ゴエモンのつぶやき

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クレア・カニンガムが教える、変革すべき「障がい」のある社会

2017年02月24日 02時59分05秒 | 障害者の自立

クレア・カニンガムは、松葉杖との応答を通じ、「障がい者」とされる自身の身体の可能性を探り続けているスコットランドの振付家、ダンサーだ。

いわゆる「障がい者」と「健常者」の境界線は、それほど自明ではない。たとえば、人は老化によって、誰でも何らかの不自由さを抱える可能性がある。この社会にはもとから、さまざまな人間が存在している。だからこそカニンガムは、「障がいを持つ人を特別なものとして考えないことは、自分の将来への投資にもなる」と語るのだ。

2012年の『ロンドン五輪』においては、障がいを持つアーティストを支援するプログラム『アンリミテッド』に参加するなど、本国でも注目を浴びる彼女。今回は、そんなカニンガムが日本に招聘され、「障がい」や「他者への共感」をテーマとした『Give Me a Reason to Live』を上演したことを機に、ダンスとの出会いや、障がいに関する思考を訊くことができた。インタビューは、冒頭から発せられた彼女の問題提起をきっかけに、表現論を超え、広くマイノリティーへの社会の認識を問うものになった。彼女の目指す未来像とは一体?

障がいを特別だと捉えるのではなく、社会の問題と考えることは、自分の将来への投資にもなるんです。

―はじめに、クレアさんのお身体について聞かせてください。

クレア:やはり、どの国に行っても最初にその質問をされますよね(笑)。そうした質問にどう答えるか、いつも考えさせられるのですが……。私は生まれたときから骨粗鬆症で、骨が人より脆いため、松葉杖を使った生活をしています。

しかし、今、こうして私の身体についてお話ししながらも、私は自分の身体の医学的な状況について、人に説明する必要はないとも思っているんです。なぜなら、それは生活の上ではあまり重要ではないことですから。

 ―重要ではない、というのは?

クレア:私のまわりにもさまざまな障がいのある人々がいますが、私自身、彼らがどんな病状なのかはくわしく知らないんです。だけど、「段差では支えが必要」とか「言葉が話せないから手話通訳が必要」というニーズは把握しているし、生活にはそれで十分。なので、障がい者についてまず知らなくてはいけないのは、病状ではなく、「何を必要としているか」だと思っています。

―医学的な情報ではなく、具体的なニーズを知ることが重要。なるほど。

クレア:とはいえ、その人がどのような障がいを持っているかという問いが出るのは自然ですし、私は公の場に立つことを選んだ人間として、医学的な情報もみんなと共有したいと思っています。そのふたつの気持ちの間で、つねに揺れているんですよね。今ではこうして堂々と話すことができていますが、やはり昔は自分の身体をネガティブに思うこともありました。

―今回の公演『Give Me a Reason to Live』のトレーラー映像でも、「『障がいは治療すべき』とする社会の影響を受けてきて、『障がいは間違い』と自分でも思うようになっていた」とお話しされていますね。

クレア:若いころはそうでした。そこで重要なのは、そうしたネガディブな気持ちがもともと自分の中にあったわけではなく、社会や障がいを持たない人の中にある、障がいへのネガティブな気持ちを、自分自身に投影していたということです。個人の主観にも、じつは大多数の人の考え方が投影されてしまっていたんですね。

クレア:たとえば、多くの人は障がい者にあまり期待をしませんよね。「障がいがあるから舞台には立たないだろう」「雑誌には載らないだろう」という認識の社会にいると、障がいを持っている本人にもその気持ちが伝染する。

障害学に「障がいの社会モデル」という考え方があるんです。私はこの考えに強い影響を受けたのですが、そこでは「障がいは社会が作り出すものだ」という捉え方をします。一方、それと対照的な考え方は「医学モデル」と呼ばれます。

