おかあちゃん(高齢者のガン)私のオッパイ(石灰化)??? とワン子

2006年8月母は肺がんと診断される。完治目的の定位放射線治療を受ける。

おかあちゃん 私 出来ていたかな

2012年01月31日 01時56分35秒 | 母の事(肺がん) そして絆
おかあちゃん、私は出来ていたかな。
手紙という歌詞を見て思う。
私のパソコンに入っていた。いつ保存したのか見た。(2009年3月4日)
3年前、私はこの詩に会っていたんだね。デスクトップに入っているのにそれから見る事はなかったんだね。
この詩のように私は出来ていたかな。少しは頭の中に残っていたんだろうか。
割と当たり前のように思ったりした。でも、読むと涙が出るね。
ズーと出来ていたとは言えないかもしれないけど、食べ物をこぼしても怒ったりしなかった。
可哀想、ごめんね。って言ってたと思う。おかあちゃんが話す事も一生懸命聞いた。
けど、何言ってるのか分からない。って言ったこともあった。おかあちゃん悲しそうに聞き直しても
言わなかった。ごめんね。一生懸命聞いてたんだけど。分からなかった事もあった。
ごめんね。黙ってもっと理解してあげればよかった。ごめんね。おかあちゃん、悲しかったよね。
下着を汚しても、悪そうにするおかあちゃんに、「いいんやで。洗濯機が洗うんや。大丈夫やで。」
そう言ったと思う。けど、意地悪言った事もあったろうか。ごめんね。
お風呂は一緒に入ったね。抱っこして。これが私の1番うれしい思いでだよ。
おかあちゃんは「何でこんなにしてくれるの。」って言った。
私「親子やもん。おかあちゃんの事、好き好きやもん。」と答えたね。
歩ける時は、手を繋いで歩いたね。メチャメチャ幸せだった。
やっぱり、やっぱり私が幸せだった。おかあちゃんは、どうだったんだろう。
手を繋いで歩いていた時、「いいですね。うらやましい。」って言われたね。
おかあちゃんは、ニコニコしてたね。幸せだった。ありがとう。


おかあちゃん、ありがとう。大大大大大好き。愛してるよ。

    
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   手紙~親愛なる子供たちへ~


年老いた私が ある日 今までの私と違っていたとしても
どうかそのまま私のことを理解して欲しい
私が服の上に食べ物をこぼしても 靴紐を結び忘れても
あなたに色んな事を教えたように見守って欲しい
あなたと話す時 同じ話を何度も何度も 繰り返しても
その結末をどうかさえぎらずに聞いて欲しい
あなたにせがまれて繰り返し読んだ絵本の暖かな結末は
いつも同じでも私の心を平和にしてくれた
悲しい事ではないんだ 消え去っていくように見える私の心へと
励ましのまなざしを向けて欲しい
楽しいひとときに 私が思わず下着を濡らしてしまったり
お風呂に入るのをいやがるときには思い出して欲しい
あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて
いやがるあなたとお風呂に入った 懐かしい日のことを
悲しいことではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に
祝福の祈りを捧げて欲しい
いずれ足も弱り 飲み込むことさえ出来なるかも知れない
足も衰えて立ち上がることすら出来なくなったなら
あなたが か弱い足で立ち上がろうと私に助けを求めたように
よろめく私に どうかあなたの手を握らせて欲しい
私の姿を見て悲しんだり 自分が無力だと思わないで欲しい
あなたを抱きしめる力がないのを知るのはつらい事だけど
私を理解して支えてくれる心だけを持っていて欲しい
きっとそれだけでそれだけで 私には勇気がわいてくるのです
あなたの人生の始まりに私がしっかりと付き添ったように
私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい
あなたが生まれてくれたことで私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変わらぬ愛を持って笑顔で答えたい
私の子供たちへ 愛する子供たちへ
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おかあちゃん M君の事 天使の事

