酒田市民会館で1月8日に開かれた成人式。ホールを埋めた1000人近い若者たちの中に、スーツにネクタイ姿で車いすに座る渡部拓哉さん(20)の姿を見つけた。「おめでとう。かっこいいね」。私たちは、お祝いの言葉を掛けた。
<初めて見せた顔>
拓哉さんは2007年5月、16歳の時に交通事故に遭い、遷延性意識障害になった。私たちは連載の第2部「輪禍」で父の富也さん(49)、母の真美子さん(46)との療養生活を紹介した。
拓哉さんは、交通事故による遷延性意識障害者専用の医療施設、東北療護センター(仙台市太白区)に入所している。
式の開始を待つ拓哉さんの表情はこわばり、右手を固く握っていた。「こんな顔、初めて見た」と富也さんも驚く。中学時代に担任だった女性教諭が駆け寄ってきた時だけ、照れたような笑みを浮かべた。
式が終わっても、大人の門出を喜ぶ同級生たちの歓声がホールに響き渡っていた。「私たちにとって、拓哉は『永遠の16歳』ですけどね」。真美子さんが、少し寂しそうにつぶやいた。
その夜、富也さんから届いたメールに、私たちはショックを受けた。
<拓哉は自分が置かれている状態を再認識したのか、毛布で顔を隠し、声を掛けても反応してくれません。成人式は刺激が強すぎたのかな、と反省しています>
<試行錯誤の連続>
1週間後、私たちが仙台市泉区の渡部さん宅を訪ねると、拓哉さんが待っていた。両親は「医療や介護の環境が整っている」と期待して、酒田から仙台に移り住むことを決意。昨春、新居を構えた。
昨秋には在宅移行するはずだったが、ヘルパーの手配や介護計画の策定が遅れ、拓哉さんは今も東北療護センターにとどまっている。両親は在宅介護の練習のため、昨年11月からほぼ毎週末、拓哉さんを一時帰宅させているという。
「練習」は試行錯誤の連続だ。「拓哉の食事を作りすぎたりして、何かと無駄が多いです」。苦笑いする真美子さんに、富也さんが「無駄を積み重ねて、うまくいくものだから」と、合いの手を入れた。
両親と私たちの話に、拓哉さんは耳を澄ましているようだった。障害とともに生きなければならない拓哉さんの胸中を、私たちは十分に推し量れていただろうか。
記者が手を握ると、拓哉さんはなかなか手を離さなかった。そして、成人式の日にはなかった笑顔を見せた。
患者や家族とともに「いのちの地平」を進んできた私たちの歩みは、柔道練習中の事故による後遺症と闘う車谷侑子さん(21)=須賀川市=の20歳の誕生日に始まり、拓哉さんの20歳の旅立ちでひとまず終わった。
歩みを進めるにつれ、見えてきた風景がある。
一輪の花には、花を咲かせる大自然の美しさも表れている。同様に、一人の生は、その人が存在する社会のありようも映し出す。地平には、そんな風景が広がっていた。
政府の障がい者制度改革推進会議総合福祉部会は昨年8月、障害者自立支援法に代わる障害者総合福祉法(仮称)の制定に向けた提言をまとめた。結びに、1979年に国連総会で決議された国際障害者年行動計画の一文を引用している。
<ある社会が、その構成員のいくらかの人々を閉め出すような場合、それは弱く、もろい社会である>
私たちは今、この言葉をかみしめている。
(「いのちの地平」取材班=報道部・山野公寛、若林雅人、門田一徳、菊池春子、写真部・佐々木浩明)
河北新報 - (2012/02/11)









