
群馬の農家での仕事については、「農業という生き方」の挫折例に書かれている通りです。
一読して、さすがだなぁ〜と思いました。
自分ではあれほど整然とは書けませんから。
ちなみに、仮名になっているのは、私の要望ではなく、著者の心づかいによるものです。
で、次は、5月に京都の農家で1週間お世話になった時の話です。
ブログでは「青春40(ふたたび)」のカテゴリーにしています。
この農家は、以前ちゃねりもお世話になっていたという、そういうツテでした。
実は、この時点で、もう農業は諦めていました。
というもの、昭和村の仕事を辞める時に、師匠と揉めてしまい、「もう農業はやらない!」とタンカを切っていたのです・・・
そんなまだ舌の根が乾いていない時期に、なぜまた農家だったのかというと、今回はお金が絡まなかった、つまり、ボランティアだったからです。
昭和村では、ほうれん草だけをつくる大規模農家(従業員も多い)で働いていたわけですが、今度は正反対でした。
家族だけで、多品目の野菜を、化学肥料を使わずにつくる農家でしたので。
夏野菜の苗を植えたり、ハウス内の溝を掘ったり、草刈りをしたり、田植え機の掃除をしたり、いろいろな手伝いをしました。
なにせ、ホタルがたくさん出るような、そんな大自然の中での作業でしたし、マイペースでも怒られないし、本当に楽しかった。
京都の師匠は、とても面白い方で、本当にいろいろとお世話になったのですが、そうれはもう、このブログを読んで下されば、一目瞭然です。
<京都・野菜・丸大根(幸福の大根だより)love&peace、black&white>
奥さんの手料理も美味しかった!
そして、何よりも、おばあちゃんとの出会いが大きかった。
前年、おじいちゃんが亡くなったということもあってか、私は、おばあちゃんの家、つまり離れで寝泊まりしていたのです。
私は、おじいちゃんおばあちゃんとの縁が薄かったこともあって、ご老人との生活は、はじめてのことでした。
話は変わりますが、山田詠美さんの編書「せつない話」のあとがき「五粒の涙」を思い出します。
<あなたが帰るその日の朝まで、私は一緒にいる。そして、物理的な理由で、私たちは別れる。>
期間限定の恋です。
そういえば、私の父がガンで闘病していた時もそうでした。
予後を知る家族はせつないものですが、だからこそ、濃密な時を過ごせるということもあります。
同じように、「世界ウルルン滞在記 」の涙の理由も、そういう所にあるのだと思います。
おばあちゃんとの縁が、その後の介護の道を照らしてくれました。
だから、この旅は、私の「介護という生き方」のスタートでもあったのです。
一読して、さすがだなぁ〜と思いました。
自分ではあれほど整然とは書けませんから。
ちなみに、仮名になっているのは、私の要望ではなく、著者の心づかいによるものです。
で、次は、5月に京都の農家で1週間お世話になった時の話です。
ブログでは「青春40(ふたたび)」のカテゴリーにしています。
この農家は、以前ちゃねりもお世話になっていたという、そういうツテでした。
実は、この時点で、もう農業は諦めていました。
というもの、昭和村の仕事を辞める時に、師匠と揉めてしまい、「もう農業はやらない!」とタンカを切っていたのです・・・
そんなまだ舌の根が乾いていない時期に、なぜまた農家だったのかというと、今回はお金が絡まなかった、つまり、ボランティアだったからです。
昭和村では、ほうれん草だけをつくる大規模農家(従業員も多い)で働いていたわけですが、今度は正反対でした。
家族だけで、多品目の野菜を、化学肥料を使わずにつくる農家でしたので。
夏野菜の苗を植えたり、ハウス内の溝を掘ったり、草刈りをしたり、田植え機の掃除をしたり、いろいろな手伝いをしました。
なにせ、ホタルがたくさん出るような、そんな大自然の中での作業でしたし、マイペースでも怒られないし、本当に楽しかった。
京都の師匠は、とても面白い方で、本当にいろいろとお世話になったのですが、そうれはもう、このブログを読んで下されば、一目瞭然です。
<京都・野菜・丸大根(幸福の大根だより)love&peace、black&white>
奥さんの手料理も美味しかった!
そして、何よりも、おばあちゃんとの出会いが大きかった。
前年、おじいちゃんが亡くなったということもあってか、私は、おばあちゃんの家、つまり離れで寝泊まりしていたのです。
私は、おじいちゃんおばあちゃんとの縁が薄かったこともあって、ご老人との生活は、はじめてのことでした。
話は変わりますが、山田詠美さんの編書「せつない話」のあとがき「五粒の涙」を思い出します。
<あなたが帰るその日の朝まで、私は一緒にいる。そして、物理的な理由で、私たちは別れる。>
期間限定の恋です。
そういえば、私の父がガンで闘病していた時もそうでした。
予後を知る家族はせつないものですが、だからこそ、濃密な時を過ごせるということもあります。
同じように、「世界ウルルン滞在記 」の涙の理由も、そういう所にあるのだと思います。
おばあちゃんとの縁が、その後の介護の道を照らしてくれました。
だから、この旅は、私の「介護という生き方」のスタートでもあったのです。











