歴史小説の部屋
舞台は戦国時代。織田信長の家臣として生きた滝川一益が主人公です
 



 信長本陣では、すでに丹羽長秀・木下藤吉郎などの重臣たちが集められ、軍議が開かれていた。
 神戸具盛たちが信長に報告してからでは遅い・・と、義太夫と新介は示し合わせて、神戸具盛たちの先回りをし、いち早く信長の前に伺候した。
 義太夫と新介の到着を知ると、信長は二人を幕内へと迎え入れた。



「遅いぞ、義太夫!」
「は・・面目次第も・・」
「詰まらぬ話はいらぬ。蒲生は降伏致したか」
 信長は長い前置きが嫌いだ。さっさと結論を言え・・とばかりに切り出してくる。義太夫はウッっと詰まったが、
「は、はい。上様のご威光の前に、これ以上の戦さは無意味と悟ったようにて・・」
「では、人質を岐阜へ送り、当主蒲生賢秀はこのまま兵を率いて上洛戦に加われと申せ」
 佐治新介が顔色を変えて義太夫を見た。義太夫の額も既にびっしょりと汗をかいている。
「そ、それが・・お待ちくだされ・・」
「何が不服じゃ」
 信長が眉間に皺を寄せたので、義太夫はさらに汗がとまらない。
「されば、蒲生は降伏いたしたのではありませぬ」
「なんじゃと?」
「織田家と和睦すると申しておりまする。和睦の証しとして、恐れながら上様の姫をお一人、蒲生家嫡子の鶴千代どのの嫁に欲しいと・・」
「何!」
 信長の顔色がサッと変わった。
 新介はまともに信長の顔を正視できず、俯いている。



「さすれば蒲生は織田家の縁者。上様の天下統一のため、如何なる尽力も惜しまぬ・・と申しましてござりまする」
 居並ぶ諸将は固唾を飲んで信長と義太夫のやりとりを見守っている。
「義太夫!」
 信長が殺気立って義太夫を睨みつけたので、義太夫はビクリと方を震わせた。
「それを申したは蒲生賢秀ではあるまい」
「は・・ご慧眼恐れ入って・・」
「誰が申した」
「蒲生賢秀の嫡子の鶴千代どのにござります」
「鶴千代・・?・・で、その者は他に何か申したであろう」
「は、はい。されば、織田の御大将はこの百年続いた戦国を終わらせる希代の英雄。必ずや鶴千代どのの言葉に耳を傾けてくださりましょう・・と」
 信長は返事をしなかった。
 その目は義太夫を睨みつけたままだったが、何か思案しているようにも見える。凍りついたような空気が流れ、義太夫も新介も、とてもまともに信長の顔を見ることができなかった。




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 滝川義太夫・佐治新介の二人は、日野中野城城門付近で神戸具盛たちが現れるのを待った。
 蒲生定秀・賢秀親子を説得していた神戸具盛・関盛信の二人が、肩をおとして城を後にしたのは、もう夕暮れ近かった。
 鶴千代の言うとおり、信長を恐れた蒲生父子は織田家に降るのをよしとせず、いかに神戸具盛と関盛信が説得しても、首を縦に振ることは無かったのだ。



 義太夫と新介は、神戸具盛と関盛信を呼び止め、鶴千代の話していた和睦の話をした。
「上様の娘を嫁にとは・・、鶴千代どのは日頃から神童ともてはやされ、思い上がっておるのじゃ」
 神戸具盛は色を失って反対し、関盛信もそれに同調した。
「しかし・・このままでは蒲生家はお取り潰しになりましょう」
「かといって、そのような話をしたところで、上様のお怒りをかい、城攻めが早まるのは必定。もはや手はつくした。何故にこのうえ、わざわざ上様のお怒りをかうようなことができようか・・」
「しかし・・」
 義太夫がなおも引き下がろうとしないのを見て、関盛信が呆れ、
「では義太夫どのが上様に進言なさるがよい。我らは預かり知らぬことじゃ。ここで会うたことも、聞いたことも、何も知らぬ」
 神戸具盛も関盛信も信長を恐れている。もう関わりたくないのだろう。



