ゴエモンのつぶやき

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被災者に声、進まない皇后さま 警察官もあきらめた

2017年07月16日 00時55分00秒 | 障害者の自立

 神戸市東灘区の市立本山第二小学校長だった岩本(いわもと)しず子さん(82)は、1995年1月下旬、市教委指導部長から電話を受けた。

 「さる方が1月31日にいらっしゃるのでよろしく」。岩本さんは「どなたですか」と尋ねたが、「今は言えない」という。

 それから私服の警察官が男女で頻繁に学校を訪れるようになった。2、3日前になり、「両陛下がおみえになる」と知らされた。

 同校は児童1100人余のうち4人が亡くなった。33年建築の伝統の本館と東校舎はひび割れて立ち入り禁止になった。利用できる西校舎には、避難してきた約200人のうち、お年寄りや障害者らが入り、それ以外の人々は校庭にテントを張って過ごしていた。

 1月31日午後、雪が降り出しそうな曇天の下、両陛下を乗せたバスが学校の南門に着いた。テントから出てきた避難者に加え、近所の人たちも詰めかけ、「立錐(りっすい)の余地もなかった」と岩本さんは振り返る。

 校庭で人と人の間にできた細い道を、当時の貝原俊民(かいはらとしたみ)兵庫県知事(故人)が天皇陛下を案内して歩き、2メートルほど後から皇后さまがついていく。

 岩本さんは両陛下の到着後に突然、「皇后さまは校長が案内してください」と言われた。皇后さまのすぐ後ろをついて歩いたが、皇后さまは赤ちゃんや高齢者を見つけるたびに近づいて声をかけるため、なかなか先に進まない。やがて天皇陛下が気づいて立ち止まり、後ろを振り向いて温かく見守っていた。

 皇后さまの写真集を持った人がいた。「寝るときに写真集を枕元に置いていたおかげで、頭の上に落ちてきた家財道具が写真集に当たり、命を守ってもらいました」と言い、「サインしてください」と頼んだ。皇后さまは「みなさんにしなきゃならなくなるので、ごめんなさいね」とさりげなく断っていた。

 護衛の警察官らしい人が岩本さんの耳元で「早く次にご案内してください」と何度もささやく。言われるままに岩本さんも「皇后さま、お時間がございますので」と促すが、皇后さまは声をかけるのをやめない。

 警察官もあきらめたのか、「皇后さまの思いに任せてください」と言った。それならばと、被災者の世話をしていた教職員やPTAの父母らのところへと案内した。

写真・図版 

阪神・淡路大震災発生翌朝の本山第二小学校。多くの被災者らが校庭で一夜を明かした=1995年1月18日、神戸市東灘区、朝日新聞社ヘリから

2017年7月15日      朝日新聞

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