2012年01月29日 09時23分14秒 | 母の事(肺がん) そして絆
おかあちゃん、私ね。
M君の事、応援するよ。おかあちゃんも応援してたね。
M君は、私のいとこ。おかあちゃんの妹の子供。甥だね。
M君は、子供の頃からあまり口数の多い子ではなかった。
でも、うちにはよく来てくれた。おかあちゃんとは、よく話してた。
私にもよく話してくれた。かわいかったね。
近所に住んでいた頃は、よく行き来したね。

M君が大学を卒業して公務員になった。M君はすぐに結婚した。
とてもかわいい女性。M君が選んだ人だから「よかった。」とおかあちゃんと話したね。
M君は、最高に幸せだと思った。
M君が結婚して、かわいい男の子が生まれた。M君は大切に大切にしてた。
彼に、障害が現れた。私達は聞かなかった。入ってくる話を聞くのみだった。
根掘り葉掘り聞くのもしなかった。私達が何をしてあげることも出来ない。
まして、他から入ってくる情報に反応する事を避けた。
彼のおばあちゃん(おかあちゃんの妹)が話した時、初めてそうだったのだと思った。

M君には、もう1人女の子がいる。おかあちゃんがもう時間が限られてきた時に
M君は、その子と入院中のおかあちゃんを見舞ってくれた。
まるで天使のようだった。おかあちゃんの体を葉っぱのような手でさすってくれた。
それを見ていた私が涙を流すのを見て「なんで泣いてるの。」と聞いた。
私は「変だね。おばちゃん、泣いてるか。」
彼女は、いろいろ話しながら、おかあちゃんの体をさすってくれた。
おかあちゃんは、もうほとんど話せなくなっていたけれど、「いい子ちゃんやね。いい子ちゃんやね。」
と、彼女と手を繋いでいた。M君が手を出した時、おかあちゃんは彼女の手の方を握ったね。
本当に天使が現れたと思ったね。幸せな気持ちにさせてくれた。

お通夜の時、M君一家は、来てくれた。彼は歩いていた。
きっと、おかあちゃんも喜んで見ていたよね。
障害があって立てないと聞いていた彼が自分の足で歩いて通夜に来てくれた。
あの天使の彼女と。彼もやっぱり天使だった。天使が2人来てくれたよ。

M君は、公務員。昇進試験をM君は拒否していると聞いた。
M君は、彼の為に昇進試験を受けないと言う。
私は、もしそうなら、それはM君の生き方だから、応援したい。
私と比べるわけではないが、5年前、おかあちゃんが病気になった時、私は仕事を辞めた。
おかあちゃんと一緒に過ごそうと思った。経済的にいけたのもあったが、おかあちゃんを1人に
したくなかった。おかあちゃんの事はみんな知っていたかった。おかあちゃんの事をみんなしたかった。
だから、M君が彼のために決めたのなら私は応援したい。
M君は奥さんと話し合ったか、暗黙の了解だったか決めたんだ。
あの天使を2人育てたM君と奥さんの生き方なんだ。
私は、彼の自立とM君一家を応援していきたい。
きっと、おかあちゃんもそう言ってるだろうね。

おかあちゃん、ありがとう。大大大大大好き。愛しているよ。
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おかあちゃん 会いたい

2012年01月28日 17時10分39秒 | 母の事(肺がん) そして絆
おかあちゃん、今日ね。
地震があったんだよ。関東の方だよ。よく地震いくから怖いだろうね。
私1人で地震にあったらどうしよう。何を持って逃げたらいい。
おかあちゃんの位牌。とっさには中々難しいかも。
おかあちゃん、今日ね。乳腺クリニックに行ったんだ。
今日は、先生が違うから患者さんが少ないからと思って。
顔見知りの患者さんが何人かいらしゃった。「おかあさんは。」って聞かれた。
「うちにいます。」って答えた。でも、涙が出てきた。
きっと察してくれたかな。処置室に入って点滴を受けている人と話した。
この場所が母の指定席でした。窓際の外が見えるベットに行った。
点滴中の顔見知りの患者さんが「そうですね。」って言った。
私は、腰のレントゲンとマンモと胸のCTを撮った。
胸は点滴をしながら撮った。おかあちゃんがよくしてたね。
結果は、オッパイに石灰化が見られる。胸にある影は前と変わっていない。
オッパイに石灰化が今後現れるなら私は全摘がいいと思う。
私はそう言う体質なのだから。無理にオッパイを残す事はないと思う。
先生はどう言うのかな。60日後主治医の先生に診察を受けて下さい。と言われた。
あまり会いたくないんだけどね。頑張って行ってみるか。

