極東極楽 ごくとうごくらく

豊饒なセカンドライフを求め大還暦までの旅日記

欧州ポピュリズム考

2017年03月15日 | 時事書評

  

    

           50  三本足  /  火風鼎(かふうてい)  

 

                                    

         ※ とは、かなえのこと。煮炊きする器で、三本の足でささえられて
          いる。神.憲に捧げる供物を煮る祭器であ
り、また国家権威の象徴
                    でもあった。権威を疑うことを鼎
の軽重を問うというのはここから
                    来た言葉である。三本の
足は、協力と安定を示す。三点は一平面を
                    決定し、三本足
が最も安定がよいのである。三人が力をあわせて、
          重いも
のをささえてゆく形、個人ではいわゆる三拍子そろった形で、
          なにごとにも順調な進展を示す卦である。男女関係では三角関係
          表わすが、それも円満まる(初爻)のである。あくまで協力関係
          失わぬことが肝要。

                              

 

 

   Mar. 14, 2017

【RE100倶楽部:印刷で作れる高性熱電変換材料】

● 世界最高レベルの出力因子600 μW/mK2

14日、産業技術総合研究所は、印刷法により形成できる高性能な p型の有機系熱電変換材料を開発、
発電性能を示す出力因子で世界最高レベルの600 μW/mK2を実現したことを公表。導電性高分子材料
やカーボンナノチューブ-高分子複合材料などの有機系材料は、①軽量で柔軟でいて、②非
レアメタ
ル材料で、③低コストで、③高い生産性が期待される印刷法により材料形成でき、従来の無機熱電変
換材料※6を用いた場合に比べ、利便性の高い熱電変換素子を低コストに製造できる。有機系熱電変
換素子の実用化で、身の回りに存在する低温の排熱を熱電変換し、これによって得られた電力を用い、
センサなどの低消費電力な電子機器を駆動できる。また一方で、現状の有機系熱電変換材料は、発電
性能が著しく低い問題点がある。

有機系材料として、これまで、カーボンナノチューブ-高分子複合材料を用いていた。カーボンナノ
チューブ-高分子複合材料は、高分子材料が溶解した有機溶媒中にカーボンナノチューブを分散させ
この分散液を基板上に塗布し、その後、有機溶媒を乾燥させることで形成できる。従って、有機溶媒
に可溶性を有する広範な高分子材料種を用いることができる。従来は、高い電気伝導性を付与するこ
とを目的として、導電性高分子を用い、作製したカーボンナノチューブ-導電性高分子複合材料が研
究の主流をなす。

一方で、同上の研究グループは、導電性高分子に比較して、汎用性や耐久性、価格などの面で優れた
絶縁体高分子を原料として用いた、カーボンナノチューブ-絶縁体高分子複合材料――の高性能化に
関する研究を進め、典型的な絶縁体高分子であるポリスチレンとカーボンナノチューブの混合で、ゼ
ーベック係数※11が向上すること発見。これは、ポリスチレンの添加により、カーボンナノチューブ
間コンタクトの距離が増加し、その部分のトンネル障壁厚み増加した結果、高エネルギーのキャ
リアが優先的に電気伝導に寄与い、ゼーベック係数増加する、エネルギーフィルタリング効果によ
るものと推測





さらに、カーボンナノチューブ-絶縁体高分子複合材料中のカーボンナノチューブの束の直径を細く
することで、ゼーベック係数は変化させずに電気伝導性を大幅に向上できることを発見(上図3)。
研究グループはこれらの効果を組み合わせることでパワーファクタを向上させることを目指し、低直
径のカーボンナノチューブ束をポリスチレンと混合させたカーボンナノチューブ-ポリスチレン複合
材料を作製した結果、約百℃において600 μW/mK2を超えるパワーファクタを観測することに成功
(上図4)。この値は、分散液を基板上に滴下し乾燥させる単純な印刷手法で作製したカーボンナノ
チューブ-導電性高分子複合材料のトップレベルの値に比較して概ね2倍以上の値を示す。このよう
に現在盛んに研究されているカーボンナノチューブ-導電性高分子複合材料に変えて、カーボンナノ
チューブ-絶縁体高分子複合材料を用いることでの大幅な性能向上を実現する。今後は、材料内部の
微細構造の制御で、有機系熱電変換材料の性能向上と有機系熱電変換素子の高効率化に取り組む。