―恥ずかしながら、僕も今回の取材に当たって、はじめて「社会モデル」と「医学モデル」という言葉を知りました。簡単に言うと、「医学モデル」は障がいのある人が「できないこと」に目を向けて、障がいを個人的な問題と考える。一方で「社会モデル」は、人に多様性があるのは当然で、それを包摂できない社会の側に障がいがあると考えるということですよね。

クレア:そうです。車椅子の人が段差を越えられないとき、この段差を社会的な障がいと考えることができれば、その障壁は変えたり、排除したりすることができますよね。このような考え方は、世界のいろんな場所で、徐々に広まってきています。

でも、そのためには今までの社会通念的な考え方を180度変えなくちゃいけないので、変化にはすごく時間がかかる。メディアがいまだに、「理想的な身体」を発信し続けているのも、大きな問題だと思います。

―そうですね。

クレア:社会の価値観が標準化されると、その中に入れない人は評価から外れてしまい、どんどん周辺に追いやられてしまいますが、それは見直さなければならないと思います。

実際、障がいというのは、歳を重ねる中で誰にでも生じる得るものです。よほどラッキーでなければ、普通は加齢とともに耳や目が悪くなったり、物覚えが悪くなったりしますよね。

―誰でも、いずれは不自由さを抱える場面が出てきますね。

クレア:あるいは、精神的な困難を抱えることもあるでしょう。だから、障がいを特別だと捉えるのではなく、社会の問題と考えることは、自分の将来への投資にもなるんです。

みんなで同じダンスをすることは、まるで面白いと思わない。

―若いころは悩まれたこともあったということでしたが、クレアさんが自身の身体を肯定し、ダンスを始められたきっかけは何だったのでしょうか?

クレア:明確にひとつのきっかけがあったわけではないですが、やはり「社会モデル」という考え方を知ったことが大きかったですね。もうひとつ、ジェス・カーティスという振付師にダンスのトレーニングを受けたことも大きかった。

私は日常生活で、杖にお尻を乗せて椅子のように使ったり、信号待ちをしながら足を離してぶら下がって遊んだりするんです。そしたら、私のそんな行動を見て、ジェスに「その動きは面白いし、普通じゃないよ」と言われて(笑)。振付家として、私の動きを面白がって見てくれたんですね。

―一般的に、松葉杖を使っている人の行為を「面白い」「普通じゃない」と言うことは、躊躇するものだと思うのですが……。

クレア:パフォーマンスの現場では、いわゆる普通の社会的な状況とは違い、振付家がある行為を素直に「面白い」と言うことは日常的にあるんです。それに、ジェスの振り付けの方法論も、従来のダンスのように誰かの動きを真似るものではなく、その人自身から生み出される動きが一番正しいという発想のものでした。私も、みんなで同じダンスをすることは、まるで面白いと思わない。美的にもモラル的にも、そうではないものを求めています。

―パフォーマンスという場所が、人と異なる部分を強みにしたんですね。

クレア:その気づきをさらに進めたのは、ビル・シャノンという、障がいを持ったアメリカのパフォーマーとの出会いでした。ビルは、杖を使ってダンスをするんですが、彼の身体でしかできないものだったんです。それを見て、「こんな風に自分の身体を捉えることができるんだ」と、自分の身体に対する考え方がますます変わりました。

 私は当時、シンガーを目指していたのですが、ビルのダンスを見たことで、2005年から本格的にダンスを始めました。重要だったのは、ビルが「杖を使って踊れる」という良いロールモデルになってくれたことです。というのも、これまではそんなモデルをメディアの中で見たことがなかったから。人はロールモデルと出会うことで、初めて自分でもイメージが持てるんです。

 

―ビルさんも、クレアさんと同じ松葉杖を使ったパフォーマンスなんですか?