おかあちゃん、車はやっぱり駄目だ。
大声で、「おかあちゃん、会いたいよ。」って叫んでた。
皆がね。おかあちゃんにその事は言ったら駄目。って言ってた。
私ね。メチャメチャ我慢してた。だけど我慢やめようと思った。
だから「おかあちゃん、会いたい。会いたい。会いたい。」って叫んだ。
いっぱい、いっぱい、いっぱい叫んだよ。
涙がいっぱい出たけど、我慢してたのが吐き出せたのかな。
泣いて泣いて泣いて少しだけスーとしたよ。
昨日、会った年配のご婦人も、泣けばいい。泣かないとって言ってられた。
3年経っても、ご主人を亡くされたそのご婦人は1人で泣くと言われてた。
私ね。月曜日新しい事に挑戦しようと思う。サークルに入るんだよ
楽しみだよ。どんな新しい出会いがあるのかな。
ファションサークルだよ。お仕事もしたい。腰が治ったら探してみるよ。
ネットでは見てるんだけどね。先を楽しみにしたいね。

おかあちゃん、ありがとう。大大大大大好き。愛してるよ。
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おかあちゃん お仏壇開きをしたよ

2012年01月27日 20時20分41秒 | 母の事(肺がん) そして絆
おかあちゃん、おめでとう。って言うのかな。
お仏壇の開眼が終わったよ。21日に位牌の開眼をした。
今日、お仏壇開きが終わっておかあちゃん、新しいお家はどうですか。
私には、おかあちゃんが喜んでくれているように思う。
私が嬉しいのは、これで極楽浄土に行ったおかあちゃんが繋がって私を見ている。という話に
おとぎ話のような嬉しさを感じた。
おかあちゃんが、仏壇の位牌から私を見てる。なんて嬉しいやん。
おかあちゃん、私の事見て笑ってて。
また、探してるとか、なんかドジしてるとか。
昨日、仏壇を飾るためにお菓子とか果物・お惣菜なんか買いに大丸に行った。
そしたら、食品の解体を販売してた。私急いでる割に買った。
すごい人で、レジに並ぶ人の多さには驚いた。私の後ろに並ばれた80歳のご婦人だった。
その方は、とても元気だった。だけど3年前に御主人を亡くされていた。
娘さんやお孫さんと一緒に住んでいると言われた。
「じゃ、寂しくないですね。」と言うと、「いや、寂しいです。今でも一人で泣く事があります。」
そう言われた。私は見ず知らずの人に「私は12月に母を亡くしました。泣いてもいいですか。」
「1年はどうしようもないですよ。泣いて下さい。」と言って下さった。
2人はズーと話しているのに顔を見なかった。最後に「ありがとうございました。」と言って別れた。
そして、地下の食品売り場におかあちゃんの仏壇に飾るのを買いに行った。
そして帰ろうとして上で買ったものがないのに気がついた。
もう、走り回ったよ。買ったとこ行って忘れてないか聞いて回った。
行くたびに落し物係に電話をする。だけど、届いていない。
もう、あきらめるかなって思ったら、チョコレート売り場の人が言ってきてくれた。
でも、聞きに言ったとこだったのにね。でも、よかったと思った。
帰ったらクタクタだった。私ね。何だか分からないけど絶対に出てくるって思った。
おかあちゃん、またやってるって思った。
でも、可哀想、早く出てきて。って思ったでしょう。
おかあちゃん、心配させてハラハラさせてごめんね。

