散歩から探検へ~政治を動かすもの

自己認識の学・永井陽之助の政治学を支柱に、自由人による主体的浮動層の形成を目指し、政治状況の認識・評価・態度を語ります。

小池百合子は「スイミー」になり損なった~ブームは遠のく?

2017年10月04日 | 政治理論
『スイミー』はご存じの絵本、レオ・レオニ作、谷川俊太郎訳(好学社)、小さな魚たちが集まり、大きな魚に見せかけて、大きな魚を追い払う話である。そこから少し前の時点で、小池百合子・希望の党代表を“スイミー?”かと考えるのも自然の発想だろう。しかし、氏にその器量も、度量もなかったようだ。
 
 かつて本ブログで橋下徹大阪市長を『スイミーモデル』に仕立てた。
 『スイミーとしての橋本徹』(1)、(2)、(3) (2002/2/12、2/14,3/5) 
 
このモデルのポイントは「集合・指向・同時」だ。即ち、「同じ領域に集まり、同じ方向を目指し、同時に行動する」ことである。

民進党の前原代表の接近に対してそれを受け、集合が成り立ったかに見えたが、“排除の論理”によって、リベラル派を外し、立憲民主党の設立を招いた。中途半端な集合にならざるを得なかった。

当然、候補者を予定通り確定することができず、ようやく2日遅れで第一次候補を決めただけであり、同時性も損ねた。

では、一つの方向へ向いているのか?これも協約書の提出という机上の一致だけであって、同一行動をとるという意味での方向性には至っていない。

更に、お膝元の「都民ファーストの会」から、おときた、上田両議員の離反劇を観るはめになってしまった。

最後の投票結果を待つまでは、この悲喜劇の行方は判らないが、自公勢力を揺るがすほどの脅威を与えることには失敗したようだ。

     


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