◇鴨川に10カ月
昨年3月の東京電力福島第1原発事故後、鴨川市太海の「県立青年の家」に集団避難していた福島県内の知的障害者のうち、最後まで残っていた「あぶくま更生園」(川内村)の44人が11日、職員13人とともに約10カ月滞在した青年の家を離れることになった。家族から遠く離れた集団避難生活はひとまずピリオドが打たれるが、元の施設に戻れるめどは立っておらず、今後も不安定な日々が続くことになりそうだ。
青年の家によると、37人は福島県田村市の仮設施設、7人は千葉県内の障害者施設で生活する。これまで、6施設の入所者279人と職員87人が避難。昨年11月以降、順次、福島へ戻っている。
「原発の事故直後は3週間近くもまったく連絡が取れず、途方に暮れたが、鴨川のみなさんには本当に感謝したい」と語るのは「あぶくま更生園」入所者の家族会会長、佐藤治さん(74)=福島県新地町。
宮城県境に近い佐藤さんの自宅は幸い無事だったが、家族会メンバーの大半は津波と原発事故で自宅を失い、散り散りとなった。更生園や家族会同士の連絡が取れない状態が続き、各地を転々とした園の集団避難についても情報が入らず、不安な日々を過ごしたという。集団避難先が鴨川の「青年の家」に決まっても、家族会の全員と連絡が取れるまで半年もかかった。
家族会メンバーは高齢者が多く、鴨川は福島から簡単に行ける距離ではない。「夏に家族会の二十数人がバスで青年の家を訪ね、親子水入らずの一夜を過ごしたことが一番の思い出」と佐藤さんはこの11カ月を振り返る。
田村市内の仮設施設への“帰郷”は実現したものの、原発から12キロしか離れていない川内村の更生園に入所者たちが戻る日は訪れるのか。見通しはまったく立っていない。
毎日新聞 2012年2月11日 地方版
昨年3月の東京電力福島第1原発事故後、鴨川市太海の「県立青年の家」に集団避難していた福島県内の知的障害者のうち、最後まで残っていた「あぶくま更生園」(川内村)の44人が11日、職員13人とともに約10カ月滞在した青年の家を離れることになった。家族から遠く離れた集団避難生活はひとまずピリオドが打たれるが、元の施設に戻れるめどは立っておらず、今後も不安定な日々が続くことになりそうだ。
青年の家によると、37人は福島県田村市の仮設施設、7人は千葉県内の障害者施設で生活する。これまで、6施設の入所者279人と職員87人が避難。昨年11月以降、順次、福島へ戻っている。
「原発の事故直後は3週間近くもまったく連絡が取れず、途方に暮れたが、鴨川のみなさんには本当に感謝したい」と語るのは「あぶくま更生園」入所者の家族会会長、佐藤治さん(74)=福島県新地町。
宮城県境に近い佐藤さんの自宅は幸い無事だったが、家族会メンバーの大半は津波と原発事故で自宅を失い、散り散りとなった。更生園や家族会同士の連絡が取れない状態が続き、各地を転々とした園の集団避難についても情報が入らず、不安な日々を過ごしたという。集団避難先が鴨川の「青年の家」に決まっても、家族会の全員と連絡が取れるまで半年もかかった。
家族会メンバーは高齢者が多く、鴨川は福島から簡単に行ける距離ではない。「夏に家族会の二十数人がバスで青年の家を訪ね、親子水入らずの一夜を過ごしたことが一番の思い出」と佐藤さんはこの11カ月を振り返る。
田村市内の仮設施設への“帰郷”は実現したものの、原発から12キロしか離れていない川内村の更生園に入所者たちが戻る日は訪れるのか。見通しはまったく立っていない。
毎日新聞 2012年2月11日 地方版









