ゴエモンのつぶやき

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相模原市 障害者殺傷事件の施設 初めて公開

2017年07月08日 03時06分34秒 | 障害者の自立

去年7月、相模原市の知的障害者施設で、入所者19人が殺害され、27人が重軽傷を負った事件からまもなく1年となるのを前に、現場となった施設が初めて報道陣に公開され、施設には、衣服をしまっていたタンスや、飾りつけが今も残されていて、犠牲になった人たちの暮らしの名残をかいま見ることができました。

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去年7月26日、相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者が次々に刃物で刺され、19人が殺害され、27人が重軽傷を負った事件では、元職員の植松聖被告(27)が逮捕され、ことし2月、殺人などの罪で起訴されています。

事件からまもなく1年となるのを前に、6日現場となった施設が初めて報道陣に公開されました。

施設は2階建てで、男女に分かれて生活する「ホーム」と呼ばれる8つの区画があり、当時、施設には150人余りが暮らしていましたが、事件のあと全員が別の施設などに移り、現在は閉鎖された状態になっています。

これまでの調べで、植松被告は、東棟1階の部屋の窓をハンマーで割って侵入したあと、職員を結束バンドで縛って動けなくするなどして、施設内を移動しながら、次々に入所者を襲っていったということです。

現在、部屋や廊下は清掃が行われ、事件の痕跡は残っていないほか、ベッドや家具、それに入所者の荷物なども片づけられていました。

それでも部屋に備え付けられたタンスには、「トレーナー」や「シャツ」などと書かれたシールが貼られたままのものもあり、入所者の洋服などがしまわれていたと見られます。

また、廊下の壁には、職員がつけたと見られるハート型の飾りつけの一部などが今も残っていて、犠牲になった人たちの暮らしの名残をかいま見ることができました。

植松被告は、現在、拘置所に勾留されていて、平成に入って最悪の犠牲となった事件は、裁判員裁判に向けて準備が進められています。

今も傷痕残る被害者

入所者の中には、事件で大きな傷を負い、今も苦しむ人もいます。

当時、西棟の2階、「いぶきホーム」にいた尾野一矢さん(44)です。

尾野さんは、同じ部屋で別の入所者と暮らしていたところ、2人とも襲われ、尾野さんは首や腹などを切られて一時、意識不明となりました。

同じ部屋の男性は亡くなりました。尾野さんは、その後、意識を回復し、今は別の施設で生活しています。

尾野さんの両親は、毎週、手作りの昼食を持って施設を訪れ、息子の回復を見守っています。

しかし、首や手には今も傷痕が残っていて、5日もてんかんの発作を起こしました。

父親の剛志さん(73)と、母親のチキ子さん(75)は、みずからも高齢のため、事件のあと体力が衰え、精神的にも不安定な息子の状況に不安が消えないといいます。

父親の剛志さんは、「息子の心の中に事件の何かが残っているような感じがして切ないです。事件のことを考えると、本当につらいです」と話していました。

また、母親のチキ子さんは、事件からまもなく1年となることについて、「ずっと息子がどうしたらよくなってくれるのか、そればかり考えてきました。まだ、全く安心できないです」と話していました。

生活が一変 不安定な状態続く男性も

今回の事件で負傷はしなかったものの、事件の影響で生活が一変し、不安定な状態が続いている入所者もいます。

当時、西棟の1階、「みのりホーム」にいた中塚憲仁さん(47)です。

このホームでは7人が襲われましたが、中塚さんの部屋は侵入されず、被害を免れました。父親の清さん(75)は、当時、連絡を受けて、施設に駆けつけ、施設内の食堂に避難していた息子に会うことができました。

清さんは、そのときの混乱した施設の様子は今も忘れられないといいます。

清さんは「みんな家族の安否を確認していて、泣いている親もいれば、パニック状態になっている親もいて、大変な状況でした」と話していました。

事件のあと中塚さんは、ほかの部屋に移る場所がなく、しばらくの間、元の部屋で生活していました。

今は別の施設に移りましたが、父親から見て、息子は今も落ち着かず、不安定な状態が続いていると感じるといいます。

清さんは「息子たちはもちろんのこと、親もいろいろなことで大変な思いをしていて、全員が被害者で、決して許せないです。もう元に戻すことはできませんが、早く以前のようにみんなで暮らせる場所を作ってほしいです」と話していました。

施設内での被告の行動

施設内での被告の行動
 

植松聖被告(27)は、去年7月26日の午前1時半すぎ、施設近くに車で乗りつけました。車からバッグを取り出し、歩いて施設に向かう様子が近くに設置されていた防犯カメラに残っていました。

(侵入)
捜査関係者への取材や起訴状などによりますと、植松被告は、施設の東側に回り込み、鍵のかかっていなかった通用口の門を開けて、駐車場を横切り、建物に近づいたということです。施設は2階建てで、男女に分かれて生活する「ホーム」と呼ばれる8つの区画があり、当時、入所者150人余りが暮らしていました。

(はなホーム)
植松被告が最初に侵入したのは、東棟1階にある女性ばかりが暮らしていた「はなホーム」です。部屋の窓ガラスをハンマーで割って侵入し、部屋にいた入所者の女性が殺害されました。植松被告は、その後、しばらく隠れていましたが、夜勤の職員が来たところ、刃物を持って「騒いだら殺す」などと脅したといいます。そして結束バンドで職員の手首を縛って連れ回し、入所者が寝ている部屋の前で意思の疎通ができる入所者かどうか確認し、次々に襲いかかったということです。このホームでは、合わせて5人が殺害されました。さらに、身動きができないように職員を廊下の手すりに縛りつけ、ホームごとに区切られているドアを開けるための鍵を奪ったということです。

(にじホーム)
次に隣接する東棟1階の「にじホーム」に侵入します。ここでも別の職員が拘束され、入所者5人が殺害されました。

(つばさホーム)
施設の敷地内に入ってから30分余り。植松被告は廊下を通って東棟から西棟に移動します。この様子は、設置されていた防犯カメラに写っていました。そして西棟1階の「つばさホーム」に侵入、2人が殺害されました。

(みのりホーム)
さらに隣接する「みのりホーム」に移動します。ここでも職員の男性に刃物を突きつけ、「早くしろ、こっちに来い」などと脅し、結束バンドで縛って連れ回しました。一命はとりとめましたが、7人が襲われました。

(いぶきホーム)
そして西棟2階にある「いぶきホーム」に階段を使って移動しました。ここでは4人が殺害されました。

(すばるホーム)
そして、6つの目の「すばるホーム」では、3人が殺害されました。しかし、ここでは、職員が部屋に逃げ込んだことで、その後の被害を免れました。植松被告は、職員が逃げ込んだ部屋のドアを開けようとしましたが開けられませんでした。「警察に通報されてしまうと思った」と供述している植松被告は、残り2つのホームへの侵入を諦め、施設正面にある管理棟の通用口から逃走したと見られています。植松被告は、1時間余りの間に入所者と職員合わせて46人を次々に襲い、19人が殺害され、27人が重軽傷を負いました。
 
7月6日    NHK
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