映画と文学

映画と文学が好きである。最近見た映画はヒッチコック監督の[レベッカ」と山田洋次監督の「武士の一分」である。

オリバー・ツイストと実存

2017-04-20 15:53:07 | 文化

 

 [オリバー・ツイスト]と{実存}という題名は少しおおげさな気もする。でも、今さら、ディケンズの物語「オリバー・ツイスト」の月並みな解説や感想を書いても、そんな文章は山ほどある。そこで、少し私なりの独自の見方を披露しようということになった。人間がこの世に誕生することの不思議さについて、考えることから、オリバー・ツイストの映像に光を当ててみよう。そこに意外なポエムが生まれるかもしれない。

幼くして、両親を失うというオリバー・ツイストは気の毒だ。世の中にはそういう人達がいる。今の世の中はそういう子を救う手立てが、行政にある。オリバー・ツイストだって、あの頃のイギリスの行政の下で育てられた。しかし、夜中にお腹がすいてふらふらして、隣の子を食べてしまいそうだというような救貧院はひどすぎるし、「もう少し食事を下さい」というオリバー・ツイストに対する周囲の大人たちの意地悪な目。今だったら、そんなことはないと思うが、あの大英帝国の中ではどうもあったのではないかと思われる。

 

 ジェイン・エアという小説を読んだ時も彼女が預けられた学校はひどく、雨の中を病身の少女が歩かされるという体罰が理事長名でなされていたのを思い出す。食事もひどい。

世の中には恵まれた生活環境のもとに生まれ、そこで育つ人もいる。

いったいこの生まれの不公平さはどこから来るのか。おそらく、多くの人は返事に困るか、「偶然だろ」と答えるか、そんな変な質問をする人を変な目で見るに違いない。

しかし、この疑問をフランスの天才パスカルがパンセの中で問うている。「私が私で、彼でないというのにはまるで理由がなく、不可解である」と。

 

 現代の日本に生まれた我々だって、このパスカルの文句はあてはまる。私が私である。この当たり前の事実は宇宙の最大の謎の一つだろうと思われる。

これに対する回答はいくつもあるが、同じく大物の科学者シュレンデインガーの話をご紹介しよう。彼の人生エッセイの中に「今、君がアルプスの山に落ちる夕日を見ていたとしよう。そして、ちょっと空想してみて、百年前にも同じようにアルプスに沈む夕日を見ている少年がいるとしよう。君とこの少年は同一人物である」

常識では違う人物であることは分かるが、電子の方程式、シュレンデインガー方程式をつくった合理的な最高の頭脳の持ち主はこう言っていたと、私は記憶している。

 

禅の達磨の話もおもしろい。皇帝が、「私の前にいるお前は誰だ?」と質問したら、達磨は「知らない」と答えたそうだ。それで、この(不識)は禅の言葉として有名になった。達磨はまじめに答えているのである。自分とは理性で分かる存在ではないと言っているのだろう。

 

 道元の正法眼蔵の中では、四祖が五祖に「君は何者だ?」と聞いたら、まだ幼かった五祖は「仏性です」と答えたと書かれている。

 

キリストの言葉も興味深い。「私は道であり、いのちであり、復活である。私を信じる者は死んでも生きる」 この「私」を二千年前のキリストと解釈するのが普通であろうが、これを「普遍的な私」と解釈すると、お釈迦様の言われた「自灯明」と同じになる。

 

この神秘な「私」がオリバー・ツイストになる。だから、オリバー・ツイストは謎の少年なのだ。それで、物語が生まれるということだろうと思われる。あの大英帝国の中で、両親を亡くして、たった一人の孤独のオリバー・ツイスト。謎として救貧院で生まれ、養育院で育ち、まだ幼いのに仕事をおぼえるために、再び救貧院に来る。こうして、不幸な生まれの彼はイギリスという謎の世界に乗り出す。これを哲学者は実存と呼ぶことがある。(有名な実存主義哲学者にフランスのサルトルがいる)

 

 さて物語の内容はこうだ。映像は美しくよく出来ている。そのひどい救貧院から逃げ出して、ロンドンに向けて、歩き出す十才のオリバー・ツイスト。途中で、農家によるが、浮浪者として追い出され、行き倒れる。それを見た農家の老婆が助けるが、再びオリバー・ツイストはロンドンに向けて歩き出す。ロンドンに着くと、あの当時の街角のごったがえしは、相当なものだ。

 

 そこに座り込んだオリバー・ツイスト。腹はペコペコだし、ひどく疲れているのだ。そこに中学生ぐらいの少年が寄ってきて、声をかけ、スリの仲間にしてしまう。そこのボスは腰の曲がった髭ぼうぼうの老人で、少年たちがかせいだ金を宝石にかえて、金庫に入れ、夜中にそれを数えているような奴だ。しかし、このビルの中で一番力のあるのは中年の男である。彼は腕力があるし、ピストルも持っている。既にかなり悪いことをやっている。若い女二人がいるが、オリバー・ツイストに同情的である。

