散歩から探検へ~政治を動かすもの

自己認識の学・永井陽之助の政治学を支柱に、自由人による主体的浮動層の形成を目指し、政治状況の認識・評価・態度を語ります。

「お城のサンマ」になった戦後70年の安倍首相談話~小骨も脂身もない

2015年08月15日 | 歴史/戦後日本
報道によれば、安倍首相は談話の発表に先だち、父親の墓参りを行い、記者団に「平和の道を歩み、豊かな誇りある日本を作ると誓った」と述べた。もちろん、これは言ったとしても“独り言”であり、個人の私的な発言に過ぎない。しかし、その独り言が、談話にまで繋がっているような奇妙な違和感が残った。

その談話は、どこに区切りがあり、何がポイントか、分かり難い構成をとっていた。それでいて、キーワードと云われていた過去の首相の発言、「侵略」、「植民地支配」、「痛切な反省」、「お詫び」は全て入っており、また、「歴代内閣の立場は揺るぎない」との表現も加えられている。

しかし、今回の談話は結局、「お城のサンマ」になってしまった。
落語「目黒の秋刀魚」では、殿様が欲した焼きたての脂の乗った秋刀魚に対して、家来達が身をほぐし、小骨を取り、脂身も除いて、旨くもなく、生身の形も無いものを出した。形だけが整った「お城のサンマ」は、全く不味いものだった。

談話は何ともソツがなくまとまっている。戦勝国の寛大さに感謝もしており、米国には歓迎され、中韓台からは正面から文句がでる文章ではない。
しかし、文章は長く、冗長だ。戦後50年「村山談話」、戦後60年「小泉談話」と比べて、2.5倍以上の長さになるだろう。表現は多少の変化はあっても、基本的に立場を継承している以上は、内容に変化があるわけではない。従って、筆者には訴求する部分もない。

安倍首相は、「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。」との部分を新たに強調したかったとの説がある。

しかし、そうであるなら、「歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。」に「村山段及び小泉談話を継承します。」とのコメントを発表し、十年刻みの「談話」を取りやめにする方法も取れたはずだ。

しかし、それができないとすれば、「自ら蒔いた種」の尻ぬぐいをしただけになる。戦後世代は第二次大戦に対して何も責任はない。それを謝罪し続けているならば、戦争世代が自らの後始末の責任を果たしていいないだけなのだ。


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