「は・・。では致し方ありませぬな」
 佐治新介が落胆してそう言うと、
「伊勢の滝川左近どのも、その話を聞けば、もはや蒲生は諦めよと仰せじゃろう。義太夫どのもよう考えなされよ」
 神戸具盛はそう言い残すと、慌てて織田本陣へと戻っていった。
 義太夫と新介は、去っていく二人を黙って見送るしかなかった。
「この場に殿がおられたら・・なんとなさるじゃろうか・・」
 義太夫がため息混じりにそう言うと、新介は笑った。



「それは無論、より面白い方を選ばれるじゃろう、あの殿は」
「より面白い方・・。やはりそうか・・」
「まさかお手討ちにはなるまい。さ、正使が本陣へ戻れば、直に城攻めが開始されよう。覚悟を決めて参ろうぞ」
 既に割り切っているのか、佐治新介はそう言うと、さっさと馬の首を本陣へと向けた。
「やれやれ・・。これも日頃から仲違いばかりしている我らに、殿が灸を据えられたのじゃろうか・・」
 義太夫はひとり言のようにそう言った。
新介の言うように、神戸具盛たちが信長に事の次第を話せば、すぐにでも城攻めが開始されるだろう。 
迷っている暇はない。義太夫も新介の後に続くしかなかった。


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(あと二日猶予があれば伊勢に使いを走らせることもできたのじゃが・・)
 道中、佐治新介と言い争いを続けて、到着が遅れたことが悔やまれる。
「したが・・鶴どの。我らは上様の家臣ではない。このまま上様ご本陣へと向かっても、お目通りがかなうかどうかも定かではありませぬ」
「では、今、将軍家の正使として我が城に来ている神戸具盛どのとともに織田どのの前に伺候なさりませ。そして、蒲生賢秀の嫡子、鶴千代がかように申しておったとお伝えくだされ」
 恐れを知らぬ鶴千代の物言いに、新介は顔色を変えた。



「鶴どの・・。貴殿は上様のご気性をご存知ではないゆえに、かような無理を申されるが、上様は鶴どのが思うておるほど寛容なお方ではない。岐阜では小姓や茶坊主どもがお手討ちになるのは日常茶飯事。我らはもちろん、上様直参の家臣たちでさえ、上様の一挙一動に震え上がっておるのでござるよ」
 真顔で言う新介に、鶴千代はアハハと笑った。
「新介どの。織田の御大将はこの百年続いた戦国を終わらせる希代の英雄。必ずやこの鶴千代の言葉に耳を傾けてくださりましょう」
 鶴千代からは、何の気負いも感じられない。一族存亡の危機である筈なのに、何故ここまで平静でいられるのだろう。



(まことに気味の悪い小童よ)
 義太夫が佐治新介に視線を送ると、新介も仕方が無いという顔をしている。
「分かり申した。我らも主滝川左近将監より蒲生どのを何としてもお味方にするようにと言いつけられて伊勢より参った次第。確かに上様にお伝え致しましょう」
 観念したように義太夫が言うと、蒲生鶴千代は飛び上がらんばかりに喜んだ。
「まことでござりまするか!かたじけない!義太夫どの、新介どの!滝川どのへのご恩は、この鶴千代終生忘れませぬぞ」
 鶴千代はニコニコと笑いながら、義太夫の手をとり、新介の手をとった。
 義太夫も新介も浮かない顔で力なく頷いた。
(我らは仮初にも織田家の重臣滝川左近の家老。いかに上様でも、問答無用でお手打ちにはなさるまい・・)
 とはいえ、激怒する信長の顔を思い浮かべると、背筋が寒くなった。


