極東極楽 ごくとうごくらく

豊饒なセカンドライフを求め大還暦までの旅日記

針江大川へGO!

2017年07月15日 | 滋賀のパワースポット

 

 

 

   

 

           

 

         僖公33年:殽(こう)の戦い その2 / 晋・秦・楚鼎立の時代    

 

                               

   ※ 晋の文公の没後、その子の襄公が即位したが、かれもまた文公に劣らず、才略に富
     んだ君主であった。殽(こう)の戦いに秦を敗ったのを手初めに、北は秋、南は楚、
     東は衛を伐って、晋の覇業はなお微働だもしない。
     【経】三十有三年、春、王の二月、秦人、滑(かつ)に入る。夏四月辛巳(しんし)、
     晋人、姜戎(きょうじゅう)と、秦の殽に敗る。癸巳(きし)、晋の文公を葬る。

 

   ※ 王孫満、秦の敗北を予言す:三十三年春、秦車は周の他門を通過した。周室の前な
     ので、兵車の左右の士たちは、車から降りはしたが、冑を脱いでほんの申し訳程度
     に敬意を表しただけで、さっさと兵車に跳び乗る始末、三百台のうち謹しみ深く振
     舞った兵車は一台もなかった。周の公子王孫満(おうそんまん〉は、当時まだ幼か
     ったが、このありさまをみ㐮正に言った。「秦軍は兵士に落着きがなく、礼をわき
     まえていませんから、敗けるにちがいありません。落着きがなければ、作戦を練る
     ことはできないし、礼をわきまえなければ、戦場で統制がとれません。敵地に入っ
     て、作戦は立てられない、続制はとれないとあっては、どうやっても勝てるはずが
          ありません」

 

 

 



● 針江大川の梅花藻

昨日、梅花藻が見たいということで早朝から高島市新旭町は針江大川の川端に車を走らせる。見頃は
過ぎた
のか水車付近の梅花藻は少しばかり残っていなかったもののつかの間の休息を二人で過ごす。
滋賀は身近
に山里と水辺の風景を楽しむことができる。
 

  針江の生水

 針江大川

  Wikipedia

帰り道、道の駅「藤樹の里あどがわ」に立ち寄りランチ。わたしの希望でざる蕎麦を注文(+わた
しのお気に入りの鮨処仲よしの「鱒、さば、小鯛、えびの笹寿司」セット)を彼女のお気に入りで、
安曇川駅より徒歩5分、明治7(1874)年から地元に、そして現在海外にも和洋菓子を届けている
老舗菓子店「とも栄」。アドベリーを使ったスイーツを数多く開発し、国際線のビジネスクラス
のデザートにも採用されるなど評価も高い。一番人気は「あど菓みるく」(8
個入り1100円)など
のあどベリースイーツを土産に、それから、九州北部豪雨の被災募金をして帰える(旅程:約5時
間半)。

  

読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』   

    39.特性の目的を持って作られた、偽装された容れ物

  そうかもしれない。しかし私の場合はただ単純に、自分の中にあるものを見出すのに時間がか
 かったというだけなのかもしれない。そして私はその無駄な回り道にユズを引き込んでしまった
 のだろうか?

 「歳をとるのが怖いか?」と私は自分に向かって問いかけてみた。私は歳をとることを恐れてい
 るだろうか? 「正直言って、ぼくにはまだそういう実感がないんです。三十代も後半に入った
 
男がこんなことを言って、愚かしく聞こえるかもしれませんが、なんだかまだ人生を始めたばか
 りのような気がします」
  免色は微笑んだ。「決して愚かしくはありません。たぶんそのとおり、あなたはまだ自分の人
 生を始めたばかりなのでしょう」
 「免色さん、あなたはさっき遺伝子の話をなさいました。自分はワンセットの遺伝子を引き継い
 で、それを次の世代に違る容れ物に過ぎないと。そしてその職務を別にすれば、自分はただの土
 塊に過ぎないんだと。そういう意味のことをおっしやいましたよね?」