ボスや先輩にスリのコーチを受けた後、オリバー・ツイストはある日、先輩たちについていく。本屋で立ち読みしている初老の紳士の後ろのポケットから綺麗なハンカチを盗み出す先輩。初老の男は騒ぎ出すが、オリバー・ツイストは逃げたために、疑われ、多くのロンドンの大人たちに追っかけまわされ、つかまり、警察に連れて行かれる。

初老の紳士はその子ではない、間違いだと進言しても、判事はとりあげようとしない。警察の上に立つ判事の権力の強さと傲慢さがよく映像に現れている。しかし、書店の主が証言したしたために、オリバー・ツイストは無実となり、初老の紳士に引き取られる。今まで、悪い奴ばかり沢山出てきたので、オリバー・ツイストに同情し、助けようとする善良な金持ちの紳士がやっと出てきて、

ほっとする。

 

 もっともこれで物語は終わらない。悪い男が自分たちのことを喋られたら、困るということでオリバー・ツイストを引き戻すことを狙っているからだ。

 

ただ、私はこの映画を見終わったあと、感想を聞かれて、思わず「面白いけれど、少し退屈な所もある」と矛盾したことを思ってしまった。

つまり、次はどうなるだろう、この可哀想であるが聡明で善良な少年オリバー・ツイストを救いたいという気持ちで、ずっと見ていくのだけれども、見終わると結局、新聞で時々騒がれている三面記事とさして変わりない。つまり、ありふれた話であるというところがどこかにある。

我々の娑婆世界はこうした三面記事的なものであふれている。だから、週刊誌が売れるのだろう。

 

だから、オリバー・ツイストは (実存)というテーマで読んだり、映像を見るべきなのだと思う。大英帝国の混沌としたロンドン、そこに自分が生きていたら、と空想を逞しくするのだ。もしかしたら、シャーロックホームズに似た人に出会うかもしれない。

もしかしたら、ジギルとハイドを書いたステーイーヴンソンに似た人に会えるかもしれない。

そう言えば、私もロンドンで生ビールを飲みながら、窓ガラスの向こうに見える人の群れを眺めていた時があった。夏のロンドンは涼しい。列車でロンドンに着いた途端に、寒いと感じ、熱いコーヒーを飲んだことも思い出した。窓ガラスの向こうに見えるロンドンの街角は 東京とさして変わりがないという記憶がある。

オリバー・ツイストの映画を見て、彼の生きた混沌としたロンドンで、「星の王子さま」を書いたサン=テグジュペリと「銀河鉄道の夜」を書いた宮沢賢治の姿を見れれば面白いし楽しいとは思ったが、ロンドンにはそんな姿が現れることはあるまい。しかし、そうは思っても、空想の世界は自由である。

 

 【  ああ、星の王子さま!  ぼくは少しずつ君のメランコリックな人生のことを理解していったのでした。

長いあいだ、君には、夕日を見ること以外に、気晴らしが何もなかったのです。

ぼくがそのことを知ったのは 四日目の朝でした。

そのとき、君はこう言いました。

 

ボクは夕日を見るのが好きなんだ。ねえ、夕日を見に行こうよ。

「夕日を見るには、待たなくちゃ」

―――待つって、何を?

「だから、日が沈むのをさ」

君はとても驚いた顔をしました。

それから、大きな声で笑いました。

―――そうか、地球は、ボクの星とは違うんだ!

         【略】

君の小さな星だったら、椅子をちょっと動かすだけで、夕日を見ることが

できます。

つまり、見たいと思ったときに、いつでも夕日を見ることが出来るのです。

―――ある日なんか、四十三回、夕日を見たことがあるよ。

そして、君は少したってからこう付け加えました。

――――ねえ、悲しいときって、夕日が見たくなるよね。

じゃあ、夕日を四十三回見た日、君は四十三回悲しくなったのかい?」

【浅岡夢二 訳】

 

 こんな場面を読んでいるオリバー・ツイストを想像するのも悪くありません。何故なら、善良なオリヴー・ツイストは生まれがあまりに不幸で、悲惨な少年時代を過ごしたのですから。二十才になったオリバー・ツイストは「そうじゃありませんよ。あの大詩人ランボーの言った、海と溶け合う太陽の美、つまり永遠の夕日が長いこと見れるって、素晴らしいことじゃありませんか」と答えるかもしれませんね。

 

今はきっと、オリバー・ツイストは幸福な笑顔を浮かべ、広い庭の中で長椅子に座り、「星の王子さま」を読んでいるにちがいないのです。

 

 

                     

 

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