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「さよう。さすればこの蒲生も織田家の縁者。織田の御大将の天下統一のため、いかなる尽力も惜しみませぬ」
「つ、鶴どの・・お待ちあれ・・。それは・・」
「この鶴千代を娘婿になされば、信長の殿の天下も近うござります。義太夫どの、新介どの。これより織田の陣に戻られ、信長どのにさようにお伝えくだされ」
 どうしてそんなことが信長に伝えられるだろうか。
 そもそも、二人は一益の家来で、信長直参の家来ではない。信長に直接話し掛けることなどは憚られるし、しかも、今日・明日にも踏み潰されようとしている小城の主の息子を娘婿にせよなどと・・。
(そんな話を、よりにもよって我等が上様にお伝えしようものなら、お怒りになった上様にお手打ちにされても文句は言えまい)
 かといって、伊勢に戻って一益に相談することもできない。中野城攻撃は今晩か、明日には行われるだろう。



 義太夫と新介が困惑し、返答に詰まっていると、鶴千代は尚も笑いながら平然と、
「時に、滝川左近どのからの文によると、もっと早うに日野においでかと思っておりましたが、随分と道中ゆるりとなされておいででござりましたな」
・ ・と痛いところをついてきた。
「道中なにかあったやもしれぬ、左近どのにお知らせしようかと思うておりました」
「そ、それは、ご心配をおかけし・・」
「いえ。何事もなければよいのでござります。ただ、日頃仲が悪いという評判のお二人。私が余計なことを左近どのにお伝えしては、後々よからぬ詮議を受けるのではないかと、差し控えておった次第にござります」
「つ、鶴どの・・」
 義太夫と新介は顔を見合わせた。
 蒲生鶴千代の言わんとしていることが分かったのだ。



(自分の言うとおりにしなければ、我等が仲違いして到着が遅れたことを、殿に伝えると言うておるのだ・・)
 このまま蒲生家が滅んでしまったときに、そんな知らせが届けば、一益は烈火のごとく怒るだろう。
(恐ろしき小童じゃ)
 一族郎党が滅びるかどうかという瀬戸際で、冷静に状況を見回し、平然と義太夫と新介を手玉に取ろうとしている。
 この少年の空恐ろしいばかりの頭の回転の良さが、神童と言われる所以なのだろうか。


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「お待ちくだされ、義太夫どの!」
 滝川助九郎が青くなって止めに入る。
「止めるな、助九郎!こやつのせいで・・」
「義太夫どの!後ろを・・」
 そう言われて、助九郎がしきりと義太夫の背後に視線をやっているのに気付いた。
 佐治新介も気付き、アッという顔をする。
「鶴千代どの・・」
 神社の本殿からゆっくりと蒲生鶴千代が近づいてきたのだ。
「滝川左近どのより、お二人がお越しくださるとの知らせをうけ、首を長くして待っておりました」
 笑ってそう言った。



 不自然なほどに余裕が見える。信長がすぐ傍まで近づいてきているのが分かっている筈なのだが・・。
「鶴千代どの。神戸どのが中野城にて父御に会うておるはずじゃが」
「父も祖父も、城を枕に討死と覚悟を決めておりまする」
「上様は蒲生どのに本領安堵するとまで仰せじゃ。何ゆえそこまで六角に義理立てなさるのか」
 佐治新介が小首を傾げて尋ねると、鶴千代はアハハと笑い、
「父も祖父も、信長の殿を心底恐れておりまする」
「ならば、なおさら・・」
「いえ・・『あれは人ではない。鬼である。それゆえ降ることなどできぬ』・・と申しておりまする」
「人ではない・・と」
 義太夫は返す言葉がなかった。
 義太夫自身、信長と直接話をしたことは数えるほどしかない。
 人づてに聞く信長は確かに、常軌を逸しているかのような姿が垣間見える。
 今度の近江平定戦でも、常識を覆すような速さで日野まで来てしまった。