  免色は肯いた。「たしかにそう言いました」

 「でも自分がただの土塊であることに、恐怖を感じたりすることはないのですね?」

 「私はただの土塊ですが、なかなか悪くない土塊です」、免色はそう言って笑った。「生意気な
 よ
うですが、けっこう優秀な土塊と言っていいかもしれません。少なくともある種の能力には恵
 ま
れています。もちろん限定された能力ではありますが、能力であることに違いはありません。
 で
すから生きているあいだは精一杯生きます。自分に何かどこまでできるかを確かめてみたい。
 退
屈している暇はありません。私にとって、恐怖や空虚さを感じないようにする最良の方法は、
 何
よりも退屈をしないことなのです」

  八時近くまで、我々はウィスキーを飲んでいた。やがてウィスキーのボトルが空になった。そ
 れを潮に免色は立ち上がった。

 「そろそろ失礼しなくては」と彼は言った。「すっかり長居をしてしまいました」

 私は電話でタクシーを呼んだ。雨田典彦の家たというと、すぐに場所はわかった。雨田典彦彦は
 は有名人なのだ。十五分ほどでそちらに着きます、と配車係は言った。私は礼を言って電話を切
 っ
た。
  タクシーが来るのを持っているあいだ、免色は打ち明けるように言った。
 「秋川まりえの父親はある宗教団体にのめりこんでいると、さっき申し上げましたね」

  私は肯いた。

 「いささか素性の怪しい新興宗数団体ですし、インターネットで調べてみると、これまでにいく
 つかの社会的トラブルを起こしているようです。何体か民事訴訟も起こされています。教義とい
 ってもあやふやなものだし、私に言わせれば宗教とも呼びがたいような粗雑な代物です。しかし
 言うまでもないことですが、何を信じようと信じまいとそれはもちろん秋川さんのご自由です。
 ただこの何年か、彼はその団体にかなりの全を注ぎ込んでいます。自分の資産も会社の資産もほ
 とんど一緒くたにして。もともとが相当な資産家ですが、実際には毎月の家賃のあがりだけで暮
 らしているような状態です。土地や物件を売却していかない限り、収入にはおのずと限りがあり
 ます。そして彼はここのところ、土地や物件を売りすぎています。誰が見ても不健全な徴候です。
 蛸が自分の足を食べて生き延びているようなものです」
 「つまり、その宗教団体に食い物にされているということですか?」
 「そのとおりです。いいカモにされていると言っていいかもしれない。ああいう連中は餌にいっ
 たん食いつくと、とことん吸い尽くします。最後の一滴まで搾り取ります。そして秋川さんはも
 ともとお金持ちの御曹司ですから、こう言ってはなんですが、いささか脇の甘いところがありま
 す」
 「そしてあなたはそのことを案じている」
  免色はため息をついた。「秋川さんがどんな目にあおうと、それは本人の責任です。立派な大
 人が承知の上でやってきたことですから。しかし何も知らない家族がその巻き添えをくうとなる
 と、話はそう簡単じゃない。まあ、私か心配したところでどうにもならないことなのですが」
 「リインカーネーションの研究」と私は言った。
 「仮説としてはなかなか興味深い考え方ではありますが」と免色は言った。そして静かに首を振
 った。
  やがてタクシーがやってきた。タクシーに乗り込む前に、彼はとても丁重に私に礼を言った。
 どれだけ酒を飲んでも、その顔色と礼儀正しさは寸分も変化しなかった。


    第40章 その顔に見違えようはなかった 

  免色が帰ってしまったあと、私は洗面所で歯を磨き、それからすぐにベツドに入って眠りに就
 いた。私はもともと寝付きの良い方だが、ウィスキーを飲むとその傾向はいっそう強くなる。
  そしてその真夜中、私は激し
物音で目を覚ました。たぶん実際に音がしたのだと思う。それ
 ともその物音は夢の中での出来事だったのかもしれない。私の意識の内側から生じた仮想の響き
 だったのかもしれない。しかしいずれにせよ、どすんと地響きのするような大きな衝撃があった。
 身体が宙に飛び上がるほどの衝撃たった。その衝撃自体はあくまで実際のものであり、夢でもな
 ければ仮想でもなかった。私はかなり深く眠っていたのだが、ほとんどベッドから床に転げ落ち
 そうになり、一瞬にして目を覚ました。