クレア:私は肘で支える「エルボークラッチ」を使っていますが、彼は脇に挟んで支える「ショルダークラッチ」を使っています。面白いのは、彼のバックグラウンドには、ヒップホップやスケートボード文化があることです。

そうした文化では、動きに技のような名前をつけますよね。それと同じように、彼も杖を使うダンスのボキャブラリーを開発していった。それに触れながら、私も独自の動きを自分の杖の周囲から作り出そうと思ったんです。

―たしかにスケボー文化は、ものや環境とのやりとりによって発展しますね。

クレア:ものの機能性も使いますしね。私も数々の動きを定義づけて、カタログ化していったわけです。

若いころは杖をついていることではない部分で、注目されたい欲求が強かった。

―ちなみにシンガーとしては、どのような表現をされていたんでしょうか?

クレア:14歳から歌を習っていて、大学では古典的な西洋の歌の訓練を受けていました。テクニックがすごくかっちりしていて、コントロールされた世界。でも、自分のものでしかない声で歌うということは、私にとって個人的な表現でした。

よく考えると、私は自分を唯一無二のものとして表現することに、ずっと興味を持ってきたんです。若いころは、杖をついていることではない部分で注目されたい欲求が強かったのですが、歳をとると自分の身体が生み出すクオリティーそのものが面白いと思えるようになりましたね。

―自分が今持っているものを使って何ができるのか、と。

クレア:ええ。パフォーマンスを始めたとき、人に見られることがカギだと思いました。普段の生活で人に見られるときは、自分でそのイメージをコントロールできないですよね。でも、舞台に立つと、お客さんに「私を見てもいいですよ」と許可を与えることができ、自分がどう見られるのか、見てほしいのかを、自分でコントロールできるわけです。

鑑賞者の目のレンズを自分で変え、演者と鑑賞者の間の物語を変えることができることが、すごく興味深かった。実際、今も自分の作品は、かならず何度も見返すんです。その中で自分はどうあったか、障がいがネガティブなものとして描かれていないかを見直して、強化して次の作品に生かしています。

―コントロールされた歌の世界から、自身のユニークさを生かした表現に舵を切ったと聞くと、そのふたつを単純に対立したものと考えてしまいがちだと思います。しかしクレアさんの場合、ユニークさをコントロールしているという点が面白いですね。

クレア:まったくその通りです。たとえば、今回の初来日で上演した『Give Me a Reason To Live』という作品の中で、床から強い力で立ち上がるシーンがある。その場面は下手をすると、人に「かわいそう」という感情を与え、その行為をネガティブな「格闘(struggle)」のように写らせてしまいます。でも、私はその力を「努力(effort)」と呼んでいて、観客にも同じ見方をしてもらうため、作品のフレームや文脈をコントロールするんです。

マイノリティー自身も、自分が価値を持っていることや助けが必要なことを、積極的に証明して見せないといけない。

―今回の来日で上演された『Give Me a Reason To Live』は、15~16世紀の画家、ヒエロニムス・ボス(ルネサンス期のネーデルラントの画家)が描いた、障がいを持った物乞いのスケッチから刺激を受けたそうですね。

クレア:5人のアーティストが呼ばれ、ボスの作品について何かを作るというプロジェクトがもとになっているのですが、最初に専門家が見せてくれた絵のひとつが、そのスケッチでした。

その当時、障がいを持つ人は、物乞いになるか、吟遊詩人になるかという二択だったそうです。興味深かったのは、その専門家が「ボスの絵に登場するものはすべて何かの象徴であり、物乞いは罪や強欲の象徴だろう」と解説してくれたことでした。

 ―現代の感覚からすると、ギョッとするような認識です。

クレア:そうですね。ただ、私が住むイギリス周辺の状況を冷静に見てみると、そうした物乞いや障がいを持つ人へのふさわしくない認識が、約500年を経た今、再び戻ってきているんじゃないかと思うんです。「自分では働かないのに、不当にお金を得ている」という認識を、現代の人々もしていやしないかと。

というのも、日本の状況はよくわかりませんが、イギリスは今、経済危機と言われていて、財政がひっ迫しているので、政府も社会的にも、お金をできるだけ使うなという雰囲気がある。すると、社会全体に恐怖感が広がるわけですが、そこでまず槍玉にあげられるのはマイノリティーなわけです。

