徳丸無明のブログ

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認知症者の生きる孤独――記憶力と時間感覚①

2017-05-15 21:11:56 | 雑文
当年とって96になる母方の祖母に、認知症の兆候が見られるようになった。
祖母は長いこと膝の痛みを訴えているのだが、それ以外には目立った持病もなく、ずっと一人暮らしをしていた。多少の物忘れがあることを除けば、比較的頭もはっきりとしていた。年齢の割には元気なほうだったと言える。
小生は熊本生まれで、現在福岡に住んでいる。半年に一度は里帰りし、その度に必ず祖母に顔を見せているのだが、最近祖母がよく「もう何年も会ってない」と口にするらしい。
同じような訴えをする認知症者は少なくない。
以前介護施設で働いていたことがあるのだが、そこに入所していた一人の女性が、やはりよく「家族が全然会いに来ない」とぼやいていた。実際には月に1,2回はご家族が来られていたのだが。だいぶ症状が進んでおり、数分前の出来事も憶えていられない人だった。その女性が「家族に会ってない」という訴えを起こすたび、他の職員は面会記録のノートを見せていた。「◯月◯日に来てるよ」と差し出されたノートを、その女性は不思議そうに眺めていた。
小生はその対応に、違和感を感じていた。当時はうまく言葉にできなかったが、決定的な勘違いをしているような気がしたのである。
介護士になる前に、ヘルパー二級の資格を取ったのだが、その中で介護施設に研修に行ったことがあった。研修先のグループホームに、90はとうに過ぎていたであろう一人の女性がいた。自力では歩くことができず、ほぼ寝たきりの状態であったのだが、自室のベッドの上で、ひたすら「◯◯ちゃーん、誰かー」と叫んでいた。
それが日常の光景であったのか、そこの職員は女性の声に一切耳を貸さず、他の業務に精を出していた。ご家族はこの状態を容認されていたのだろうか。静まり返った施設の中に、延々老女の人を呼ぶ声が響き渡る様は、異様な光景に見えた。
たまたまその女性の部屋に近づいた時、「どうしたんですか?」と声をかけてみた。すると彼女は小生の手を取り、「さみしいのー」と答えた。そして、見えているのかいないのかよくわからない、白く濁った眼でこちらを見つめながら、堰を切ったようにお喋りを始めた。やはり記憶が全然持たないようで、何度も同じことを口にする。その時の、彼女の手を握る力が、とても強かったのをよく憶えている。
もうひとつ、似たような思い出がある。
勤めていた施設の、先程の女性とは別のもう一人の女性が、ある日急に体調を悪化させ、救急車で運ばれていった。病院で調べたところ、介護施設ではお世話できない状態になっており、そのまま病院に移ることになった。
その方が施設を退去されて一年ほど過ぎたころ、病院を見舞ったことがある。施設にいたころから歩くことができず、車椅子生活だったのだが、施設では日中はリビングの椅子に腰かけて過ごしてもらっていた。だが、病院ではほぼ寝たきりになっていたようであった。また、以前は間延びした声で喋られる方で、簡単な内容のやり取りであれば意思の疎通ができたのだが、その時調子が悪かったのか、少し前からそうなのか、訪れたときは一言も喋らなかった。
「ひさしぶり」「具合はどうね?」などと話しかけながら彼女の手をさすると、こちらの手を握りしめてきた。言葉が聞こえているのかいないのか、無言でこちらをじっと見つめていた。表情にも変化はない。
一方的に話を続けたが、おそらくこちらのことなど憶えていないであろう認知症者の方相手では話題も乏しく、相手が受け答えをしないので、話も発展しない。また、小生はあまりお喋りが得意な方でもないため、わりとすぐに、ただ黙って手を握りしめる状態になってしまった。
しばらくして、そろそろ引き取ろうかと立ち上がりかけたが、彼女が手を離そうとしない。当時80代半ばだったであろう寝たきりの老女の、掴んだ手を引き離すことができない。
「もう帰るよ」「また来るけん」。何度もそう言ってみたのだが、それでも手を離してくれない。やはり無言で、こちらを見つめたまま手を握り続けている。やむを得ず指を一本ずつ掴んで引き剥がし、ようやく病室を後にした。
彼女はあの時、何を考えていたのだろう?

(②に続く)
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