  枕元の時計に目をやると、数字は午前二時過ぎを示していた。いつも鈴が鳴らされた時刻だ。
 しかし鈴の音は聞こえなかった。もう冬が近づいているから、虫の声も聞こえなかった。家内に
 はただ深い沈黙が降りているだけだ。空の大部分は暗く厚い雲に覆われていた。耳を澄ませると
 微かに風の音が聞こえた。40 その顔に見違えようはなかった。
  手探りで枕元の明かりをつけ、パジャマの上からセーーターを着た。そして家の中をひととお
 り見て回ることにした。何か異変が持ち上がったのかもしれない。ひょっとして大きなイノシシ
  が窓から飛び込んできたのかもしれない。あるいは小さな限石がこの家の屋根を直撃したのかも
  しれない。どちらもまずありそうにないことだったが、何か異常がないか点検しておいた方が良
 さそうだった。いちおう私はこの家の管理を任されているのだ。それにこのまま眠ってしまおう
 と思ったところで、簡単に寝つけそうにはなかった。私の身体はまだその衝撃の余波をありあり
 と感じていたし、心臓が音を立てて脈打っていた。

  部屋の明かりをひとつひとつつけながら、家の中の様子を順番に確認していった。どの部屋に
 も変わったところは見当たらなかった。いつもどおりの光景だ。さして広い家ではないから、も
 し異変のようなものがあれば見逃しようはない。すべての部屋を点検し、最後に残ったのはスタ
 ジオだった。私は居間からスタジオに通じるドアを開けて中に入り、照明のスイッチを入れよう
 と壁に手を伸ばした。しかしそのとき何かが私を押しとどめた。明かりはつけない方がいい、耳
 もとで何かが私にそう囁いた。小さな、しかしはっきりとした声で。暗いままにしておいた方が
 がいい。私はその囁きに従ってスイッチから手を難し、背後のドアを静かに閉め、真っ暗なスタ
 ジオの中に目をこらした。音を立てないように息をひそめて。

  暗闇に目が少しずつ慣れてくるにつれて、その部屋の中に私以外の誰かがいることがわかった。
 そういうたしかな気配があった。どうやらその誰かは、私が絵を描くときにいつも使っている木
 製のスツールに腰掛けているようだった。それは騎士団長なのだろうと、最初は思った。彼がま
 た「形体化」してここに尻ってきたのだろう。しかしその人物は、騎士団長にしてはあまりに大
 きすぎた。ぼんやりと浮かび上がった暗いシルエットは、それが痩せた長身の男であることを示
 していた。騎士団長は体長が六十センチほどしかない。しかしその男の身長はどうやら百八十セ
 ンチ近くはありそうだった。背の高い人がよくそうするように、男は少し背を丸めるような姿勢
 で座っていた。そしてそのまま身動きひとつしなかった。

  私もやはり身動きひとつせず、ドアの棒に背中をつけて、何かあればすぐに照明のスイッチを
 入れられるように左手を壁に仲ばしたまま、その男の後ろ姿を見つめていた。私たち二人は真夜
 中の暗闇の中で、それぞれにひとつの姿勢をとったままぴたりと静止していた。どうしてかはわ
 からないが怖さは感じなかった。呼吸は浅く短くなり、心臓は堅く乾いた音を立てていた。しか
 し怯えはない。真夜中に見知らぬ男が家の中に勝手に入り込んでいる。泥棒かもしれない。ひょ
 っとしたら幽霊かもしれない。いずれにせよ恐いと感じるのが当たり前の状況だ。しかしそれが
 恐ろしいことかもしれない、危険なことかもしれないという感覚がなぜか湧いてこなかった。
 
  騎士団長が出現して以来いろんな異様な出来事が持ち上がり、それに私の意識が慣れてしまっ

 たということがあるかもしれない。しかしそれだけではなく、それよりはむしろその謎の人物が
 真夜中のスタジオで何をしているのかということの方に、私は興味を惹かれていたのだと思う。
 恐怖よりは好奇心の方がまさっていた。男はスツールの上で、何かを深く考え込んでいるように
 見えた。あるいは何かをまっすぐ見つめているように見えた。そしてその集中力は傍目にも強烈
 なものだった。その男は私か部屋に入ってきたことにもまったく気づいていないようだった。あ
 るいは私の出入りなど、その人物にとっては取るに足らないことなのかもしれない。