※ ゼーベック係数:材料内に温度差を与えると、温度差に比例した電圧が発生する現象をゼーベッ
  ク効果という。温度差1℃あたりの電圧をゼーベック係数と言い、熱電変換材料の電圧発生能力を
  表す。単位はV/℃
※ 出力因子熱電変換材料の発電量を表す指標。ゼーベック係数の2乗に導電率を乗じた量で単位は
  (W/mK2)、単位長さあたり温度差1℃でどれだけの電力が得られるかの目安となる。

 Mar. 10, 2017

● こんな手もあるのだ!?


ところで、先日の通販ドライバーの話には続きがあった。彼の出生地はこの長浜市なのだが、この間
の降雪で、親戚から電話で除雪依頼で作業の苦労話を話し、家に寄りたかったが疲れてその余裕もな
くご免というので、わたしの方の除雪の苦労話も伝え、ところで、雪はエネルギーの固まりなのだ、
これを利用して除雪できるのだと話すと、それは良い、是非、聞かせて欲しいという反応。温度差を
利用する熱電変換素子シートあるいはポールで発電し融雪(融雪の仕方は特許事案る)する、あるい
は、発電し、ハザード表示灯などに利用するのだと伝えると、再度、教えてと熱を帯びた声で尋ねる
ので、わたし(たち)の領域に踏み込んできたね、これが実現すれば、青色発光ダイオードの発明者
の中村修二ノーベル賞級ものだよと返事する。つまり、今回の産業技術総合研究所の開発案件と完全
リンクするビックプロジェクトとなるものだ。遅れをとるな!きみ(たち)の出番だ。



【欧州ポピュリズムの歴史的考察】

 われわれの考えでは、社会的現実の中心において、瞬間という時間とゆっくり流れる時間との間
 に
ある、激しく、濃密で、無際限に繰り返される対立ほど重要なものはない。過去を扱うにせよ
 現在
を扱うにせよ、このような複数の社会的時間について明確に意識しておくことは、人間科学
 全体に
共通の方法論にとって、必要不可欠なことである

                           フェルナン・ブローデル「長期持続」
                                 山上浩嗣・浜名優美訳

フランスの歴史家フェルナン・プローデルは、世界史における『長期持続』論を広めたことで知られ
ている。既に没後30年以上たち、その理論は今日の激変する世界で重要性を増している。もし、ブ
ローデルが健在なら、欧州全土で左右両派のボビュリズムが台頭する現状に何をを思っただろうと、
ニューズウィーク社コラムニストのアフシン・モラビは問題提起する(「欧州ポピュリズムの歴史的
考察――反エリート主義の台頭は今後30~40年続くのか、一週の「さざ波」でおわるのか」(Eur-
opean Populism and The Lomg March of Histry、Newsweek 21, Mar 14, 2017
)


それによると、この現象にはおなじみの部分がいくつかあり、①欧州の右派ポピュリズムには、同性
愛者や少数派の権利、比較的寛容な移民政策といった左派の「聖域」に対する明確な反発がある。②
同様に、ヨーロッパの左派ポピュリストには資本主義と富、「伝統的」価値観といった右派の聖域に
対する懐疑が見受けられる。③だが、なじみのない部分もある。ドナルド・トランブ米大統領が選挙
戦中に行った激しいウォール街たたきは、共和党の政治家より民主党の大統領予備選に出馬した「社
会主義者」の
バーニー・サンダースにずっと近い、イタリアのポビュリスト政党「五つ星運動」の指
導者ベッベーグリッロは、
トランプの勝利を反既成秩序の大きな運動の一環として歓迎している。
 
