徳丸無明のブログ

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日本人の髪の毛は何色ですか?・前編

2017-06-12 21:09:55 | 雑文
2017年5月上旬、東京都内の約6割の都立高校が、生徒に「地毛証明書」を提出させていたと一部のメディアが報じた。
黒髪ではない生徒に、毛髪の色が産まれつきのものであることの証だてとして、保護者の宣誓文と押印、場合によっては幼少時の写真を添付して提出させていたという。
さほど話題にはならなかったこのニュースの一報に触れた時、忘れかけていた感情がザワザワと甦ってくるのを感じた。
小生の幼少の頃からの同級生に、産まれつき赤毛の男がいた。係累の中に外国出身者がいたのかどうかは知らない。たぶんそうではなく、遺伝子の関係でたまたまそうなっていただけだと思う。
中学3年の冬、そいつが高校の推薦入試を受けるにあたって、頭を黒く染めていた。
それを見た時、なんとも言えない嫌な気持ちになったのだ。なぜ、地毛のままで入試に望めないのだろう?これは産まれつきの毛色であると、堂々宣言して面接に臨むことはできないのか?必要とあらば赤ん坊の頃の写真を提示すればいいのではないか?染めたわけではない、産まれ持った毛髪が黒くないという理由で、推薦入試は落とされてしまうものなのか?
いや、理屈はわかるのだ。もしそいつと、他のもう一人の受験生が、成績や内申書や面接の印象など、すべてが五分であった場合、面接担当官はどう考えるか。
「赤毛よりは黒髪のほうが無難だな」。そう考えるに決まっている。
それに、赤毛が産まれつきのものだと説明したところで、そのことで面接官の受ける印象がよくなるわけではないし、地毛であることを伝えるやり取りの中で、変な誤解が生じないとも限らない。
だから、毛髪には一切触れられないように、ごく普通の黒髪と思われたまま面接を終えるのが望ましいのだ。ひょっとしたら、産まれつきの赤毛であることに理解を示してくれる面接官であるかもしれないが、合格する確率を1パーセントでも上げたいのならば、染めないよりは染めたほうがいい。そんな判断が働いたのだと思う。
まあ、つまりはそうゆうことなのだ。日本の公教育の現場とは、産まれつきの毛髪を白い目で見るような世界なのだ。
染料の問題なのか、元々の髪質の問題なのか、黒く染められたそいつの髪は、不自然な色艶をしていた。よく見ると根元の所まで染め上げきれておらず、うっすら地色が覗いていた。
この一件をもって校則の理不尽さを言い立てるのは不当だろうか。そうかもしれない。「生徒は黒髪であることを旨とし、髪染めはこれを認めない」とする規則は、学生の規律、および校内の風紀の確立に概ね寄与しており、上に紹介した出来事は、ごく稀に派生してしまう小さな悲劇でしかないのかもしれない。
それは例えるなら、一部の警察官が犯罪行為に手を染めていることをもって、「警察組織は腐っている」と批判するような、部分をもって全体を批判するような誤りであるのかもしれない。
「高校生以下は黒髪であるべき」とは、日本人の過半数の意見であろうし、その校則によって社会問題になるほどの大きな混乱が起きてない以上、おかしな規則とは言えないのかもしれない。
もっと言えば、どんな規則や法律であっても、概ね不特定多数の人々の公共の利益に資する働きをしているが、例外的にごく少数の人に対しては不利な影響を及ぼしてしまう、というのがこの世の摂理であるのかもしれない。どんな規則や法律にも、穴はある。それは、その規則や法律に欠陥があるということではなく、世の中の仕組みというものが複雑すぎて、その複雑さにオールマイティに対応できるような規則や法律を制定することが原理的に不可能、ということだ。
と・・・まあそういう結論に至るべきなのかもしれないが・・・やっぱり納得いかない。他の規則や法律に関してはその通りなのかもしれないが、こと毛色に関してはこの限りではないと思う。

