ゴエモンのつぶやき

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「安くて親切」日本でMKタクシー神話作った在日韓国人企業家

2017年06月15日 01時08分54秒 | 障害者の自立

  日本で「タクシー業界の風雲児」と呼ばれた兪奉植(ユ・ボンシク、日本名・青木定雄)元MKグループ会長が8日、88歳で死去した。肺炎で入院中に息を引き取ったと日本メディアが報道した。慶尚南道南海(キョンサンナムド・ナムヘ)で生まれた兪元会長は1943年に兄とともに玄海灘を渡り京都に定着した。立命館大学を中退した後ガソリンスタンドを運営し、1960年にタクシー10台でミナミタクシーを始めた。77年に桂タクシーを買収合併して両社の頭文字を取ったMKタクシーを設立した。

  MKタクシーは「安くて親切なタクシー」の代名詞となった。タクシードライバーがあいさつをしなければ料金を取らないほどサービス精神が透徹した。障害者を優先乗車させる制度を初めて導入した会社もMKだった。何より一時「他社より10%安い」と強調したほど価格競争力が優れていた。これを基にしたMKタクシーの成功はテレビ番組などを通じ韓国に紹介されたりもした。在日同胞成功神話の象徴的人物の1人だった。95年には米時事週刊誌タイムから「世界最高のサービス企業」に選ばれている。

  労使関係も模範的だった。MKタクシーは過去に日本で横行していた「神風タクシー」を防ぐためドライバーの生活安定を重視した。業界で初めて社宅を作り、タクシー1台ごとに収益を独自に管理する経営システムを導入したと毎日新聞は伝えた。彼は2003年に韓国で開かれた講演の途中で「MKタクシーが成功したのは絶えず顧客サービスと社員の福祉向上のために努力した結果」として労使共存を強調したりもした。

  兪元会長は法廷争いまで行いながら当局の規制に立ち向かったことでも有名だ。82年に日本タクシー業界で続いていた「同一地域同一運賃」の規定を破り価格を引き下げたいとして訴訟に出た。オイルショックでタクシー代が上がり利用者が急速に減ったことで絞り出した苦肉の策だった。3年後に大阪地裁は兪元会長の手を上げたが、当局は控訴した。89年に双方が和解し争いは終わった。朝日新聞は兪元会長を「国と闘争した規制緩和の旗手」と評した。

  MKタクシーは京都を基点に東京や大阪など主要都市8カ所に進出し、米ロサンゼルスと中国・上海などにも事業を拡張した。兪元会長は2005年に長男の信明氏にMKグループの経営権を譲った。2001年から在日韓国人系列の近畿産業信用組合会長を務めたが、「世襲人事をしようとしている」との批判を受け2013年に退いた。2004年には韓国政府から国民勲章無窮花賞を受けた。

兪奉植元会長。米時事週刊誌タイムは95年にMKタクシーを「世界最高のサービス企業」に選定した。

2017年06月14日  [ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]

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