現在の欧州での最近の世論調査では、イギリスでは国民の約3分の2が子供たちは今よりいい暮らし
を送れないと考えている。
フランス、イタリア、ドイツではさらに悲観的で、社会の進歩を示す基本
的尺度は、人々か将来に自信を
持てるかどうか、特に子供たちは今よりいい生活かできると信じられ
るかど
うかだとする。で、その原因はというと、①西欧で10年近く続く経済の低成長。特にフラン
ス、イタリア、スペインを
含む数カ国は深刻な経済不振にあえぐ。長期の低成長、長期失業を招き、
貯蓄は底を突
き、技術革新が阻害され、自信を喪失した人々に不満や不安が広がる。②情報革命、テ
クノロジー
を礼賛する人々は、ITかもたらすブラス面を強調。教育、情報、娯楽へのアクセス増大、
ビジネスの効率化、人命を救う医療の急速な進歩等々。が、多くの場合、情報へのアクセス増大は同
時に恨みや不満、「偽ニュース」へのアクセス増大も意味する。



ユーローの不確かな将来も低成長も問題であるが、西欧は世界中で5000万人前後の命を奪い、欧
州の都市と社会に想像を絶する破壊をもたらした第二次大戦を経験しているが、現在の西欧社会は、
第二次大戦後の環境で形成されその後の繁栄の時代に基礎を置く。西欧諸国は四半世紀にわたり戦後
の好景気を享受。経済ジャーナリストで歴史家のマーク・レビンソンの新著『驚異の時代』によると
この好景をレビンソンは、失業率の上昇と深刻な.不況によりリスクが高まり、実験と抗議行動がほ
とんど行われなくなった。生活水準が落ち込むことへの恐怖、子供たちの末末か今より悪くなること
への不安により、それまでよりずっと保守的な時代が訪れたと指摘する。もし、いまヨーロッパで起
きている現象が1970年代までさかのぽれるとすれば、今日起きる現象の影響は30年から40年後ま
で続くのかもしれないとモラビは危惧する。

もっとも、人々は選挙で投票するとき、長期的な視点で考えるわけではない。今年、オランダ、フラ
ンス、ドイツの選挙でポピュリストや反エスタブリッシユメント勢力が勝てば、メディアは政治の地
殻変動が起きたと書き立てるだろうが、それは産業革命以降の艮い歴史のひとコマにすぎないのかも
しれない。これまで500年以上にわたり、欧州の進歩と革新が世界を形づくり、欧州の植民地主義
と収奪が世界をゆがめてきた。西洋の没落と東洋の勃興が指摘されて久しいが、欧州が世界に大きな
影響を及ぽすことに変わりはないが、欧州社会が長い歴史を持っていることを忘れてはならない。判
断を誤らないためには、目先の現象に振り回されず、長い墜史のある国々にふさわしい長期的な視点
で見た方がいいだろうと結んでいる。これらの結論は断念ながら、すでにこのブログでその解決策は
掲載(例えば「コンピュータ仕掛けの英米流金融資本主義」表現)してきたことである。

 

  

   2.みんな月に行ってしまうかもしれない

 「ひとつだけ君に頼みがあるんだ」と私は切り出した。「その頼みさえ聞いてくれたら、あとは
 君の好きなようにしていい。離婚届にも黙って判を捺すよ」

 「どんな頼み?」
 「ぼくがここを出ていく。それも今日のうちに。君にはあとに残ってもらいたい」
 「今日のうち?」と彼女は驚いたように言った。
 「だって、早いほうがいいんだろう?」
  彼女はそれについて少し考えた。そして言った。「もしあなたがそう望むのなら」
 「それがぼくの望んでいることだし、それ以外にとくに望みはない」
  
  それは本当に私の正直な気持ちだった。こんな惨めな残骸のような場所に、三月の冷ややかな

  雨降りの中に一人で残されなくていいのなら、何をしてもかまわない。

 「車は持っていくけど、それはいいね?」
 

  あえて尋ねるまでもない。結婚する前に私が友だちからただ同然で譲り受けたマニュアル・シ
 フトの古い車で、走行距離は十万キロをとっくに越えている。そしてどうせ彼女は運転免許を持
 っていないのだ。

