はじめのい~っぽ 60'S

今日生きてるのは奇跡!
鬼籍入りまでの軌跡!

ブログのともだちへ  その1

2017年04月06日 05時11分40秒 | 日記

マサヒ様 おはようございます。 
丁寧な長文によるコメントに、お返事しなくてはと思いながら、数日たちました。
果たして自分の思いをまとめられるか不安です

私の感じ方や考え方の原風景は「親と過ごした農家の生活」です。
農作物の被害に敏感なのは、農を営む両親の姿を見て育ったことですし、

花が好きなのは、野良仕事の帰りに母が摘みとってきた花を、きれいだねと笑いあった生活が基礎にあります。

そして、「み~んな 一緒に 分かち合う」この思いは、結婚式の引き出物を食べるときです。

「甘いもの」の少ない時代、引き出物は幸せの形をして、家族は垂涎のまなざしで切り分けられるのを待っていました。
物差しで測ってなお「くじ引き」までして、各自へ分配されるのです。
幼い私にも、働き頭の父にも「平等に分け与えられた」長兄の計らい(もちろん母の思い)があったことが影響しています。

反面、沢山の愛された瞬間より、現状が思い通りに満たされないことを屁理屈に「ひがみ根性」バンバンな私をみずから育てました。
もっともらしい理由をつけて、努力を放棄し自己憐憫するのがとても上手くなりました。これはかなり年季が入ってます。

50年も前になりますが、思い出すと体のどこかに太い針をずぶりと刺した痛みとなっているのが大好きな母を悲しませたことです。
中学生の私に、初老になった母から「たんぼの仕事を手伝ってほしい」と頼まれたにも関わらず、「言いなりになるもんか」と知らん顔して返事をしなかったことです。
何回か母からの声掛けがあって結局は、不熱心に手伝をしたのですが・・・

当時の母の気持ちを思いやると、娘からダイレクトに拒絶された「ドギマギ感」とやりきれない悲しみを味あわせてしまったと後悔しています。


※「その2」を明日UPする予定ですので、本日のコメントに返信できないことをお伝えいたします。

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