  私は音を立てないように呼吸をし、心臓の鼓動を肋骨の中に懸命に収めながら、暗闇に更に目
 が慣れ
るのを待った。時間が経つにつれて、その男が何に意識を集中させているのかがだんだん
 わかってきた。横手の壁にかけられている何かを、彼は熱心に見つめているようだった。そこに
 あるのは雨田典彦の絵画『騎士団長殺し』であるはずだった。長身の男は木製のスツールに腰掛
 け、身動きひとつせず、わずかに前屈みになってじっとその絵を見つめていた。両手は膝の上に
 置かれていた。

  そのとき、それまで空を厚く覆っていた暗雲がようやくところどころで途切れ始めた。そして
 雲間からこぼれた月光がほんの一瞬、部屋を照らした。まるで澄んだ無音の水が古い石碑を洗い、
 そこに隠された秘密の文字を浮かび上がらせるかのように。それからすぐにまたもとの暗黒の状
 態が戻ってきた。しかしそれも長くは続かなかった。やがて再び雲がちぎられるように割れ、月
 光が十秒ばかり続けてあたりを明るい淡青色に染めた。そしてその間に私は、そこにいる人物が
 誰なのかを見て取ることができた。

  男は白髪を肩まで長く伸ばしていた。髪は長いあいだ槐かれていないらしく、あちこちで乱れ
 ていた。その姿勢から見るに、どうやらかなりの老齢らしかった。そして枯れ木のように痩せこ
 けていた。かつてはしっかり肉を身につけた剛健な男だったのだろう。しかし年老いて、またお
 そらくは何かの病を得て、身体の肉を落としてしまった。そういう雰囲気が感じ取れた。
  痩せて相貌がずいぶん様変わりしてしまったために、思い当たるまでに少し時間がかかった。
 しかしそれが誰なのか、無音の月光の下で私にもようやく理解することができた。これまで何枚
 かの写真でしか目にしたことがなかったけれど、その顔に見違えようはない。横から見える尖っ
 た鼻の形が特徴的だったし、何より全身から発せられる強いオーラのようなものが、私にひとつ
 の明らかな事実を告げていた。冷え込む夜だったが、私の脇の下はぐっしょり汗に濡れていた。
  心臓の鼓動が一段と速く、堅くなった。簡単には信じられないことだが疑問の余地はない。

  老人は、その絵の作者である雨田典彦だった。雨田典彦がこのスタジオに戻ってきたのだ


    第41章 私が振り返らないときにだけ

  それが実物の肉体をそなえた雨田典彦であるわけはなかった。実物の雨田典彦は伊豆高原の高
 齢者養護施設に入っている。認知症がかなり進行しており、今はほとんど寝たきりの状態になっ
 ている。ここまで一人で自力でやって来られるわけがない。だとすれば、私が今こうして目にし
 ているのは彼の幽霊ということになる。しかし私の知る限り彼はまだ亡くなってはいない。だか
 ら正しくは「生き霊」と呼ぶべきなのかもしれない。それとも彼はつい今し方息を引き取り、幽
 霊となってここにやってきたのかもしれない。その可能性もむろん考えられる。

  いずれにせよそれがただの幻影でないことは、私にはよくわかっていた。幻影にしてはそれは

 あまりにリアルであり、あまりに濃密な質感を具えていた。そこには紛れもなく人の存在する気
 配があり、意識の放射があった。雨田典彦は何らかの特別な作用によって、このように本来の自
  雲の流れにしたがって断続的に窓から差し込む月の光が、雨田典彦の身体にくっきりとした陰
 影を与えた。彼は私に横顔を向けていた。そして古いバスローブだかガウンを羽織っていた。足
 は裸足だった。靴下もスリッパも履いていない。長い白髪は乱れ、頬から顎にかけてうっすらと
 白い無精祭が生えていた。顔はやつれてはいたが、目の光だけは鋭く澄み切っていた。

