2:なぜ御霊による一致が大切か
一つ目の理由として、御霊の一致は主に望まれていることだからということがあげられます。主に望まれているならば、私達も前向きにそれを追求していくべきです。
救われて神の招きに応答した者は、神に望まれている姿に変えられていこうとする姿勢、ふさわしくあろうとする思いが大切です。「召されたあなたがたは、その召しにふさわしく歩みなさい。」(エペソ4:1)招きを受け入れる事が最終地点でなく、永遠の観点を持って「キリストにあずかる者」(へブル3:14)となるために、どのような歩みをするべきか神の御心を追及し続けることが大切です。神の招きにふさわしく歩もうと願う献身の思いと決断を持つとき、御霊の一致は、御霊ご自身によって導かれていくのです。
次に、その大切さとして、周りの人が私たちをキリストの弟子と認めるため、と周りの人々へ主の栄光を現す生き方においても愛にもとづいた御霊の一致が求められています。この世における人間的な違いや感情による対処を超えて、神の子たちこそが持つことのできる信仰による御霊の一致は、力強い証となっていくのです。
「もしあなたがたの互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。」ヨハネ13:35
さらに、御霊の一致が大切な理由として、様々な違いが豊かに生かされ、みなの益となっていくため、ということがあげられます。主にお仕えする際、賜物についての理解と扱いが大切になってきますが、みなの益となるために、おのおのに御霊の現われが与えられている(Iコリント12:7)という、違いには目的があることを理解するべきです。
この前の聖句では、御霊の賜物には様々な種類があるが、御霊は同じ御霊であり、また様々な奉仕や働きもあるが、すべての人の中ですべての働きをなさる同じ神であることが述べられています(4−6節)。同じ御霊から生み出された、賜物を含め「違い」は、みなの益となるため(7節)、各部分がいたわりあうため(22−25節)、共に苦しみ、共に喜ぶために(26節)あるもので、それらの違いを通して豊かさが生み出されていくのです。キリストの体としてみなの益となっていくために、違いを尊び一致を求めるのです。
「しかし、私たちはひとりひとり、キリストの賜物の量りに従って恵みを与えられました。。。。。それは聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせ、キリストのからだを建て上げるためであり、ついに、私たちがみな、信仰の一致と神の御子に関する知識の一致とに達し、完全に大人になって、キリストの満ち満ちた身たけにまで達するためです。。。キリストによって、からだ全体は、一つ一つの部分がその力量にふさわしく働く力により、また、備えられたあらゆる結び目によって、しっかりと組み合わされ、結び合わされ、成長して、愛のうちに建てられるのです。」(エペソ4:7−16)
ここで比重を重く注目する点は「違い」ではなく、神の子それぞれに与えられている「同じ御霊」であるべきです。愛と配慮をもって違いや多様性に向き合うとき、それは互いの益となるために生かし合えるべきものであると同時に、主キリストによってもたらされている同じ御霊に焦点を注ぐ時、一致して、主のために生き、お仕えしていくことを、主ご自身が望まれていることでしょう。一致してクリスチャンたちが共に主に仕えるとき、捧げたものがさらに大きな力となって生み出されていくのです。
3へ続く。