 義太夫と新介が黙りこんだので、鶴千代は笑った。
「私の考えは変わりませぬ。信長の殿こそ、まことに天下に号令をかけるお方。この天下を制するお方でござりましょう」
「しかし、ご当主とその父御が城に立て篭もっておいででは・・」
 義太夫が言うと、鶴千代は笑顔を絶やさす、
「義太夫どの、ご案じあるな。この鶴千代の出す和睦の条件を織田の御大将が承知してくださるならば、必ずや父と祖父を説き、上洛戦をお助けいたしましょう」
「それはまことでござるか!それは・・主、滝川左近将監も喜びましょう」
 義太夫が手放しで喜ぶと、新介は軽く制した。
「待て!鶴どの、その和睦の条件とは何でござろうか」



 佐治新介には、この鶴千代という少年が普通の無邪気な少年とは違うことが分かっている。それだけに、言い含むような言い方をした、和睦の条件というのが気にかかる。
 鶴千代は、「されば・・」と一呼吸置いてから、
「信長の殿の娘御を一人、私の嫁に下さりませ」
 しゃあしゃあとそう言ってのけた。
「な、なんと申される?上様の姫を鶴どのに?」
 義太夫も新介も、いや二人ばかりではない。黙って両者の会話を聞いていた滝川助九郎と供の者たち、それに蒲生家の従者までもが、唖然として鶴千代を見た。



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 総勢六万の信長本隊が京へ向けて岐阜を出発したころ、神戸具盛と関盛信の両名が南近江の日野へ向かっていた。
 そして同じ頃、もう一組の一行が峠を越えて日野へ行こうとしていた。滝川家の家老である滝川義太夫と佐治新介、供につけられた滝川助九郎以下3名である。
「何ゆえにあの小童一人に会うために、わざわざ峠越えまでせねばならぬのかのう」
 佐治新介が物憂げに言う。
 その声が余りにも大きいので、義太夫は慌てて馬を寄せ、新介をたしなめた。
「これは隠密行動じゃぞ。そのように大声を張り上げるでない」
 新介は五月蝿そうに手を振った。



「しかも、よりにもよって義太夫どのが連れとは、とんだお役目を仰せつかったものじゃ。殿は一体何を考えておいでなのか」
 義太夫は「なに?」と言おうとして、ハッと口を覆った。
 常ならば口論になるところだが、まだ国境を越えてもいないうちから言い争うことは躊躇われる。
(やれやれ。これは誠に大変な旅になりそうじゃ)
 義太夫にも一益の真意が分かりかねている。
 相手はいかに神童との誉れ高い少年であるとはいえ、所詮は元服前の子どもである。
 会ったところで何かが起こるとも思えない。
「誠に殿は何を考えておいでなのやら・・」
 義太夫はひとり言のようにそう言った。
 滝川助九郎は不安そうに二人を見ていた。



 岐阜を出た信長の動きは、一益の想像していたよりもはるかに早かった。 
 神戸具盛・関盛信の両名が足利義秋の親書を携えて日野中野城に入ったのは、信長本隊が破竹の勢いで南近江に入り、六角氏の支城である箕作城・和田山城を落とし、居城である観音寺城を攻略した日の夕刻だった。
 蒲生賢秀は、観音寺城での軍議の席上で六角義賢との意見の相違から袂を別ち、中野城へ戻っていた。
 城内は城を枕に討死しようと、多くの将兵が集まっていた。
 正使である神戸具盛・関盛信よりも早く南近江入りするはずだった滝川家の家老一行が日野に入ったのは、神戸具盛一行とほぼ同じときだった。
「上様の軍勢が早、こちらに向かっているらしい。これは拙いぞ」
 佐治新介が焦りを隠せない様子で義太夫に言う。
 義太夫も困惑しきっていた。
 道中、幾度も新介と口論になり、その度に時間をとられて、到着が大幅に遅れてしまったのだ。
(まさか、上様がかように早うに参られようとは・・)
 旧主である六角義賢がこうも簡単に居城を追い払われてしまったことも想定外であった。
「これは・・国元へ帰ったら間違いなくお咎めを受けるぞ」
 二人は重い足取りで、若松の森と呼ばれる森へ入った。