  怯えこそしなかったが、私はひどく戸感っていた。そこにあるのは言うまでもなく尋常ではな
 い光景だ。混乱しないわけはない。私の片手はまだ壁の電灯のスイッチにかけられていた。でも
 明かりをつけるつもりはなかった。ただその姿勢をとったまま、身体を勤かせなかっただけだ。
  私としては雨田典彦が――それが幽霊であれ幻影であれ――なんであれここでおこなっている
 ことを妨げたくはなかった。このスタジオは本来彼のための場所なのだ。彼がいるべき場所なの
 だ。
  むしろ私の方が邪魔者なのであって、もし彼がここで何かをしようとしているのなら、それを
 邪魔するような権利は私にはない。

  だから私は息を整え、肩の力を抜き、足音を立てないようにあとずさりをし、スタジオの外に
 出た。そしてそっとドアを間めた。そのあいだ雨田典彦はスツールの上で身じろぎひとつしなか
 った。たとえ私がそこでうっかりテーブルの花瓶をひっくり返し、すさまじい音を立てたとして
 も、おそらく気づきもしなかっただろう。彼の集中はそれほど峻烈なものだった。雲間を抜けた
 月の明かりが、彼の痩せこけた身体を再び照らし出した。私は最後にその輪郭を(彼の人生が凝
 縮されたようなシルエットを)、そこに施された繊細な夜の陰影とともに脳裏に刻み込んだ。こ
 れを忘れてはならない、と強く自らに言い聞かせた。それは私が網膜に焼き付け、記憶にしっか
 り留めておかなくてはならない形象なのだ。

  食堂に戻ってテーブルの前に座り、ミネラル・ウオーターを何杯か飲んだ。ウィスキーが少し

 飲みたかったが、瓶は既に空っぽになっていた。昨夜免色と私が二人で空にしたのだ。そしてそ
 れ以外のアルコール飲料はこの家の中には置いていなかった。ビールが数本冷蔵庫の中に入って
 いたが、それを飲みたいような気持ちではなかった。

  結局、朝の四時過ぎまで眠りは訪れなかった。食堂のテーブルの前に座って、ただあてもなく
 考えごとをしていた。神経がひどく高よっていて、何をする気にもなれなかった。だから目を閉
 じて考えごとをするしかなかったのだが、ひとつのものごとを継続して考えることができなかっ
 た。私は何時間もただ、様々な思考の切れ端をあてもなく追っていた。まるで自分の尻尾をぐる
 ぐると追い回している子猫のように。

  あてもなく考えを巡らせることに疲れると、私はさきほど目にした雨田典彦の身体の輪郭を脳
 裏に再現した。そして記憶を俯かなものにしておくために、それを簡単にスケッチした。頭の中
 の架空のスケッチブックに、架空の鉛筆を使ってその老人の姿を猫いた。それは私が日常的に、
 暇があればよくやっていることだ。実際の紙や鉛筆を必要としない。むしろない方が作業は簡単
 になる。数学者が脳内の架空の黒板に数式を並べていくのと、おそらくは同じ成り立ちの作業だ。
 そしていつか私は実際にその結を猫くことになるかもしれない。

  もう一度スタジオを覗いてみようとは思わなかった。もちろん好奇心はあった。老人はまだあ
 のスタジオの中にいるのだろうか? スツールに腰掛けた
そらくは雨田典彦の分身はまま、なお
 も『騎士団長殺し』を凝視しているのだろうか? それを確かめてみたいという気持
ちがないわ
 けではない。私は今たぶん何かきわめて貴重な状況に遭遇し、その現場を目撃しているのだ。そ
 してそこには雨田典彦の人生に秘められた謎を解くための、いくつかの鍵が提示されているのか
 もしれない。

  しかしもしそうだとしても、私は彼の意識の集中を邪魔したくはなかった。雨田典彦は自らが
 描いた『騎士団長殺し』をじっくり眺めるために、あるいはそこにある何かを再点検するために、
 空間を超え論理をすり抜けてこの場所に戻ってきたのだ。そのためにはおそらく多大な子不ルギ
 ーを費やさなくてはならなかったはずだ。もうそれほど多くは残されていないであろう貴重なエ
 ネルギーを。そう、たとえどれはどの犠牲を払おうとも、彼は『騎士団長殺し』を最後に今一度
 心ゆくまで見届けておかなくてはならなかったのだ。
  目が覚めたのは十時過ぎだった。早起きの私にとってそれはずいぶん珍しいことだった。私は
 顔を洗ってからコーヒーを作り、食事をとった。なぜかひどく空腹だった。私はいつもの朝食の
 倍近くを食べた。三枚のトーストと、二個のゆで卵と、トマトのサラダを食べた。コーヒーを大
 きなマグにたっぷり二杯飲んだ。

