことはありませんでした。あの時は、なんとも残念に思いました。

<沁みてくるような講義>
そう、確かにそういう講義でした。「感動」とか「癒される」とか「ためになる」とか、そういう陳腐な言葉ではなく、確かに<沁みてくるような講義>でした。だから、<懐かしい>というような一言で片付けられるものではありません。先生の言葉の数々は、今でもずっと生きています。
素敵な先生〓 (龍聖)
2008-11-05 21:38:59
1986年に代ゼミでお世話になりました.声も渋く 服装は黒 白黒の背広姿が決まって 授業も分かりやすく 話も感慨深いものが多かったです 代ゼミ同窓会ないですかねぇ いつまでもお元気でいてください〓
先生のこと3 (ごめり)
2008-11-07 23:51:59
コメントありがとうございます!

私がお世話になったのは1987年です。服装も決っていましたが、教室に入ってくる時や、教壇に上がる時の、風を切るようなその一瞬もカッコよかったです。憧れました。

当時、代ゼミの雑誌(名前は忘れました)に「道標」というコラムのページがあって、その中に先生は<いつまでも、打ちつづけるつもりでしたと、浜田はいった>という名文を寄せています。その中で先生は「<燃えられなくなった>70年代」という書き方をしています。

2008年の今、先生はどんな言葉を生んでいるのでしょう。

コメントを投稿

 ※ 
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
※文字化け等の原因になりますので、顔文字の利用はお控えください。
下記数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。この数字を読み取っていただくことで自動化されたプログラムによる投稿でないことを確認させていただいております。
数字4桁

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL

あわせて読む