 この森には神社の参道があり、その先に馬見岡綿向神社という平安時代からある神社がある。
 一益からは、そこで蒲生鶴千代が現れるのを待て・・と言われているのだったが・・。
「まことにここに鶴千代が現れるかのう・・」
「現れなければ、我らがここまで来た意味もない」
 今日・明日にも、この辺り一帯が戦場になるかもしれない。
「義太夫どのが中野城から鶴千代をひっさらって来ればよいのじゃ」
 新介が馬鹿にしたようにそう言った。
「な、なんじゃと?」
「お夕の方を甲賀よりさらってきたこと、皆存じておるぞ」
 お夕とは、かつて甲賀にいた一益の妹のことだ。人さらい同然にさらってきて、無理矢理織田家の嫡男奇妙丸の乳母にしてしまったが、今は信長の側室になっている。
「お、お夕の方が、そのようなことをそなたに話したのか」
「わしが聞いたのではない。じゃが、そのことを織田家中で知らぬものはおらぬ」
「あ、あれは、勝手知ったる甲賀の滝城だからできたこと。このような見も知らぬ城に潜んで人を連れ去るなど、容易にできることではない」
「なんじゃ、役に立たぬ素破じゃな」
「なんじゃと!」
 カッとなった義太夫が刀の柄に手をかけた。



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(確か、義太夫と新介が神戸城・亀山城で会ったとかいう小童は・・)
 木全彦一郎からは、どうやら神戸・関両家の縁戚にある少年らしいという報告が届いている。
(もしや、蒲生家ゆかりのものではなかろうか・・)
 だとすると話は早い。少年は佐治新介に、織田家と和睦したいと言っていたのだから・・。
 一益が言いかけて黙り込んだので、信長が声を荒げた。
「両名を使者に立てて、如何いたす所存じゃ?」
「ハッ。両名を使者に立て、蒲生定秀を説く以外ありませぬ。・・が、蒲生家には織田家との和睦を望む声があるとの情報もありまする」
 信長の眉がヒクリと動いた。



「抜け目ない奴じゃ。その方、早、南近江にまで手を回しておったのか」
「はい。これより急ぎ伊勢へ立ち戻り、神戸具盛・関盛信両名とも話をし、蒲生家へ使者を送る支度を致しまする。それゆえ・・」
「公方の文じゃな」
「はい」
「よかろう。追って届けさせる。左近、何としても甲賀の素破どもに上洛の邪魔立てはさせるでないぞ」
「ハハッ」
 また重い役目を引き受けてしまったな・・と思うと気が重い。
(いずれ甲賀と決着をつけねばならぬであろうな・・)
 その役目こそ、誰にでもない、一益に回ってくるだろう。今回のことは、来るべき甲賀攻めの布石の一つにすぎない。
(しかし・・あの鶴とかいう小童がまことに蒲生家ゆかりのものならば、小童を使って、蒲生を取りこめる・・。さすれば、甲賀攻めをも有利に導くことができよう)
 一益は、また新しい道の開ける予兆を感じ取っていた。



 伊勢へ戻った一益は、早速、神戸・関の両家にそれぞれ義太夫と佐治新介を送った。
 帰ってきた二人の報告は全く同じだった。
「鶴どのと申すは、南近江の豪族、蒲生賢秀の嫡男鶴千代どののことにて、鶴千代どのは若年にも関わらず老成しておられて、とても賢く教養もあり、大人ですら太刀打ちでき申さぬ・・と申しておりました」
「やはり、そうか・・で、織田と和睦したいというのは、蒲生家の考えか?」
「いえ、それが・・」
 と義太夫は佐治新介と顔を見合わせた。
「鶴千代どのが何ゆえに伊勢へ現れたのか、よくわからぬようでござりました」
 わざわざ鈴鹿峠を越えて伊勢まで来たのは、もしや、祖父である
蒲生定秀の意向ではないかと思っていたのだが・・。
「分からぬな」
 鶴千代の考えが・・である。
 関氏が織田家と和睦しようとしたころには、すでに南近江に帰ってしまっていたらしい。
(上様は一両日中には岐阜を出立されるじゃろう)
 信長には、蒲生家を味方につけると約束してしまっている。



