超越論的思考生活

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「あ、はい」

2017-05-17 17:21:01 | 雑記
最近、というか前から気付いていたのですが、僕は、「分かりました。」という意味で
「はい。」
という言葉を発する時に、その前に余計な「あ」を付けて、

「あ、はい」

という風に話してしまう癖があるようです。

これ、意識して治そうとしても、治らないんですよね 笑。

どうしても、最初に「あ」をつけて「はい」という言葉を発してしまいます。

まあ、どうでもいいことではあるんですが…

気にすれば気にするほど、気になります。


じゃあ、気にしなければいいって?


「あ、はい…」



…単なる気分転換でした。
勉強がんばります。
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10 コメント

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こんばんは (tempo1078)
2017-05-17 19:08:01
いいじゃないですか、
一つの個性と思えばいい。

別に
矯正すべきことでも
ないでしょう。

医学部の勉強は
医学知識の詰め込みですよ。
膨大な量ですが、繰り返しの反復でしっかりと
頭に叩き込むこと。

現役合格のあなたなら
きっと出来ます。

やる気を持続して下さい。
医学部に入った初心を忘れるべからず・・・
Re:こんばんは (超越論的思考生活)
2017-05-17 19:44:42
コメントありがとうございます。

たしかに、一つの個性と思えば特に問題はなさそうですね。

まあ、そこまで深く悩んでいるわけではないですが、ブログのネタになる、と思って書いてみました。


勉強、やる気を持続させられるように頑張ります。
おまけです。 (onecat01)
2017-05-17 20:55:11
  tempo1078さんの優しい言葉の次には、私の意地悪さが出番です。

 「ブログのネタになると思って書いてみた。」
なんという、この軽さ、軽薄さ。tempo1078さんの代わりに、ゴツンとひとつ、拳骨を差し上げたくなります。

 ネタ探しのブログなら、しばらくおやめなさいと苦言を呈します。読者のウケ狙いの、軽薄なブログを書く人がおりますが、貴方にはそんな仲間に入ってもらいたくないと思います。

 勉強もブログも、真摯な思いがあって、初めて続くのではありませんか。

 軽薄でも、貴方には、憎めない人柄の良さがあり、放っておけないものがあり、今夜も一言述べました。

 でも、これで終わりに致します。きっと私は、tempo1078のような寛大さがないのでしょうね。
お詫びと訂正 (onecat01)
2017-05-17 20:58:41
 tempo1078さん、コメントの中で「tempo1078」と、書いてしまいました。

 急いでいましたので、「さん」が、抜けてしまいました。
ご指摘ありがとうございます (超越論的思考生活)
2017-05-17 22:48:11
onecat01さん、ありがとうございます。

また、僕のことを心より気遣っての上でのコメント、感謝致します。

たしかにおっしゃる通りである部分はあります。

しかしながら、正直なことを申し上げますと、「あ、はい。」ということに関しては、最近はその時期は乗り越えてはおりますが、一時期結構悩んではおりました。

それを、まともに悩んでいた、と書いたブログを書いてももちろん良かったのですが、単に悩みを吐露するだけでは、書いて満足してしまうだけで、結局その悩みを乗り越えることはできないのではないでしょうか。

少なくとも、僕にはその傾向があるわけです。

そして、ある程度自分の「まじめさ」を「ネタ」にするような気持ちがなければ、自分を時に見失うのではないでしょうか。

何もかも、「ネタ」として考える姿勢には確かに問題があるかもしれません。

しかし、「まじめさ」、「真摯さ」というのは、それを一直線に信じることで実現されるものではないと考えます。

単に「まじめな」ことだけを考えて、思考がある型にはまった形式的なつまらないものになってしまうこと、それをフランスの哲学者、サルトルは「くそまじめな精神」と呼びました。

それでもよい、と思われるかもしれませんが、しかしながら、そのような「くそまじめな精神」の下で、世間の常識では考えられない不可解な行動を考え、実行に移したのが、かつてのオウム真理教のエリート幹部たちであると考えます。

つまり、「くそまじめな精神」は時に危険であるといえるのです。

そのようなものによる危険性を鑑みた上で、ブログをある程度人目を気にして書くものであると考えて、そしてまたブログは人目を気にしながら、自分を客観的に顧みる手段の一つと考えて、ブログに書く内容を少々軽いものにする必要もある訳です。

