ゴエモンのつぶやき

日頃思ったこと、世の中の矛盾を語ろう(*^_^*)

知的障害のある人の生きる意味を考える

2017年08月09日 03時05分37秒 | 障害者の自立

zak女の雄叫び お題は「猛」》相模原事件から1年

 相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」を元施設職員、植松聖被告=殺人などの罪で起訴=が猛襲し、入所者19人が刺殺されるなどした事件から7月26日で1年がたった。「障害者は生きている意味がない」と語った植松被告の言葉は今も、関係者に重くのしかかる。私自身、この言葉について考え続けてきた。

 私は大阪の記者なので、この事件を直接取材したわけではない。現場に行ったこともないし、関係者に話を聞いたこともない。だが、偶然その時期、最重度知的障害で発語のない20代の長女と暮らす50代の母親に取材し、連載していた。

 長女は1歳のときに高熱で入院し、そのころから呼びかけへの反応がなくなったという。知的障害と診断され、母親は一緒に死のうと思い詰めた。長女を発達支援施設に送って家に帰ると、毎日膝を抱え、「私は母親として失格だ」と声を上げて泣いたという。

 パニックを起こすと長女は、ウォーという叫び声を上げて自分の頭をたたく。突然かみつかれ、歯形が残ったこともある。ただ、悩んでも、障害がなくなることはない。受け入れるしかないから、今はただ愛しい。自分と夫が死んだ後だけが心配…。そんな内容だった。

 連載を始めたのは事件が起こる前だった。母親は「私たちのことを知ってほしい」という願いを持っていた。障害者白書によると、知的障害のある人は全国に約74万1000人。だが私自身、当事者やその家族について、あまりよく知らなかった。

 

 相模原事件から1年をきっかけに先月、大阪府吹田市の障害者通所施設代表、西島愛子さん(73)を取材した。施設への通所者は西島さんの長女(45)を含め、重い知的障害を持つ10人。午前9時45分から午後3時まで、一人一人の状況に応じた機能訓練や小物作り、近所の公園を散歩したりしながら家庭的な雰囲気で過ごす。

 昼食はそれぞれペーストや刻み食にしたり、とろみをつけたりしたものを食べる。真夏と真冬以外は月に2回、豊能町の陶芸教室へ。障害が重いこともあり、自発的に陶芸に取り組む人はいないが、スタッフがそれぞれの手の上に土を載せ、土いじりを楽しむという。

 植松被告の「意思疎通できない人たちを刺した」との供述に対し、西島さんは「重い障害があっても感じています。話せなくても、言葉はあるんです」と強調した。「人に上下はないし、人は支え合って生きるもの。被告は、それをどうして見失ってしまったのか」とも話した。

 私は自分の人生を、死ぬまでの暇つぶしではないかと考えることがある。それでも今自分にできることを精いっぱいやり、できれば楽しく暮らしたいと思いながら、周囲の人に支えられて日々を過ごしている。障害のある人に生きている意味がないなら、私や植松被告にも生きている意味はないだろう。逆に、障害のある人たちが少しでも楽しみを持ちながら暮らす権利を、誰も奪うことなどできないのだ。(K)

ZAKZAK    2017.8.7

『ささやき』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 障害者が働ける牛舎新設 那... | トップ | 障害者スポーツへの関心を »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

障害者の自立」カテゴリの最新記事