「将軍家からの使者として、神戸具盛・関盛信の両名を蒲生に送る手筈になっておる。それゆえ、義太夫、新介、その方らは・・」
「まさか、我ら両名に、密かに日野に入り、蒲生鶴千代に会うてこいと仰せでは・・」
 新介が眉をひそめた。
 素破である義太夫はともかく、佐治新介には鈴鹿峠を越えて密かに日野に向かうことは難儀なのだ。
「そうじゃ。鶴千代と面識のあるその方らが行くのがよい。首尾よう頼むぞ」
 二人の仲の悪さを心配している津田秀重は不安げに一益を見上げている。
 義太夫も困惑し、もの言いたげに一益を見ているが、一益は意に介せず、
「我らの力で蒲生をお味方にすると上様にも申し上げておるのじゃ。重要なお役目ゆえ、失敗は許されぬぞ」
 有無を言わさぬ・・とばかりに二人に念を押した。


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 一益の目論見どおりに亀山城の関盛信が恭順の意を現わし、北伊勢攻略に一段落がついたころ、一益は岐阜の信長から急遽呼び出しを受けて、久しぶりに信長に拝謁していた。
「その方も存じておろうが、上洛の準備も整ったゆえ、わしは軍勢をひきつれて上洛いたすぞ」
「ハッ。まこと目出度き門出にて・・」
「左近、わかっておろうな」
「は・・?」
 やっと北伊勢が一段落着いた所なのに、信長の言い方は妙に嫌なものを感じさせる。
「我らは南近江を通るのじゃ」
「それは重々承知しておりまするが・・」
「南近江の六角はそちの旧主であろうが」
「は・・それがなにか・・」
 やはり、きたぞ・・と一益は、分かっていることながら、あえて分からぬふりをしてみせた。



信長は足利義秋の名で、六角氏に手紙を出している。信長上洛の協力を要請したのだが、六角氏はそれには応ぜず、一戦交える覚悟で居城である観音寺城に立てこもっている。。
(あの六角義賢という男は、先の見えぬ男なのだ・・)
 六角家は家臣団が分裂し、すでに往年の勢いはなく、家中の統制もとれていはいない。飛ぶ鳥を落とす勢いの織田勢の敵ではないはずだ。
 一益自身も北伊勢がどうにか落ち着いたところであったし、今回の上洛戦では滝川家の出る幕はないだろうと思っていたのだが・・・。
「よいか、左近。こたびの上洛戦は今までの戦とは違う。この信長こそが天下に号令をかけるもの、天下を制するものであることを諸国に見せつける戦なのじゃ」
 天下を制するものは、建前からいくと足利将軍である足利義秋であるはずなのだが、信長は悪びれもせずに、それが自分だと言いきった。



(さすがは上様・・。このお方こそ、まことに天下を制するおかた・・)
 我こそは天下人である・・と言い切る信長に、一益は重い口を開いた。
「されば、上様もご承知のように六角義賢はすでに上様の敵ではありませぬ。されど、例え観音寺城を落として、六角勢を南近江から追い払ったとしても、尚も上様に抵抗してくると思われるのは・・」
「甲賀のものどもであろう」
「はい」
 一益は、何故今回岐阜に呼び出されたか、わかっている。
 甲賀衆が激しく抵抗してくることは明らかだったが、今はまだ、甲賀を攻める時ではない。優先されるべきは足利義秋の上洛である。京に入ってからの戦を考えても、本格的な甲賀攻めは先延ばしにしたい。
(幸い、甲賀は上洛の道筋から少し外れている・・)
 しかし放っておけば、信長の本隊の上洛を妨害してくるだろう。
 ここで、一益が甲賀衆を引き付けておきたいところであるが・・。



