遅れ先立ち 花は残らじ

人生50年を過ぎましたので
そろそろ始末を考えないといけません
浅く深く考えたことなどを綴っていきます

3%

2016年12月31日 | 閑話
夢に着想を得て、SFショートショートを思いついた。


   3%

 新型が開発されたので、旧式になってしまった。そのため20年勤めた以前の職場を追われ、今は裏通りにある小さなバーに貰われて働いている。シティホテルの展望ラウンジはお洒落だったが、古びたバーも居心地は悪くない。何より新しいボスが親切で、ヒロシという以前の名前で呼んでくれる。
 私は調理専用に開発されたロボットだが、その能力はドリンクの再現に特化されている。22世紀になって人の味覚研究は急速に進む。甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の5つが味覚の基本などと言われていた時代もあったようだが、今では見た目や舌ざわりなども含めて一切の味わいは、約200の要素からなっていることが知られている。もっともこれは、環境汚染による食糧危機という前世紀の必要から生まれたものである。ヒトは一度味わったものに執着するものらしい。こうして人口素材さえあれば、あらゆる料理が再現できるようになったのである。私には200の-正確には196だが-センサーがあり、新しい飲み物であっても分析可能である。数えたことはないが、当初は5千、今では6千を超えるドリンクの分析データを蓄えている。素材さえ欠かさなければ、それこそビンテージワインだって本物そっくりに、しかも安価に再現できる。もっとも本物は、ほとんど手に入らなくなったので、何が本物かは分からなくなった。自慢する訳ではないが、当初の5千の分析データとは別に、これを飲んだときのヒトの印象に関するデータもあるので、客にお勧めを尋ねられても即応できる。これはホテルで働いていた時にはとりわけ重宝した。32歳という設定ということもあるが、このデータのお陰で私は随分とスマートに映ったはずである。そのためというのでもなかろうが、同じホテルで働いていたサクラと知り合った。交際を始めてからもう10年近くになる。

 本物そっくりにドリンクを再現できると言ったが、ボスに言わせるとまだ十分とは言えないそうである。
 「ウチで働いてもらっている分には十分すぎるほどだが、本物には本物にしかない味わいというものがあるんだ。俺も久しく飲んじゃいないが、確実にそれはあった。あったと俺は思う。それは新型にも出せないんじゃないかな。新型とヒロシとの違いなんて僅かなもんだ。多分最近発見された、ヒロシには分からない成分が2,3分かるだけで、客にしてみれば、ほとんどどうでも良いことだ。まあその僅かな差でウチに来てもらうことになったんだから、ありがたいといえばありがたいが。これは勝手な想像だが、本物の味ってのは多分、センサーには反応しないんじゃないかな。味わいってのは何かなってどんどん切り刻んでいったんだろう。そうして味には関係ないと思われたものは捨てて200の秘密は手に入れた。だけど、そうやって捨ててしまった中に本物と感じさせる何かがあるんじゃないか。あるいは、上手く言えないが、本物ってのは料理の中には無いのかもしれないな。味わう俺たちが持っているんだ、きっと。本物の料理ってのには、それを引き出す何かがある。俺たちが普段は忘れている記憶を引っ張り出す何かを持っているってのが、本物なんだと俺は思う。まあそんなこと言っても、ヒロシが合成してみせるのは大したもんだ。本物との違いって言ったって、そうだなあ、本物が100ならヒロシは97、8、せいぜい3%ぐらいの差があるか無いかってとこだろう。」
 というのが、ボスの持論である。この後に続いて話は、僅か3%の違いしかない高級品を格安で提供する私のような店はおそらく世界中どこにもないだろうという自慢となり、そのためには従業員の給与はまだまだ据え置かざるを得ないのだとの言い訳に落ちていく。
 ともあれ、職場は変わることになったが、まずまず充実したロボット人生と言ってよい。

   ※

 センサーが壊れた。
 最初は何が起こったのか分からなかった。これと同じものをもう一杯と頼まれ、普段の私なら何でもないことだったが、似ても似つかないものを作ってしまった。あれがパニックというものなのだろうが、無論その時はそんな余裕もない。少し飲みすぎたようです、ちなみにこれも結構いける筈ですなどと、素材をはっきりデータとして持っているドリンクをいくつか並べて、およそスマートとは言われないその場シノギでなんとか胡麻化したものの、家に帰ってセンサーの故障と分かるまで気が気でなかった。ドリンクが作れなくなった私に、一体どんな使い道が残っているというのだろうか。
 普段もメンテナンスは欠かしたことはない。けれどその日ばかりは念入りに全てのセンサー、つまり196個を一つずつ試薬を用いて確認した。CP-7とHR-32の調子は今一つではあったがまだ使えそうだ。けれどF-6が、もうすっかりダメになっていた。センサーの故障が分かって取り合えずホッとしたが不安がないわけではない。一体いつから壊れていたのだろうか。CP系とHR系は多少具合が悪くても他のセンサーでカバーができる。ということで手元に在庫を持っていない。今から頼めば来週には着くだろう。それで何とかなるはずだ。ただF系は致命的で代替が効かない。しかも旧式だから入手困難ときている。けれど幸いなことに、知人から譲り受けた中古のF-12が手元にある。頼りないが無いよりはましである。倍数の型番は流用が可能なはずだし、それに今日みたいに新種の注文さえなければ、データどおり作れば問題ないのだから。