  食事のあと、念のためにスタジオをのぞいてみたが、もちろん雨田典彦の姿はもうどこにもな
 かった。そこにあるのは、いつもどおりのしんとした朝のスタジオだ。イーゼルがあり、そこに
 描きかけのキャンバスが置かれ(描かれているのは秋川まりえだ)、その前に無人の円形のスツ
 ールがあった。イーゼルの先には、秋川まりえがモデルとして座るための食堂椅子がひとつ置か
 れていた。横手の壁には雨田典彦の描いた『騎士団長殺し』がかかっていた。棚の上にはやはり
 鈴の姿はなかった。谷間の上の空は晴れ渡り、空気は冷ややかに澄み切っていた。冬を目前にし
 た鳥たちの声が、鋭くその空気を刺し貫いた。

  私は雨田政彦の会社に電話をかけてみた。既に正午に近かったが、彼の声はどことなく眠そう
 だった。そこには月曜日の朝の倦怠の響きが聴き取れた。簡単に挨拶を交わしたあとで、私はさ
 りげなく彼の父親のことを尋ねた。雨田典彦がまだ亡くなっていないかどうか、昨夜私が目にし
 たのが彼の幽霊だったのかどうか、いちおう確認しておきたかったのだ。もし仮に彼が昨夜のう
 ちに亡くなっていたとしたら、息子のもとには既に連絡が入っているはずだ。

 「お父さんは元気か?」
 「数日前に会いに行ってきた。頭の方はもう後戻りできないが、身体典合はとくに悪くはないみ
 たいだったな。少なくとも今すぐどうこうということはなさそうだ」
  雨田典彦はまだ亡くなっていない、と私は思った。私が昨夜目にしたのはやはり幽霊なんかじ
 やなかった。それは生きている人間の意思がもたらした仮の形体だったのだ。
 「妙なことを訊くみたいだけど、ここのところおたくのお父さんの様子に、とくに何か変わった
 ところはなかったか?」と私は尋ねてみた。
 「うちの父親にかい?」
 「ああ」
 「どうして急にそんなことを訊くんだ?」

  私は前もって用意しておいた台詞を口にした。「実は、このあいだ妙な夢を見たんだ。おたく
 のお父さんが真夜中にこの家に戻ってくる夢だった。そしてぼくがその姿をたまたま目撃するん
 だ。とてもリアルな夢だったよ。飛び起きてしまうくらい。それで何かが起こったんじやないか
 とちょっと気になったもので」

 「ふうん」と彼は感心したように言った。「それは面白に戻って、いったい何をしていたんだ?」
 「スタジオのスツールにただじっと座っていた」
 「それだけ?」
 「それだけだよ、他には何もしていない」
 「スツールって、あの三本脚の古い丸椅子のことか」
 「そうだよ」

  雨田政彦はしばらくそれについて考えいた。

 「あるいは死期が近づいているのかもしれないな」と雨田はどことなく抑揚を欠いた声で言った。
 「人の魂は人生の最後に、いちばん心残りな場所を訪れるっていうからな。おれの知る限り、う
 ちの父親にとっては、その家のスタジオがいちばん心を残した場所であるはずだ」
 「でも記憶みたいなものはもう残っていないんだろう?」
 「ああ、通常の意昧での記憶みたいなものは残っていないよ。しかし魂はまだ残されているはず
 だ。ただそこに意識がうまくアクセスできないというだけで。つまり回線が外れて、意識が繋が
 っていないだけなんだよ。魂はちゃんと奥の方に控えているはずだ。おそらくは何ものにも損な
 われることなく」
 「なるほど」と私は言った。
 「怖くはなかったか?」
 「夢のことか?」
 「ああ、だってずいぷんリアルな夢だったんだろう?」
 「いや、とくに怖くはなかった。なんだか不思議な気持ちがしただけだ。まるで本人そのものを
 実際に目の前にしていたみたいで」
 「あるいは本人そのものだったかもしれない」と雨田政彦は言った。