 「画材と衣服とか、必要なものはあとで取りにくる。かまわないかな?」

 「かまわないけど、あとでって、だいたいどれくらいあとになるの?」
 「さあ、わからない」と私は言った。そんな先のことまで考える意識の余裕は、私にはなかった。

 足元の地面さえもうろくに残ってはいないのだ。今ここに立っていることで、ほとんど精一杯な
 のだ。「ここにはそんなに長くいないかもしれないから」と彼女は言いにくそうに言った。

 「みんな月に行ってしまうかもしれない」と私は言った。

  彼女はよく聞き取れなかったようだった。「今、なんて言ったの?」

 「なんでもないよ。たいしたことじゃない」

  その夜の七時までに、私は身の回りのものをビニールの大きなジムバッグに詰め込み、赤いプ
 ジョー205ハッチバックの荷台に積み込んだ。とりあえずの着替えと、洗面用具と、何冊かの
 本と日記。山歩きをするときにいつも持って行く簡単なキャンプ用品。スケッチブックと副作用
 鉛筆のセット。それ以外に何を持っていけばいいのか、まったく思いつけなかった。まあいい、
 足りないものがあればどこかで買えばいいのだ。私かそのジムバッグをかついで部屋を出るとき、
 彼女はやはり台所のテーブルの前に座っていた。コーヒーカップがやはりテーブルの上に置かれ
 ていた。彼女はさっきと同じ目でカップの中をのぞき込んでいた。

 「ねえ、私にもひとつだけお願いがあるんだけど」と彼女は言った。「もしこのまま別れても、
 友だちのままでいてくれる?」

  彼女が何を言おうとしているのか、うまく理解できなかった。靴を履き終え、バッグを肩にか
 け、片手をドアのノブの上に置いたまま、私はしばらく彼女を見ていた。

 「友だちでいる?」

  彼女は言った。「もし可能であれば、ときどき会って話をできればと思うんだけど」
  私にはまだその意味がよく理解できなかった。友だちのままでいる? ときどき会って話をす
 る? 会って何の詰をするのだ? まるで謎かけをされているみたいだ。彼女はいったい何を私
 に伝えようとしているのだろう。私にとくに悪い感情は抱いていない、そういうことなのだろう
 か?

 「さあ、どうだろう」と私は言った。それ以上の言葉はみつからなかった。たぶんそこに立った
 まま一週間考えても、言葉はみつけられなかったはずだ。だからそのままドアを開け、外に出た。
  家を出るとき自分かどんな服装をしているのか、まったく考えもしなかった。もしパジャマの
 上にバスローブを羽織ってそのまま出てきたとしても、たぶん自分では気づかなかったに違いな
 い。あとになってドライブインの洗面所で、全身鏡の前に立って判明したことだが、私は仕事用
 のセーターに、派手なオレンジ色のダウン・ジャケット、ブルージーンズ、ワークブーツという
 格好だった。頭には古い毛糸の帽子をかよっていた。ところどころほつれた丸首のグリーンのセ
 ーターには、白い絵の具のしみがついていた。着ているものの中ではブルージーンズだけが新品
 で、その鮮やかな青さがいやに目立った。全休としてはかなり乱雑な格好だが、異様というほど
 ではなかった。後悔したのは、マフラーを忘れてきたことくらいだった。



  マンションの地下の駐車場から車を出したとき、三月の冷ややかな雨はまだ音もなく降り続い
 ていた。プジョーのワイパーは老人のかすれた咳のような音を立てていた。
  どこに行けばいいのか見当もつかなかったから、しばらくは都内の道路をあてもなく、思いつ
 くままに走った。西麻布の交差点から外苑西通りを青山に向かい、青山三丁目を右に折れて赤坂
 に向かい、あちこち曲がった末に四谷に出た。それから目についたガソリン・スタンドに入って、
 タンクを満タンにした。ついでにオイルと空気圧も点検してもらった。ウィンド・ウォッシャー
 液も入れてもらった。これから長い距離を運転することになるかもしれない。あるいは月まで行
 くことになるかもしれない。