それは、決してonecat01さんのおっしゃるように、単に「ネタ」とだけ考えて軽率な手段としてブログを利用する目的ではないと考えます。

またそもそも、今現在、このブログを毎日更新しているのは、勉学のためであります。
具体的には、やるべきことを増やして、時間をより濃密に使うことで勉強に対する集中力を高め効率を良くする目的、ということです。
しかしながら、常に「くそまじめな精神」でもって毎日ブログを書いていれば、いつも長いものになり、勉学に支障をきたします。

しかも、すでに述べたように、それが客観性を失えば、感性が凝り固まってしまい、それは将来色々な患者さんとかかわらなければならない身と致しましては、不都合な面があるように思います。

ここまで、長く色々と書いてきてしまいましたが、結局のところ、僕はある程度軽い内容のブログもこれからも毎日更新し、その途中にこれまでのような、思想的なブログも更新していくつもりです。

それが「継続」のため、そして「継続した経験」が将来役に立つと考えている身にとって必要なことであり、そのようなことを実行しつつ、勉学に励んでいきたいと思っています。

ありがとうございました。
追加です。 (超越論的思考生活)
2017-05-17 22:49:18
追加ですが、長くここまで書いてきたのは、やはり僕に幼児の部分があるのだと反省致します。

本当は、こんなに長く、まさに「くそまじめな」返信をするべきではないのです。

onecat01さんのお気遣いに対して、心より感謝申し上げます。

これからなんらかのご指摘がありましたら、このように長い反論はせず、言われたことを甘んじて受け入れようと思っています。

しかし、今回だけは、「一度立てた目標を曲げないため」、そして「継続のため」、このブログを少なくとも今年度は毎日更新し続け、そこに軽い内容も含んで書いていくことを、お許し下されば幸いです。

これからもどうぞよろしくお願い致します。

勉強、頑張りたいと思います。それができなければ意味がありませんので。
クソまじめさについて (美津島明)
2017-05-18 00:32:31
「超越論的思考生活」さんの、onecat01の辛口のコメントへのご返事を読んでいて、自分自身思い当たったことを述べたいと思い、思わず筆を執りました。

「クソまじめさ」というのは、生来のものなのではないか、ということです。

私は、九州の離島で生まれました。第二次大戦が終わって10数年しか経っていないころのことです。まだまだ戦前の古風な風習が残っていたのでしょう。親戚のおじさんが、私をふくめた孫数人を集め兵隊式の点呼をしたことがありました。ほかのいとこたちは型どおりに「ハイ」といっただけなのですが、私だけは、「ハイテッタ」つまり、「『ハイ』と言った」という自己解説を加えて返事したのでした。わたくし本人としてはおそらく大真面目だったのでしょうが、おじさんは、両親をふくむ親戚にそれを触れ回り、私の言動を大いにおもしろがりました。それを知ったのは、ずいぶん後のことです。

別に何が言いたいわけではないのですが、あなたの真摯な返答を読んでいて、はるか遠い昔の自分を思い出した次第を、正直に申し述べる次第です。他意はございません。

ぜひ、一年間、当ブログを書き続けてください。私もあなたの宣言に触発されて、とどこおりがちな筆を再び執り始めております。
Re:クソまじめさについて (超越論的思考生活)
2017-05-18 10:55:00
美津島明 さん

コメントありがとうございます。

一体、「くそまじめさ」とはどこまでをそういうのでしょうか。

そして美津島明さんのおっしゃるように、それは人間生来のものであるのでしょうか。

色々、疑問は沸くところですが、まあ結局のところは「くそまじめに」生きながら、時に自分を客観的に顧みながら生きていくことになるのかもしれませんね。


ブログ、頑張って書いていきたいと思います。

ただ、人を不快な気分にしないような、できるだけ読んだくださっている方々に楽しんでよんでもらえるような、そんなブログが書けたら良いな、と考えております。

そのためには、まず日常、学生の仕事である勉強をやった上で、というのが大前提でありますが…。
初めまして (しゃちくん)
2017-05-20 11:33:58
馴染みのブロガーさんのコメントを見つけて私からも一言言わせてくださいね。
男なんてクソ真面目に仕事に取り組んで真剣に生きなくちゃ何も身に付かないような気がします。
歳を重ねると心にゆとりが生まれて柔軟な対応が出来るようになりなるはずですから~
クソ真面目は日本人の基本かな?初めから要領がいい人ってちょっと信用できないような気配を感じますからね。
Re:初めまして (超越論的思考生活)
2017-05-20 16:31:06
返信が遅くなり申し訳ありません。

確かに、始めから要領の良い人は少し怖いところがあるかもしれません。

でも、もしかしたら要領の良いように見える人も、みんな「くそまじめな」過程を経ているのかもしれないですね。

コメントありがとうございました。

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