少し話を拡げるが、毛髪も含め、服装などの様々な規定を事細かに並び立てる校則には、大きく分けて二つの問題があると思う。
ひとつは、学生の過剰な規格化。
もうひとつは、「姿形の逸脱=不良」という短絡思考である。
日本の公教育は、学生の外見を事細かに画一化しようとする。よく指摘されているように、他国の公教育と比較すればそれは明らかだ。他国の公教育が、髪型や服装の規定によって学生を縛り付けていないにも関わらず、そのことによって不良が続出したり、校内の風紀が著しく乱れたりしていないことを省みれば、髪型や服装を画一化することにさしたる意味はないことは明白である。
なぜ日本の校則は、ここまでやかましいのか。
一番の理由は、日本の学校は軍隊の模倣によって設計されてきた、という点にあると思う。
音楽評論家の片山杜秀によれば、日本社会の組織内において、体罰が公然と振るわれるようになったのは、日露戦争がきっかけであるという。日清戦争の時の清の軍隊と比べて、当時のロシアの軍隊は多くの兵隊を擁しており、それに伍するために、日本軍は急ごしらえで兵の増員を図らねばならなかった。しかし、一人前の兵隊を育てるためには、それなりに時間がかかるし、そのための人手も必要だ。当時の日本には、時間の余裕もなければ、教育を施せる人材も乏しかった。
そこで、手っ取り早い手段として選好されたのが体罰である。時間をかけて言って聞かせるよりも、「痛い目に遭いたくないならすぐに出来るようになれ」という、痛みに訴える脅迫のほうが、はるかに効率よく訓育でき、また、教育を施す側の負担も少なくて済んだのだ。(『片山杜秀の本7--大東亜共栄圏とTPP』)
おそらく、当時はそうするしかなかったのだと思う。良い悪い以前の問題として、日本の置かれた状況としては選択の余地がなかったのだろう。
だが、人は一度楽することを覚えると、なかなかそこから抜け出せなくなるものである。体罰によって効率よく兵士が育成できるのであれば、それに越したことはない、と考えるようになるだろう。たとえ、急ごしらえの兵員が必要でなくなったとしても。
それでなくても、軍隊のような組織は、暴力と相性がいい。また、体罰によって躾けられた兵士が上官になった時、彼が新入りに対して用いる手段はやはり体罰となるはずだ。なんとなれば、それしかやり方を知らないのだから。かくして、体罰は日本の軍隊に常駐することになる。
さらに、軍隊以外の組織にも体罰は流れ出る。日本国の創設は、欧米列強に抗することを目的としていた。そのため、当然ながら公教育もまた、国にとって有益な人材を養成することが主目的となる。男子であれば、忠孝を尽くす兵隊になるのが第一義と考えられていただろう。だったら、軍隊で成功を上げた体罰という手段を公教育に取り込むのは理の当然だ。軍務経験者が教師に転じたため、その手法が直接導入される、というケースもあっただろう。
公教育に流入した体罰もまた、長らく現場に巣食うことになる。
体罰は、体に直接訴えかけるものである。「考える前にまず動け」、それが体罰のメッセージだ。だから、体罰を蒙る者は、考えることをしなくなる。思考停止に陥る。そして、思考停止したまま上の立場に立った時、彼は何も考えることなく体罰を振るう側に転じるのである。
今でも時折体罰事件は報じられるし、体罰必要論を説く反動的な論者もいなくならない。戸塚ヨットスクールは今もなお健在だ。あからさまな体罰はさすがにもう行っていないようだが、それでも戸塚代表の教育理念の信奉者は少なくない。
日露戦争以降、日本社会に取りついた宿痾は、今もなお我々を蝕んでいる。

(後編に続く)
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2 コメント

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Unknown (Unknown)
2017-06-15 01:45:17
【 その1 】 息子が小学校低学年の頃です。当時ベッカム・ヘアーが流行っていて、私は親子でベッカム・ヘアーをしようと息子をさかんに誘いました。 ところが、息子が躊躇するのです。 「 えぇ~? そんな事していいの? 」 こんな感じ。 彼の通っていた小学校の校則がそれを禁止していたかどうかは確認しておりません。息子も知らなかったのではないかと思います。

【 その2 】 クジャクの♀は、尾羽の目玉模様が多い♂を好むらしいです。 年頃の♂は目玉模様が100個を超えているらしいのですが、♀は107個と108個の区別が出来るらしいです。 ぢゃ、100まで数えられるかというと、そうでもないらしいのですが … で、この目玉模様を人為的に200個とかにしてしまうと、その♂は全然モテないのだとか。 ^^;

【 その3 】 昭和60年代、ツイッギーというイギリスの女優兼モデルさんのミニ・スカートが一世を風靡しました。男(おっさん)どもが 「 おぉ~ おぉ~ 」 と鼻の下を伸ばして群がったのではなく、日本の女子中学生や女子高生たちがそれを受け入れたのです。 ウチの奥さんなども、下校時校門を出ると、制服のスカートの腰のあたりを2~3回折り曲げて丈を短くしたと証言しております。

【 その4 】 私にしてみると全くつまらない性格の息子ですが、大学に8年間も通い、公務員となり、たぶん優秀な官僚となるんだと思います。 おやじは生き方が下手クソだとか、偉そうに申しております。

さて、全くノンポリ、息子に言わせれば 「 ただの酔っ払いのすけべジジイ 」 なだけの私でありますが、イデオロギー以前の問題として、クジャクに例えればベッカム・ヘアーは150個の目玉、ツイッギーさんのミニ・スカートは、それが149個だったんだろーなぁ、と解釈しております。具体的なボーダーラインがどこにあるのか分かりませんが、ざっくり、そんなものではないかと。

まぁ、それはさておき … 2コマ目と3コマ目は同一ではありませんでした。ご指摘を頂き、男性の下腹部の下あたりに少々汚れが見受けられました。 失礼いたしました。 ただ、本当に申し上げたかったのはそこではないのです。次回作も楽しみにしておりますよって事なのですけれど … 
Unknownさん江 (徳丸無明)
2017-06-15 22:25:46
次回作も楽しみにしている、という点はよくわかってますよ。
ありがとうございます。

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