  クレジット・力-ドで支払いをし、再び路上に出た。雨の日曜日の夜で、道路はすいていた。
 FMラジオをつけたが、つまらないおしゃべりが多すぎた。人々の声は甲高すぎた。CDプレー
 ヤーにはシェリル・クロウの最初のアルバムが入っていた。私はそれを三曲ほど聴いてから、ス
 イッチを切った。
  気がついたとき、目白通りを走っていた。どちらに向けて走っているのか、見定めるのに時間
 がかかった。そのうちに、早稲田から練馬方向に向けて走っていることがわかった。沈黙が耐え
 られなくなったので、またCDプレーヤーのスイッチを入れ、シェリル・クロウを何曲が聴いた゜
 そしてまたスイッチを切った。沈黙は静かすぎたし、音楽はうるさすぎた。でも沈黙の方が少し
 はましだった。私の耳に届くのは、ワイパーの劣化したゴムが立てるかすれた音と、タイヤが濡
 れた路面を進む、しやーっという途切れのない音だけだった。

  Sheryl Crow - Steve McQueen

  そんな沈黙の中で、私は妻が誰か他の男の腕に抱かれている光景を想像した。
  それくらい、もっと前にわかっていてもよかったはずだ、と私は思った。どうしてそれに思い
 当たらなかったのだろう? もう何ケ月も我々はセックスをしていなかった。私が誘っても、彼
 女はいろんな理由をつけてそれを断った。いや、そのしばらく前から、彼女は性行為に対してあ
 まり乗り気ではなかったと思う。でもまあ、そういう時期もあるのだろうと私は考えていた。
 日々の仕事が忙しくて疲れているのだろうし、体調もあるのだろう。でももちろん彼女は他の男
 と寝ていたのだ。いつ頃からそれが始まったのだろう? 私は記憶を辿ってみた。たぶん四ケ月
 か五ケ月前、それくらいだ。今から四ケ月か五ケ月前というと、十月か十T月になる。

  でも去年の十月か十一月に何かあったか、私にはまったく思い出せなかった。そんなことを言
 ったら、昨日何かあったかさえほとんど思い出せなかった。
  信号を見落とさないように、前の車のブレーキランプに近づきすぎないように注意しながら、
 去年の秋に起こったことについて考え続けた。頭の芯が無くなるくらい集中して考えていた。私
 の右手は交通の流れに合わせて無意識にギアを切り替えていた。左足はそれに合わせてクラッ
 チ・ペダルを踏んでいた。そのときほど自分かマニュアル・シフト車を運転していることをあり
 たく思ったことはない。妻の情事について考えを巡らせる以外に、手足を使ってこなさなくて
 はならないいくつかの物理的な作業が私には課せられているのだ。

  十月と十一月にいったい何かあっただろう

  秋の夕方。大きなベッドの上で、どこかの男の手が妻の衣服を説がせていく光景を想像した。
 彼女の白いキャミソールのストラップのことを私は思った。その下にあるピンク色の乳首のこと
 を思った。そんなことをいちいち想像したくはなかったが、コ伎動き出した想像の連鎖をどうし
 ても断ち切ることができなかった。私はため息をつき、目についたドライブインの駐車場に車を
 停めた。運転席の窓を開け、外の湿った空気を胸に大きく吸い込み、時間をかけて心臓の鼓動を
 整えた。それから車を降りた。ニット帽をかぷったまま、傘を差さずに細かい雨の中を横切り、
 店に入った。そして奥のブース席に腰を下ろした。

  店内はすいていた。ウェイトレスがやってきたので、私は熱いコーヒーと、ハムとチーズのサ
 ンドイッチを注文した。そしてコーヒーを飲みながら、目を閉じて気持ちを落ち着けた。妻と他
 の男が抱き合っている光景を、なんとか頭の中からよそに追いやるうと努めた。でもその光景は
 なかなか消えてくれなかった。

