ひとこと・ふたこと・時どき多言(たこと)

〈ゴマメのばーば〉の、日々訪れる想い・あれこれ

(無力)じゃない。

2017-08-14 06:09:43 | 日記
お盆が来ると、日暮れが早くなってきます。
日中は まだ暑い夏のようでも夜は涼しい風が立ちます。

毎年繰り返される季節の移り変わりですが、今年は〈ちょっと変〉という感じです。
季節の進み方や移り具合が、ランダムというか。
地球は正確に、公転・自転を繰り返しているはずですのに。

義兄の告別式に行ってきました。
仙台在住でしたので、新幹線で行ったのですが、喪服での乗車は、
何となく落ち着かないものです。
それに 人身事故があったらしく、乗車する電車が30分遅れました。
告別式が始まる時間に遅れない様、余裕を取って乗車列車を選んだのでしたが、
かなり焦りを覚えました。
新幹線を降りてから、地下鉄、バスと乗り継がなければいけませんし、
行ったことのない場所ですから、より一層の焦りを感じたのかもしれません。

何とか無事間に合ってホッとして参式しました。
もう少し、せめてオリンピック頃までは、生きていてほしかった、とは思いますが、
こればっかりは、どうしようもありません。
合掌。

8時頃帰宅。
やっぱり疲れました。
好きでブラブラするには疲れないのですが、特に告別式などに出た時は、身近な遺族の
方々の悲しみにも出会いますので、心は しぼみがちになって来るのでしょう。
でも、人 一人の「生」に お別れするわけですから、それなりに受領すべきなのだと。

ブルーな心模様でしたが、新聞を開いた途端に目に飛び込んできた「ことば」がありました。
「高校生平和大使の会」のスローガンです。
『ビリョク(微力)だけどムリョク(無力)じゃない』
このところ、自身の無力感に襲われていたのですが、活を入れられた様な気がしました。
ものごとが思うように行かなかったり、労苦の割には報われなかったりしますと、無力感に
苛まれて、動きがとれなくなってしまい、心も体も閉じこもってしまいがちになります。

でも、閉じこもらずに足を踏み出してみれば、「無力」ではないのです。
とても とても 勇気をいただきました。

「微力」でいいじゃないか。
やったるで !
と、ゴマメのばーばは、また〈歯ぎしり〉を続けます。
Step by Step ですから。
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2 コメント

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Unknown (chidori)
2017-08-15 06:46:22
「願い」の曲ができたときに聞いた言葉です。

私たちは微力だけど無力ではないという言葉です。

「もしも、この頭上に落とされたものが
ミサイルではなく 本やノートであったなら
無知や偏見から解き放されて
君は戦うことを辞めるだろう ♬


ねがい」 歌の解説

 2002年3月8日。卒業式を2日後に控えた広島市の大州中学校では、3年生170名が、「ザ☆ピース」と題する学年卒業式を行いました。そこで歌われた合唱曲の一つは、大州中学校と広島合唱団の交流から生まれたものです。
 この歌「ねがい」は、9.11のテロ攻撃への深い衝撃と悲しみから生まれました。あの恐るべき破壊行為、その後の報復攻撃は憎しみ以外のなにものでもありません。本当の平和は、相互理解、尊重、信頼からなるのを知らねばなりません。そのためには非暴力が一番相応しいと、広島市の中学生が平和宣言を発表。その宣言文に映画「カンダハール」のモフセン=マフマルバフ監督のメッセージが加えられたものです。「21世紀、ヒロシマで生まれたイマジン」として、広島の中学生の平和のための小さな活動、これが今、「ねがい」という曲になったのです。

横山 基晴(広島市立 宇品中学校) 
長田寿和子(神戸市立 湊中学校)

おそらく2000番を越した歌詞が創られていることでしょう。

私たちもこの曲でたくさんの人と平和の在りようを歌い交わしてきました。
こんにちは。 (ゴマメのばーば)
2017-08-15 14:45:35
(chidori)さま。
コメントありがとうございました。
「ねがい」の歌、残念ながら聞いたことがありません。ユーチューブで、ちょっと当たってはみたのですが、見つけられませんでした。
孫が来ましたら、探してもらって聴いて見ます。

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