超越論的思考生活

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厳しい心を持たずに生きのびてはいけない。優しくなれないようなら、生きるに値しない。

2017-05-14 18:55:25 | 人生哲学
タイトルにあるこの言葉は、ハードボイルド小説作家であるレイモンドチャンドラーの作品、「プレイバック」に登場する私立探偵、フィリップ・マーロウが原作中で、

「If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.」
という形で口にするセリフを、村上春樹が訳したものです。

実はこのセリフは、日本では、
「強くなければ生きていけない。優しくなれなければ生きている資格がない。」
として一部界隈では有名なセリフであり、僕はこの言葉が非常に好きでした(当然今も好きですが)。
ですが、このセリフはすでに書いたように、元が英文であり、それを訳した際にできた言葉が日本で有名になったものであるので、したがって訳者によってはこのように訳さない場合もある訳です。

ここ数年で、村上春樹がチャンドラーのマーロウ作品を次々と訳しているため、この有名なセリフが一体どのような形で訳されるのか興味があったのですが、最近その訳書が出版されたようだったので、僕はそれを本屋で立ち読みし、
「厳しい心を持たずに生きのびてはいけない。優しくなれないようなら、生きるに値しない。」
という風に村上春樹が訳したことを知ったのです。


この二つの訳し方、どちらの方が良いと思うか、どちらの方がより原作での文章に合うのか、というのは読む人の好みによって意見は分かれるところでしょう。

僕自身は明確に甲乙をつけられる訳ではないのですが、村上春樹の訳し方も、なかなか味があって良いという風に思います。
原文からこのような訳し方が可能である上に、すでに有名なセリフに食われてなどいない、人生訓としても良いセリフであるように感じるからです。


まず、前半ですが、
「厳しい心を持たずに生きのびてはいけない。」
とあります。

なかなか強烈ですね。
これは、自分に厳しい心を、という風に解釈するところなのでしょうか。
たしかに、自分に厳しくなれないままに生きのびるのは、軟弱者のすることなのかもしれません。(僕みたいな軟弱者のことを指す訳ですね!!)
この意味で、有名な訳し方に通じるところがあります。

そして、後半。
「優しくなれないようなら、生きるに値しない。」

もともと人間は優しさを人に出せる力を誰でも持っているものだが、それを外に出せない、「優しくなれない」のであれば、生きる価値はない、といった感じでしょうか。(僕みたいな奴のことですかね!!)
有名な訳文にあるような感じで、生きる資格がないかどうかを問うわけではないが、優しさを外に出せなければ人間が生きる価値がない、つまり人間らしさがないのだ、ということでしょうか。

つなげて解釈すると、
自分に厳しく生きていかないのは恥ずべきことだ、またそれが出来ていたとしても、他人に優しさをもって接することができていなければ、人間らしさがない。
といった感じになるのではないでしょうか。


まあ、言葉をどのように解釈するのか、ということは個人の自由であるし、また僕はこの言葉を他人に押し付けるものではありませんが…
しかし少なくとも、色々な人生観をもっておくのは悪いことではないかもしれませんね。


長文、読んで下さりありがとうございました。
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