車椅子で卓球

2013年より車椅子卓球をスタート。備忘録の意もこめてここにブログを綴ります。
内容は基本卓球、時々食文化。

己を磨く

2017-06-23 22:08:09 | 日記
ドイツから帰国して早4日。

歳のせいか時差ぼけに悩まされている。

身体の疲労感も未だ抜け切れていない。

それでもトレーニングを再開してはいるものの、ここは無理をしない方がいいのか、いや身体を壊さない程度に無理を通すべきなのか、その加減に頭を抱えながら活動をしている。

「頭を抱えながら」

というのは客観視すれば

「集中できていない」

とも取れる。

それでは元も子もない。

だから結局のところは無我夢中になるまで追い込むことになる。

でもそうして得た疲労感は心地良いものだし、それがまたさらなる活力を生む。

競技を超えて、その内容や程度を超えて、身体を動かすこと、運動することそれこそスポーツの魅力なのだと思う。



ドイツ滞在中に海外の選手達に用具について聞かれることが度々あった。

世界中に卓球メーカーは存在するけど、そのトップを走るのは日本のメーカーだから。

だから僕も知り得ることは正直に話した。

外国メーカーの商品についても聞かれることがいくつかあった。

情報通な方も周囲にはたくさんいるし、自分でもネットサーフィンしたりもするので、そちらも知り得る情報は素直に話した。



先述したとおり、卓球用具メーカーは世界中にいくつもある。

それぞれのメーカーが様々な用具を開発し商品化している。

バリエーションも多岐にわたる。

それらを組み合わせていけば、その数は天文学的数値になりかねない。

それくらいの卓球用具が世界中に存在する。



選手はみんな少しでもベストプレーが出来るように、一つでも多く勝利をあげられるように、ほんの少しでも、今よりも良い用具を探し求めている。

ある意味、常に思考錯誤している。

それは卓球人にとって世界共通のものなのだ。



でも、帰国してすぐに読み始めた本に偶然にも心に刺さる一言が書いてあった。

「命を吹き込むのは精神である。精神抜きでは最良の道具もほとんど役に立たない」

おお!

まさに自戒の言葉をいただいた感じだった。

この言葉の「精神」が意味するところは、僕にとってはただ「精神」ではなくもっと広く深い。

具体性もより明確だ。

ドイツ滞在中に、帰国したら読もうと決めていた本にそういう一文が記してある。

出会うべくしてであった言葉。

まさしく天運を感じた。

時差ぼけ?疲労感?

お前の精神はそんなものかい?

と、遠くから見てくださっている方の失笑する声が聞こえてきそう。



ということで、あらためて背筋を正すことが出来たのでした。

この気持ちを決して忘れずに日々取り組んでいかなければならない。



その本にはある戦国武者の歌も記してあった。

「憂きこと なほこの上に 積れかし 限りある身の 力ためさん」

(もっともっと辛いことがわが身に降りかかれ!私の力の限界を試してやろう!)



そういう心意気で挑んでいるか?

自分にそういった気概はあるか?



海外の、国を代表して出てきている選手達はある意味そうした気概を持って、それこそ腹をくくって活動している。

頑張っている。

そういう奴らと同じ舞台に上がってやり合おうというのであれば、僕もしっかりと歯を食いしばって、腹に力を入れていないと簡単に打ちのめされて痛い思いをするだけだ。



障害を言い訳にしない。

日々精進する。

絶えず、己を磨く。

結果があるのはその向こう側。

明日の自分を作るのは今日の自分。

負けるな俺。

よし、頑張ります!
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« ドイツ・バイロイト・オープ... | トップ | 東京障害者卓球選手権大会 ... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事