今日は、寒いけどいい天気だった。来てくれた叔母さん達には良かったよ。
始まる前に、坊主さんと叔母達に「本日は仏壇開きにお越し下さいましてありがとうございます。」
そして坊主さんに「よろしくお願いします。」と言った。
お祝いだから赤いローソクを立てるんだよ。
私は、仏壇の横に座ったから仏壇の中を見る事が出来なかったけど、叔母さんが言ってた。
赤いローソクがゆらゆら揺れてたって。それはおかあちゃんが喜んでいるんだと言ってた。
そうだといいな。おかあちゃん、今日はお疲れでした。

おかあちゃん、ありがとう。大大大大大好き。愛してるよ。
おかあちゃん、ズーと一緒だよ。ありがとう。


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おかあちゃん 今日は私の誕生日だよ

2012年01月25日 15時45分50秒 | 母の事(肺がん) そして絆
おかあちゃん、今日は私の誕生日だよ。
おかあちゃんに「一緒にお祝いしてな。」って言ったら首を横に振ったね。
おかあちゃん、おかあちゃんは私の誕生日まで、もたない事を分かっていたんやね。
おかあちゃん、私が仏壇に置いた、いちごケーキを食べてくれた。
おかあちゃんは、「おめでとう。体に気をつけて頑張りや。」って言ってくれてる気がした。
おかあちゃんは、私の誕生日を一緒に祝ってやりたいって思ってたんやろな。
ありがとう。ありがとう。おかあちゃん。
私の誕生日に、おかあちゃんがいてくれないそう思って昨日泣いたよ。
でもね。今は少し違うよ。あかあちゃん、おかあちゃんが1番祝ってくれている事が分かったよ。
ごめんね。ごめんね。これからも少しづつおかあちゃんの事、まだまだ分かっていくのかな。

今日は、私の為に来て下さった方と一緒に誕生日のケーキ食べたよ。
私ね。その方のひざを借りたよ。
ひざの上で泣かせてもらった。誰かに触れて泣きたかった。嬉しかった。
私、頑張ってた。我慢してた。1人じゃ泣いてたけど、誰かによしよししてほしかった。
背中をさすってくれたよ。もっと泣いていたかったけどね。
おかあちゃん、私ね。少しづつ少しづつ強くなるよ。
今日の京都は一段と冷える。だけどね。私の心は温かだよ。
外に出ると倒れそうになってた。でもね。今日は違ったよ。

空を見て

千の風に 千の風になって あの大きな空を 吹きわたっています。

そう歌ってみた。そしたら、気持が明るくなった。
おかあちゃんは、ヒューって飛んでるかな。お姉さん達と上手に飛んでる。そう思った。
手を振ったの見てた。気がついた。
おかあちゃん。元気かな。

おかあちゃん。ありがとう。ありがとう。ありがとう。
おかあちゃん。大大大大大好きだよ。
おかあちゃん。愛しているよ。

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おかあちゃん 雪が降るのかな

2012年01月24日 08時25分34秒 | 母の事(肺がん) そして絆
おかあちゃん、寒いよ。
今日は、雪が降るらしい。東京は朝から雪で車の事故もいっぱいだよ。危ないね。
私は、雪が降るといつも転んだ。めったに積もったりしないから慣れてないんや。
いつも、心配してくれた。「どうもないか。気を付けんと。」って。
おかあちゃん、もうそう言ってくれる人がいなくなった。
おかあちゃんが、さすってくれると痛みもゆるんだ。
おかあちゃん、私ね。転んで怪我したりすると大変だから、気を付けるよ。
時間も余裕を持って行動するよ。
心配ないよ。気にしないで。転んだら、笑って見てて。
「あーあー。またか。気を付けんと。」ってね。