  それについて私は意見を口にしなかった。雨田典彦がおそらくは『騎士団長殺し』を見るため
 に、わざわざこの家に戻ってきたのだということを(考えてみれば、雨田典彦の魂をここに招い
 たのは、この私なのかもしれない。私があの絵の包装を解かなければ、彼がここに戻ってくるこ
 ともなかったのではないか)、ここで息子の政彦に明かすわけにはいかなかった。そんなことを
 したら、私がこの宗の坦坦表でその絵を発見したことを、そればかりか無断でその包装を解き、
 勝手にスタジオの壁にかけていることを、すべて説明しなくてはならなくなる。いつかはたぶん
 打ち明けなくてはならないだろうが、今の時点ではまだその話を持ち出したくはなかった。

 「それで」と雨田は言った。「この前はあまり時間がなくて、言おうと思っていたことが話せな
 かった。おまえに話しておかなくちやならない用件があるって言っただろう。覚えているか?」
 「覚えているよ」
 「一度そちらに寄って、ゆっくりその話をしたいんだが、いいかな?」
 「ここはそもそも君の家だ。好きなときに来ればいいさ」
 「今度の週末に、また伊豆高原まで父親に会いに行こうと思っているんだ。で、その帰り道にで
 もそちらに寄ってかまわないかな。小田原はちょうど道筋にあたるし」
  水曜日と金曜日の夕方と日曜日の午前中以外ならいいと私は言った。水曜日と金曜日には絵画
 教室で教えているし、日曜日の朝には秋川まりえの肖像を描かなくてはならない。
  たぶん土曜日の午後にそちらに寄ることになるだろうと彼は言った。「いずれにせよ、その前
 に連絡を入れるよ」

  電話を切ったあと、私はスタジオに入ってスツールに座ってみた。昨夜、真夜中の闇の中で雨
 田典彦が座っていた木製のスツールだ。そこに腰を下ろしてみてすぐに、それがもう私のスツー
 ルではなくなっていることに気づいた。それは紛れもなく、長い歳月にわたって雨田典彦が画作
 のために使用してきた彼のスツールであり、これから先も永遠に彼のスツールであり続けるはず
 のものだった。事情を知らない人が見れば、古い傷だらけの三本脚の丸椅子に過ぎなかったが、
 そこには彼の意志が染みこんでいた。私はその椅子を成り行き上、無断で使わせてもらっている
 だけだ。
  私はそのスツールに腰をかけたまま、壁にかかった『騎士団長殺し』を見つめた。私はそれま
 で数え切れないくらい何度もその絵を眺めてきた。そしてそれは繰り返し鑑賞するだけの価値を
 持つ作品だった。言い換えれば、様々な見方ができる余地を持つ作品だった。しかし今は、いつ
 もとは連った角度からあらためてその絵を検証してみようという気持ちに私はなっていた。そこ
 には雨田典彦がその人生を終える前にもう一度あらためて凝視しておく必要のある何かが描かれ
 ているはずなのだ。 

  私は長い時間をかけて、その『騎士団長殺し』を見つめていた。昨夜、雨田典彦の生き霊分身
 たかが、スツールに腰掛けてそれをまっすぐ凝視していたのと同じ位置から、同じ角度と同じ姿
 勢で、息を詰めるように集中して。しかしどれだけ注意深く見ても、これまで見えなかった何か
  をその画面に見出すことはできなかった。
   考えることに疲れて、私は外に出た。家の前には免色の銀色のジャガーが駐められていた。私
  のトヨタ・カローラ・ワゴンから少し離れたところに。その車はそこで一晩を過ごしたのだ。そ
 れはよくしつけられた賢い動物のように、その場所に静かに身を休めて、主人が引き取りに来る
 のをじっと待っていた。

この間ずいぶん本を読んでいなかった(色々と理由はあるが、眼精疲労が酷くなったことが一番の理
由だが)。その手があったのか?!予期もしてなかった、雨田典彦の幽霊/幻影の登場に驚きととも
に主人公の特異能力ゆえなのかと考えたり、怪奇小説様の展開に正直驚く。

  

                                      この項つづく

 

 

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