ひとこと・ふたこと・時どき多言(たこと)

〈ゴマメのばーば〉の、日々訪れる想い・あれこれ

何もできない悲しみに侵されるとき、

2016-10-17 06:29:10 | 日記
昨日は、秋晴れ 秋日和 空が高くて深くて。
日曜日でしたので、心も背伸びして教会へ行きました。

帰り道、かつて、一所に働いていた方に ばったり出会いました。
そして、同じく共に働いていた知人が、入院したことを知らされました。
〈あまり よくないらしい〉
〈お正月は、迎えられるかどうか〉
との、言葉に込められた思いに涙が。

最近、〈○○さんが病を得た〉との話にとどまらず、
訃報も耳にすることが多くなったのです。
自分の年齢からすれば、仕方のないこととは言え、やっぱり悲しくなって、淋しくなって、
しゅん と、落ち込んでしまいます。
でも、暫くの時間の経過とともに、そうした感情は薄れて、懐かしさのみが甦ってきます。

「ブログ友」と呼べるかどうかは別として、訪問させていただいているブロガーさんが、
病を、それも重篤な病状であることなどを知りますと、やはり胸が痛みます。
政治のあれこれへの〈もの言い〉であったり、日常起こり得る軽微なアクシデントならば、
お見舞いの言葉や、コメントもできますが、
「病を得た」ことに対しての お見舞いやら、なぐさめの言葉など、かけようもないのです。
「言葉」など、空しいだけにすぎませんから。

出来ることは、ただ、祈ることだけです。
そんな時、過去の淵から、ふっと浮上してくるメロディーがあるのです。
〈切ないなぁ〉と、心が痛むとき、この歌を、よく口ずさんでいました。
The Beatles -『The Long And Winding Road』
「詞」の あれこれではありません。
何もできない悲しみに侵されるとき、心に沁みるだけなのです。
悲しみに、寄り添ってくれるだけの。

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2 コメント

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おはようございます (tempo1078)
2016-10-17 07:03:41
生命には限界が
あります。

永遠の生命はありません。

人間は地球という宇宙の
一部を借りて、存在しているに
過ぎません。

他の
生命体についても
同様ですね。

そして、
太陽系という宇宙でさえも
何時かは寿命が来ます。

私自身、
宇宙規模では僅かな一瞬を
生きているに過ぎません。
Unknown (ゴマメのばーば)
2016-10-17 20:40:10
 (tempo1078)さま。
おっしゃる通りです。
でも、蒙昧な私は、
   露の世は 露の世ながら さりながら
を、生きています。

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