ゴエモンのつぶやき

日頃思ったこと、世の中の矛盾を語ろう(*^_^*)

<いのちの響き> 18歳の門出を前に(上)

2017年02月24日 02時30分03秒 | 障害者の自立

 二月十八日のお昼前、津市の障害者施設ぴーす。「もうすぐ、楽しみのご飯やなあ」。代表の太田真美さん(44)が話しながら、右手の人さし指と中指を口元で上下させた。ご飯を意味する手話だ。笑顔を向けた先には長男の励夢(れん)さん(18)がいる。

 身長一八二センチの励夢さんは、食べることが大好き。他の十人の子どもたちが静かに絵本を読んだり、職員とじゃれ合ったりする中、間もなく始まる昼食が気になって、立ったり座ったりして台所をのぞき込む。

 この日のおかずは、鶏肉のから揚げと春巻き。急いで食べてむせないように、細かくしてある。食べ始めて五分余り。励夢さんのおわんはもう空っぽだ。「この子の食事はいつも一瞬なんです」。太田さんはほほ笑む。

 順調に育っていると思われていた励夢さんだが、全く耳が聞こえないと分かったのは二歳の時。名を呼ぶと振り返ったこともあり、それまで気付かれなかった。ろう学校の乳幼児教室に週に一回通い始めると、今度は泣き叫んでその場にいることが難しかった。知的障害を伴う自閉症とも診断された。

 「これはテレビドラマか、何かやろ」。太田さんは事実を直視できなかった。食事はのどを通らず、夜は眠れない。知人にも相談できず、その代わりに詩にしたためた。「何故(なぜ) 息子の聴力を奪ったのですか 何故 自閉症という障害まで持たせたのですか」

 そんな親の心配をよそに、励夢さんはゆっくりと成長した。

 物心が付くころになると、家から外に出たがった。太田さんのバッグを持つのが、「外に行きたい」という意思の表れ。太田さんは励夢さんと一歳下の妹を、公園やスーパーなど、どこにでも連れて行った。でもすぐに帰りたがるため、公園のはしごが日課になった。

 六歳で入学したろう学校では、担任の男性教諭が粘り強くコミュニケーションの仕方を教えてくれた。一年生の終わりごろには、おじぎをして「さようなら」、胸の前で両手をたたいて「ちょうだい」ができるようになった。初めて獲得した“言葉”に、家族みんなで喜んだ。

 そのうち、家族四人で行くファミリーレストランが大好きに。ハンバーグが好物で、ファミレスに来たうれしさから、つい大きな声を出してしまうことがある。周囲の客は驚いて、こちらをうかがう視線を投げかけるが、「元気のいい子ですね」と声を掛けてくる女性店員の言葉に勇気をもらった。

 中学からは特別支援学校に通学している。疲れが出てくる週の半ば以降は、学校のカバンを押し入れに隠して、行きたくないと自己主張。太田さんが支援学校のバス停まで、涙目の励夢さんを引っ張っていく。でもバスが来ると、けろっとした表情で乗り込むのだ。「性格は素直。ほんとにかわいい」と太田さん。

 両親はこれまで、励夢さんが自分自身で身の回りのことをできるようになってほしいと願ってきた。日々の繰り返しで、食事とトイレは可能に。風呂は、体の洗い残しがまだ出てしまうので少し手を貸す。すべての服の右側にボタンを縫い付け、表裏と前後が分かるようにしてあり、服を着られるよう練習中だ。

 2017年2月23日     中日新聞

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