「恐れながら、甲賀衆は手ごわい相手。我らが伊勢から抑えるだけでは、いささか駒不足でござります」
「・・では、誰を使う?」
「六角家重臣の蒲生をお味方につけることができれば、南近江側からも甲賀を抑えることができましょう」
「その蒲生とやらが、簡単に我らに味方するか?」
「当主蒲生賢秀は恐るるにたりませぬ・・。しかしながら、その父親の蒲生定秀は一筋縄ではいかぬ相手にござりまする」
 蒲生定秀は、蒲生本家の叔父を毒殺して家督を奪い取った、戦国武将らしい戦国武将だ。すでに隠居しているとはいえ、臆病者の評判の高い息子の賢秀を飾りものに、蒲生家はもとより、主家の六角家をも操っている。
「こたびお味方となった神戸具盛・関盛信の両名に娘を嫁がせ、伊勢を抑えようとしていたことからも、その野望の強さが伺えましょう。それゆえ、蒲生家の縁戚である神戸具盛・関盛信の両名を使者に立て・・・」
 内応を促せばよい・・と言おうとして、一益は、あることに思い当たった



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 佐治新介が桑名に戻ると、すでに再度岐阜へ使者に出されていた津田秀重が帰ってきていた。
「まさか・・岐阜から公方さまの書状を持って来たというのでは?」
「いかにも。上様に拝謁し、公方さまから関盛信宛ての和睦の書状を携え、戻って参った」
 秀重が少し驚いてそう答えた。
「・・・そして、まさかその和睦の使者に神戸具盛を・・と?」
「何故それを存じておる?」
 義太夫が驚いて尋ねた。
「鶴どのがそう申しておったのじゃ」
 新介はいかにも面白くないという顔をしてそう答えた。
 義太夫は、エッと驚き、
「また鶴どのが現れたか?」
 新介はたまりかねて、押し黙っている一益を睨んだ。



「あの小癪な小童は何者でござりまする。あの目の光は只者ではない。殿が送り込んだ間者でござりましょう。わしと義太夫どのが争うておるのをお怒りになられた殿は、わしに灸を据えるつもりで、危ないと分かっている亀山城に使者に出されたのじゃ!」
 あの鶴という少年は、不自然なほどに織田家の内情に精通している。新介を助けた理由も釈然としない。
 これはもしや、一益が以前から送り込んでいた密偵ではないのだろうか・・と新介は亀山城を出てからずっと模索していたのだ。
「な、なに?あの鶴が我が家の間者?・・そ、それは真でござりまするか、殿」
 義太夫も驚いて一益を見た。
 一益は新介の顔を見ようともせず、何かを考えている。
 広間が静まり返ったそのとき、一益がふいに笑い出した。



「殿・・。それがしにまで間者のことを伏せておいでとは・・」
 義太夫が不満そうにそう言い出すと、一益は尚も笑いながら、
「新介よ。使者に行きたいと申したは、その方ではないか」
「は・・しかし・・」
「公方からの文を神戸蔵人が持っていけば、関盛信も和睦を嫌とは言わぬであろう」
「では、やはり、あの鶴とか申す小童は・・」
「詳しく話してみよ。小童はその方に何を申した?」
「は?・・・そ、それは・・」
 新介は渋々亀山城での出来事を語って聞かせた。義太夫も、秀重も驚いてその話を聞いている。



 一益ひとりは、ニヤニヤと笑って聞いていたが、新介が話し終えると、
「その方が間者と思うのも無理からぬこと。したが、あれは我が家の間者ではない」
「・・では、鶴は一体何者でござりまする?」
 皆、目を丸くして尋ねた。
 一益は楽しげに笑い、
「久しぶりに面白い奴が現れたのう。実に面白い奴じゃ。鶴と申す輩のことは木全彦一郎に探らせてある。皆、しばし待つがよい」
 新介はまだ納得いかない様子であったが、致し方ないというように一益を見、黙って頷いた。