 うまくいかないことは重なるものである。泣き面に蜂とはこのことだろう。F-6も含めて新品が届きセンサーはリニューアルできたが、今度は通信回路のトラブルである。その結果、印象データとの照合がまったく出来なくなってしまった。通信系トラブルは厄介である。センサーの交換といった単純な修理では済まない。通信回路は高度に複雑で、とても自分で治せるものではない。第一どこが原因か専門家でも容易に判断できない。余裕があれば回路をまるごと取り換えるのだが、新しいロボットを購入するのに匹敵するほど高価である。つまり自弁は無理だし、ボスに無心して解雇を言い渡されても文句が言えない。中古のF-12が不規則な過電流を引き起こしたのではないかと疑ってみるが、所詮恨み節でしかない。

 今度の故障は私には相当痛かったが、表向きの仕事には支障を来さなかったのは幸いであった。分析データはちゃんと保存されていたし、センサーは修復済みだから、注文に戸惑うようなこともなかった。そうして、ボスの言い方なら97%まで完全に合成することができたのも、これまでと何ら変わることはない。場末のバーだったことが寧ろ良かったのかもしれない。たとえぶっきらぼうに映ろうとも構わないからである。そうしてボスにも、トラブルを抱えていることはバレていないと思う。だましだまし使って、不具合がこれ以上広がらなければ、とりあえずクビにならなくてすみそうである。
 けれども、である。ヒトの印象データへのアクセスが閉ざされたということは、私が作ったドリンクが一体どんな味がするのか全く分からなくなってしまったということである。新種の再現においても同様である。どんな成分で出来ているかを分析し、ほぼ完璧に生成することができる。味が全く分からなくてもである。ロボットとしては別段困ることではないのかもしれない。印象データとの照合は、私の仕事の上ではほんのちょっとしたオプションみたいなもので、必要不可欠なものではない。私は与えられた仕事は、きちんとこなしている。それは足りないということはないが今の安い給与以上の仕事のはずである。しかしながら、である。味の分からない調理人というのは、なんとも言えず寂しいのである。心にぽっかり穴が開いたようなという表現があるが、そんな状態だろうか。もっとも私の場合は通信トラブルだから、物理的に穴が開いたとも言えるが。

  ※

 トラブルはあるにせよ、日常に変わることは何もない。週末の楽しみはサクラとのデートである。付き合って欲しいとはサクラから言われたのだが、最初に会った時から気になって仕方がなかったのは私の方である。サクラは私より2世代は古い型になるのでヒトなら年上だが、27歳という設定で私よりいくらか若く見える。最近のタイプはリアルを追求する余り少しトゲトゲしさが感じられるが、サクラにはそれがない。一言で言えば端正で、表情に乏しいと言われるかもしれないが、私には身のこなしを含めて全てが好印象であった。少し表情を見せるためだとかで、左の目じりの下に小さなホクロが加えられているが、それがひときわ愛らしく感じられる。今もホテルのベルスタッフとして働いている。私はホテルから場末に仕事を変えたが、二人の間は何も変わることはなかった。これには密かに感謝している。

 遅い食事を終えて、いつものようにセントラルパークのベンチで別れを惜しむ。いつもと異なるのは、私の通信系統にトラブルがあったことだが、言わなければサクラも気づくことはないだろう。とは思ったが、少し気になって聞いてみた。
 「付き合って長くなるけど、私は変わったかなあ?」
 少し考えるような仕草をしていたが、ゆっくり首をふると、「いいえ、変わらないわ。いつも優しいヒロシのままよ」という答えが返ってきた。
 「サクラも変わらないかな。その可愛いホクロが変わらないように」
 「ヒロシはよく言うけど、私もそのホクロが見えたら良いのにね」
 そうだった。古いタイプなのでサクラは映像の処理が格段に良くない。容量を他の情報処理に回さざるを得なかったためである。
 「今夜の月は本当に綺麗なんだけど…」
 「うん。そうかもしれないわね。大きな星のようなものなら私にも分かるわ」
 他愛のないいつもの会話だが、急に一つの疑問が湧いた。サクラに私はどのように見えているのだろうか。
 「気を悪くしないで欲しいんだけど、サクラに私はどのように見えているのかな。つまり、目が良くないけど、例えば道路の反対側を歩いていても私って分かる?」
 「分かるわよ。当り前じゃない」と、眉根を寄せたところをみると、少し怒ったのかもしれない。
 「ヒロシなら直ぐ分かるわ。何というか、ぼんやりしていても、そのぼんやりとしている所の色が直ぐに違って見えるから」
 フラグが立っているっていうことなのだろうか。
 「それにね、ヒロシだって分かると、いえ分からなくっても、その色が見えるとね、ヒロシと一緒に過ごした時間、優しくしてくれたこと、そうそうこの公園のこのベンチのことも、一遍に思い出すのよ。だから、ヒロシのことは直ぐ分かるの。ぼんやりしていたって間違うことってなんてないのよ」
 突然、ボスの言葉を思い出した。
 「3%か」
 「え、何て言ったの?」
 「3%が100%ってことなんだ」
 「何よそれ、からかってるの」
 私はサクラに向かって、ゆっくり右手を上げた。愛しくて無性にサクラのホクロを触れたくなったのである。ホクロはいつもと変わらずそこにあったが、触れたとたんサクラとの思い出が一度に蘇ってきた。それは光に打たれたように鮮明で圧倒する記憶であった。処理能力を超えては危険である。まして今は通信系にトラブルを抱えている。だがそんなことはどうでもよいことだった。今やサクラが私の幸いの全てであった。私は得も言えない懐かしさに包まれていたのである。
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