  洗面所に行って石鹸で丁寧に手を洗い、洗面台の前の鏡に映った自分の顔をあらためて眺めた。
 目はいつもより小さく、赤く血走って見えた。飢饉のために生命力を徐々に奪われていく森の動
 物みたいだ。やつれて怯えている。タオルのハンカチで手と顔を拭き、それから壁の全身鏡で自
 分の身なりを点検してみた。そこに映っているのは、絵の具のこびりついたみすぼらしいセータ
 ーを着た、三十六歳の疲弊した男だった。

  おれはこれからどこに行こうとしているのだろう、とその自分白身の像を見ながら、私は思っ           
 だ。というかその前に、おれはいったいどこに来てしまったのだろう? ここはいったいどこな
 んだ? いや、そのもっと前に、いったいおれは誰なんだ?

  鏡に映った自分を見ながら、私は自分自身の肖像画を描いてみることを考えた。もし仮に描く
 としたら、いったいどんな自分自身を描くことになるだろう? おれは自分自身に対して愛情み
 たいなものをひとかけらでも抱くことができるだろうか? そこに何かしらきらりと光るものを、
 たったひとつでもいいから見いだせるだろうか?

  結論を出せないまま私は席に戻った。コーヒーを飲み終えると、ウェイトレスがやってきて、
 おかおりを注いでくれた。私は彼女に頼んで紙袋をもらい、手をつけていないサンドイッチをそ
 こに入れた。もっとあとになれば腹も減るだろう。でも今は何も食べたくない。

  ドライブインを出て、道路をそのまままっすぐ速むと、やがて関越速の入り口の案内が見えて
 きた。このまま高速道路に乗って北に行こう、と私は思った。北に何かあるのかはわからない。
 でもなんとなく、南に向かうよりは北に向かった方がいいような気がした。冷たくて清潔な場所
 に私は行きたかった。そして何より大事なことは、北であれ南であれ、少しでも遠くこの街から
 離れることだ。

  グラブコンパートメント(glove compartment)を開けると、中に五、六枚のCDが入っていた。
 そのうちの一枚はイ・ムジチ合奏団の演奏するメンデルスゾーンの八重奏曲、その音楽を聴きな
 がらドライブをす るのが妻は好きだった。弦楽四重奏団がそっくり二つぶん入った奇妙な編成
 だが、美しいメロディーを持った曲だ。メンデルスゾーンはまだ十六識の時にその曲を作曲した。
 妻がそう教えてく
 れた。神童だ。
 あなたは十六識の時に何をしていた?
  十六識のとき、ぼくは同じクラスの女の子に夢中になっていたな、と私は当時のことを思い出
 して言った。
  彼女とつきあっていたの?
  いや、ほとんど口をきいたこともない。遠くからただ眺めていただけだ。話しかけるような勇
 気はなかったしね。そして家に帰って彼女のスケッチを描いていた。何枚も描いたよ。
 昔から同じようなことをしていたのね、と妻は笑って言った。
 ああ、ぼくは昔からだいたい同じようなことをしてきたんだ。



Felix Mendelssohn, Ottetto per archi Op.20

  ああ、ぼくは昔からだいたい同じようなことをしてきたんだ、と私はそのときの自分の言葉を
 頭の中で繰り速した。
  私はシェリル・クロウのCDをプレーヤーから取り出し、そのあとにMJQのアルバムを入れ
 た。『ピラミッド』。そしてミルト・ジャクソンの心地よいブルーズのソロを聴きながら、高速
 道路をまっすぐ北に向かった。ときどきサービスエリアで休憩をとり、長い小使をし、熱いブラ
 ック・コーヒーを何杯も飲んだが、それ以外はほとんど一晩中ハンドルを握っていた。ずっと走
 行車線を走り、遅いトラックを追い抜くときだけ追い越し車線に入った。不思議に眠くはなかっ
 た。
 もう一生眠りが訪れることはないのではないかと思えるくらい、眠くはなかった。そして夜の明
 ける前に、私は日本海に着いていた。

                                     この項つづく 

 
 

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« サウジの魔法が消える時 | トップ | 似たもの同士の米大統領 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

時事書評」カテゴリの最新記事