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 鶴と呼ばれた少年は、城門に近づくと自らも用意していた馬に乗り、新介とともに城門を潜った。
(この小僧は一体・・)
 小首を傾げていると、しばらくして、はじめて少年が口を開いた。
「危のうござった。城内ではすでに貴殿を斬る用意が整うておりました」
「な、なんと申される?!」
「城を枕に討死する覚悟があるのは誠のことでござる」
 言われてみると、確かに城内の空気はただ事ではない殺気が漂っていた。
「・・では、何ゆえ貴公はそれがしを助けて下されたのじゃ」
「この上の織田どのとの戦さは意味なきこと。それゆえわしは、和睦を考えておりまする」
 どう見ても十三・四の少年なのだが、言うことが妙に大人びている。



(何者であろうか・・)
 新介は先ほどからこの少年の正体が気になっているのだが、名前を聞きそびれていた。
「したが、関盛信は大義名分がなければ織田どのに屈することはない。佐治どのがいかに命がけで説得しても徒労に終わりましょう」
「では・・一戦・・」
「いいえ。それは今の織田どのにもできぬ筈。我が家としても関家を潰すわけにはいかぬのでござる。されば・・」
 少年は眩しそうに天を見上げた。
 新介は少年をまじまじと観察しながら、義太夫が神戸城から帰ってきたときのことを思い出していた。
(確か・・妙な童がどうとかと申しておったな・・・まさか・・)
 ふいに少年がポンと手をうち、新介を振り返った。
「よい案が浮かびましたぞ」
「はっ・・」
 楽しそうに微笑む少年に、新介はすっかり圧倒されている。



「覚慶・・いや足利義秋どのが織田どのを頼って岐阜におられると聞き及んでおりまする」
「そ・・それをよくご存知で・・」
 暗殺された十三代将軍足利義輝の弟、義秋が信長を頼って岐阜に滞在しているという知らせがきたのは、つい先日であった。
 信長はその義秋を将軍の座につかせるために上洛しようとしているのだ。
「では、将軍家の名で、再度和睦の使者を送られよ。使者は・・・さよう・・先ごろ織田どのと縁を結ばれた神戸蔵人どのが良い。されば、関どのの面目も保たれ、一戦交えることなく和議と相なりましょう」
「な・・なるほど・・それは・・」
「その旨、一益どのにお伝えあれ。さ、この辺りで我らは城に戻らねばならぬ。佐治どの、いずれ又お目にかかることもありましょう」
 そう言うと、少年はさっさときびすを返して城へと戻っていってしまった。
(あれは・・一体誰であろうか・・・)
 新介は茫然と少年の後姿を見送った。



「佐治どの、いかがなされた?」
 ふいに木の陰から声がした。山村一郎太だ。
「一郎太・・。その方何ゆえに・・」
「関盛信には我らと一戦交える覚悟がある。それゆえ使者に立った佐治どのがお命とられるやもしれぬと、殿より佐治どのの警護を仰せつかってござりまする」
「では、そのほう、ずっと後を・・」
「はい。佐治どのが城に入る前から密かに付き従っておりました」
 一益は最初から関盛信が使者を斬るかもしれないと分かっていて新介を使者に出したのだ。
「知らぬは我のみか・・。では、あれは誰じゃ?」
「は?」
「あの鶴とか申す小童のことよ」
「はて・・。兎も角、ここは危のうござります。急ぎ城にお戻りくだされ」
 山村一郎太の言うとおりだ。あの少年が城に戻れば、追っ手がくるだろう。
「では義太夫どのに笑われる覚悟で城へ戻るか」
 新介は苦虫を噛み潰したような顔をして、馬を走らせた



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