―昨年のBrexitの問題でも、弱い立場の難民が非難の的となりました。しかし、それはイギリスだけではなくて、日本も含めた世界的な動向のように思います。

クレア:今回の作品では、そんな状況が再び起きるのはなぜなのか、そのサイクルを壊して彼らをケアするにはどうすればいいのか、ということを問いたかったんです。自分とは異質な存在に対する共感を生み出すためには、どうしたらいいのだろうかと。

それに不安定な社会の中では、マイノリティー自身も、自分が価値を持った人間であることや助けが必要な人間であることを、積極的に証明して見せないといけないと思います。

―反対に、サポートをする側にも葛藤があるように思います。人によって気持ちにグラデーションがあり、力になりたいとは思っても、具体的な一歩が踏み出せないことがある。

クレア:今回の作品の制作過程を、ロンドンのナショナルギャラリーのボスの展示室で上演したとき、私が立ち上がろうとしている姿を見て、客席から「大丈夫?」と声をかけてくれた観客がいました。注目を浴びたら恥ずかしいという気持ちもあったはずですが、それを超えて言葉が出たことに、私は感動したんです。そんな風に「聞くこと(asking)」は、サポートを受ける側には何の問題もないことですし、何より重要なことだと思います。

問題なのは、相手が何も発していないのに、「この人はこうだ」と予測してしまうこと。たとえば、「あの人は車椅子に乗っているから、階段の上に会場があるこのパーティーには呼べない」と決めつけるのではなく、とにかく一度聞いてみてほしい。難しい状況があれば、別な方法を考えればいいだけですから。

 

―たしかにその一歩がなければ、次の可能性も探れないですね。

クレア:そうですね。そこから生まれる会話が大切です。でも、障がいを持っている人にあまり会ったことがなければ、話しかけるのを躊躇するのは当然でしょう。3年前、宗教と障がいをテーマにした作品を作ったのですが、周囲には特定の宗教を信じている知り合いがいませんでした。

そこで、キリスト教や仏教、イスラム教などの信者たちに話を聞きに会いに行ったのですが、話してみると、私が彼らに対してどんな言葉をかけたらいいのか迷っていた一方、彼らも障がいを持つ私にどう接したらいいのか、怖がっていたことがわかったんです(笑)。関わることを恐れれば、同じ枠組みがずっと続くだけで、何も変わることはできません。

『ロンドンパラリンピック』の開会式では、社会の中に障がいを持つ人々の存在が明確になった。

―クレアさんは2012年の『ロンドン五輪』で、障がいを持つアーティストを支援する文化プログラム『アンリミテッド』に参加されました。東京もオリンピックを控えていますが、オリンピックやパラリンピックを通して起こった変化、望まれる変化とは何でしょうか?

クレア:イギリスでは、芸術分野だけでなく、障がいを持つ人々が権利獲得のために意見を発信してきた長年の歴史があります。それを通じ、芸術の分野では、1980~1990年代にかけて、障がい者によるダンスや演劇のカンパニーが多く立ち上がり、助成金を得たり、関連事業が生まれたりしたんです。

その積み重ねの上で、『ロンドンパラリンピック』の開会式では、障がいを持つアーティストが演出を行い、障がいを持つパフォーマーたちが数多く参加し、彼らにスポットライトが当たりました。社会の中にそういう存在がいると明確になったこと、それが一番の変化だったと思います。

―大きな表舞台に立つ機会があったことが、社会の認識を変えるチャンスになった。

クレア:障がい者にも成功があるということ、その家族がいること、社会にも彼らの活躍を見たいという人々がいるということ――そうした「当たり前」を、社会のステップを少しずつでも進めながら作っていかなければなりません。

メディアで、障がいを持つ人の活躍が普通に見られるようになれば、それは誰かの良いロールモデルになるし、次世代の子どもたちにとっては自然な状況になる。そうした社会を、世界のあらゆる場所に作っていかなければならないですし、私も自分の表現を通して、それに関わっていきたいです。

CINRA.NET(シンラドットネット)    2017/02/22

 

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