ゴエモンのつぶやき

日頃思ったこと、世の中の矛盾を語ろう(*^_^*)

震災1カ月半後、中2で倒れ(その1) 障害 孤立抱え、前へ

2017年03月13日 02時21分17秒 | 障害者の自立

 一歩、また一歩。柔らかな冬の日差しが差し込む宮城県亘理町の自宅で、縣(あがた)翔さん(19)は前だけを見つめていた。毎朝、寝室から居間まで歩く。まひした右脚を動かすのは一苦労だ。たった5メートルの距離が遠い。祖母の鞠子(まりこ)信子さん(66)と伯母の和美さん(43)も一緒に歩を進めた。「すごい。昨日より頑張った」。信子さんに褒められて、翔さんの顔にゆっくりと笑みが広がる。

  東日本大震災の約1カ月半後、津波で浸水した自宅を改修して戻った。翔さんは当時中学2年の野球部員。赤いグラブを新たに買って、家の前でうれしそうにキャッチボールをしていた姿を和美さんは覚えている。気になることを言った。「俺の左手、親指と薬指がくっつかない」。その晩に翔さんは脳出血で倒れた。

 医師は「元々奇形の血管だったが、震災のストレスが脳出血の一因となった可能性がある」と説明した。翔さんは幼い頃から暗闇を極度に恐れたといい、一時避難した親戚宅では停電が1週間続いた。

 「ろうそくで夜過ごしてたので、真っ暗で、怖かったです」。右半身まひと重度の知的障害が残り、翔さんの言葉は途切れがちだ。

 被災3県と仙台市が、震災に起因する障害者として把握しているのは岩手8人、宮城79人、福島26人。だが、この人数は震災後に身体障害者手帳を取得した人を対象に、診断書の原因欄に「震災」や「天災」などと書かれていた人をカウントしたものに過ぎない。翔さんの診断書にその記載はない。また、精神障害者手帳や療育手帳の取得者は調査対象になっておらず、特にストレスで障害を負った人の把握は進んでいない。

 在宅介護を選んだ信子さんは約40年続けた特産のイチゴ作りをあきらめた。「同じ被災をしたのにね。ここいらじゃ、今はうちが一番大変。取り残されているなと思うよ」。被災地の復興が進む中、孤立感を抱えながら懸命に支え合ってきた一家の6年を見つめた。

毎日新聞   2017年3月12日

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