おかあちゃん。オーストラリアに行った時、2人でメルボルンの街を電車に乗って回ったね。
おかあちゃん、メルボルンが覚えられなくて、自分のお目々を指して「メルボルン」って言ってたね。
お正月に行ったから、オーストラリアは真夏で夏服来てた。
お昼間は、Tシャツだったけど、ディナーは素敵な洋服でお出かけした。
私が「帰ったら、クリーニングに出さんと。」って言ったら、おかあちゃんは
「帰ったら、2・3回着てそれからクリーニング出したら。」って言った。
「おかあちゃん、日本は冬やで。」って言って大笑いしたね。
楽しかったね。珍道中の私とおかあちゃん。
笑っていない時はなかったね。思い出すだけで笑顔になれる。

おかあちゃん、ありがとう。ありがとう。大大大大大好きだよ。愛してるよ。
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おかあちゃん おかあちゃん おかあちゃん 会いたいな

2012年01月23日 21時09分54秒 | 母の事(肺がん) そして絆
おかあちゃん。
私ね。沢山の書類を提出したんだけど、まだ残ってるのがあってね。
いろいろ引き出しを探していたら、私があげたかわいいぽち袋のままのお年玉が出てきた。
私、泣いたよ。「おかあちゃん、いやだ。」
前にも、あげたぽち袋に入ったままのが出てきた。
おかあちゃん、おかあちゃん、私ね。声を出して泣いたよ。
今も、涙が出る。おかあちゃん。ごめんね。
私は、悲しくて泣いてるんじゃないよ。
おかあちゃんの気持はどうだったんだろう。
私が、「お年玉。なんかおかあちゃんの物を買ってね。」そう言って渡すと
「ありがとう。○○ちゃん、何を買うかな。」って嬉しそうに言ってくれた。
嬉しそうに嬉しそうにぽち袋を胸に当てて喜んでくれた。
私はその姿が、今もはっきり目に浮かぶよ。
あのかわいい、私の大好きなおかあちゃん。私は涙が止まらない。
おかあちゃん、もういないんだね。
私がいくら呼んだって、もうあの照れた、かわいいしぐさのおかあちゃんはもういない。
もう涙でなんにも見えないよ。
おかあちゃん、ずるいよ。私をこんなに泣かせて。
会いたいな。会いたいな。もういない。

愛しています。おかあちゃん。会いたいな。大大大大大好き。
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おかあちゃん お話しようね

2012年01月22日 17時00分17秒 | 母の事(肺がん) そして絆
おかあちゃん。今日は良く寝た。昨夜9時に寝て5時頃眼が覚めた。
それから、仏壇のおかあちゃんとお話しした。
49日が終わって私は1つ成し遂げた。そんな気がした。
おかあちゃんの事を1つ出来た。そんな気がしてホッとした。
そしたら、少しだけどスーとしてきた。
いつも泣いてばかりだった私に少しだけど変化が起きた。
おかあちゃん、ありがとう。

昨日ね。料理屋から取ったお料理はおいしかったよ。
皆に喜んでもらった。そしてね。ご挨拶もしたよ。
49日が無事に終わった事、お葬式の際にお世話になった事にお礼を言った。
そして今後ともよろしくお願いします。
叔母さん達が、帰る時も見えなくなるまで頭を下げて見送ったよ。
おかあちゃん、ありがとう。大大大大大好きです。

今日、おかあちゃんとお話した事。
旅行の話。中国に行った時の事。お正月だったから寒かったね。
万里の頂上は風がきつかった。でも、すごかったね。
広大な景色に唖然としたね。紫禁城の広さにもびっくりしたね。
もう1度連れて行きたかった。
他にもいろいろ旅行の話をしたけど、毎日話そうね。
いつも、「もう来れへんな。いい思いで出来た。ありがとう。」って言ってくれた。
私は、その笑顔と言葉が聞きたくて次どこへ行こうか考えた。
もっと、もっと行きたかったね。

おかあちゃんは、私とズーと一緒だから行こうね。楽しみだよ。
おかあちゃん、大大大大大好き。愛しています。


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おかあちゃん 49日法要終わったよ

2012年01月21日 18時22分03秒 | 母の事(肺がん) そして絆
おかあちゃん、49日法要が終わったよ。
あれだけ仏壇を準備って言ってた坊主さんが、今日は49日法要で位牌の開眼供養をします。
仏壇開きは別の日にするやって。27日が大安なので10時過ぎにする事にした。
御位牌は仏壇に入れた。それでいいんだって。仏事はよく分からないね。
おかあちゃんは、それで寂しくないのかな。私がついてるよ。
おかあちゃんこれで良かったのかな。
私は、おかあちゃんを誇りに思っているよ。小さい体でよく頑張ってくれた。
私は、おかあちゃんを見ているからきっと強く生きていける。
おかあちゃん、もういいんだよ。もういいんだよ。
私から、離れて自由になって。心配ないよ。
叔母さん達が言ってた。「おかあちゃんは私だけ見て生きていた。あんたが全てだった。だから、おかあちゃんより
1日でも長く生きるように。それが、親孝行だ。」
私は、おかあちゃんが生きている時に親孝行したかった。頑張っていたように思ってたけど、色々考えると
出来ていたかな。って思う。
おかあちゃん、私は幸せだった。ありがとう。ありがとう。ありがとう。
お仏壇はみんなの評判がよかったよ。
おかあちゃん、本当はおかあちゃんが生きている間にこの仏壇に入るんだよ。って見せてあげたかった。
私は、何でもおかあちゃんに知っておいてほしかった。
今から何をしても、おかあちゃんには通じないものね。
おかあちゃん、私は幸せでした。これからも、おかあちゃんとの幸せだった事を思い過ごしていきます。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。幸せでした。

おかあちゃん、大大大大大好き。愛しているよ。ありがとう。
いってらしゃい。また、お盆に会おうね。

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おかあちゃん 大丈夫だよ

2012年01月20日 05時10分17秒 | 母の事(肺がん) そして絆
おかあちゃん、ぎっくり腰少しマシになったよ。
昨日、整形外科が休みだったので近所のいつも行く医者に理由を言って痛み止めの注射を打ってもらったの。
そしたら、だいぶマシになったよ。今日、1番に整形外科行ってもう1度痛み止め打ってもらうよ。
座る事も出来なかったから、本当に嬉しいよ。メチャメチャ安静にしてよく寝たから良かったのかな。
横腹やお腹まで力が入ったのかな。痛くなって今シップを張ったよ。冷たいね。

おかあちゃん、張ってあげると「冷たい。冷たい。」って言ってた。本当だね。
もっと、工夫してあげればよかった。ごめんね。
ごめんね。おかあちゃんは幸せだったかな。私、辛くて「いやだ。いやだ。こんなに辛いの分かる。」
とか「私が、先に逝きたい。」とかもっともっとおかあちゃんに辛い事言ったよね。
ごめんね。きっとおかあちゃんは辛かったと思う。それでも、私に優しい笑顔をくれたね。
「生まれてきてくれて、ありがとう。」って言ってくれたね。
私の方こそ、本当に本当にありがとう。ありがとう。ありがとう。
私をおかあちゃんの子供にしてくれて幸せだった。ありがとう。

私は忘れないよ。私が生きている限りおかあちゃんを忘れる事はないよ。
こんな駄目な私を大事に大事にしてくれた。わがままな私をいつも包んでくれた。
「これはこうした方がいいよ。」と後でそっと教えてくれた。
頭ごなしに言わないおかあちゃんだった。きっとすぐに言うと反発するって分かってたんだね。
こんな事が、何年も何年もおかあちゃんに溜まっていって病気になったのかも知れないね。
ごめんね。もっともっと一緒にいたかった。おかあちゃんもそうでしょう。
「一緒が楽しい。」って言ってくれたもんね。頑張ってくれたね。
私、もうわがままいわないよ。安心して。

「しっかりしいや。しっかりしいや。しっかり生きていきなさい。」
いつも名前を呼びながら言ってくれた言葉を忘れない。頑張るからね。安心してな。
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