古代日本史への情熱

記・紀・源氏は魏志倭人伝の奇跡的で運命的な間違い方(逆など)の構造どおりに記述されている。倭人伝にあるのは現代史と未来史

香椎宮と箸墓の意味は同一ではないか。

2016年12月10日 11時32分42秒 | Weblog
箸墓の名称の「箸」は「愛しき(はしき)」から「き」を抜いたものと考えています。
http://blog.goo.ne.jp/go-hot-ai2395/e/acdcaaf8e59b71f95c2cc07616ac7218
箸墓に葬られたのは誰か、出雲大社に祀られているのは誰か。箸墓の名前の由来
《「夫(を)と兄(いろえ)といづれか愛(は)しき」》

そこで香椎宮なのですがもともとは「香椎廟」とされていました。
ともかく「かしひ」としますと、
《KHA・SHI・HI》と表記できます。
それから、初めの「K」を最後の「HI」の前に移動すると
《かしひ、KHA・SHI・HI》は《はしき、HA ・SHI・KHI》に変化します。
香椎宮(香椎廟)は「愛しき墓」になります。

「K」の抜き差しについては、今までやってきました。
「隋書倭国伝」に登場する「阿蘇・山」は「アスカ・ヤマ」のことで、中国人には「アスカ」の「カ」が聞き取れなかったものとしました。
確かに「アスカ」の「カ」と「カシヒ」の「カ」の発音は違うようです。
「アスカ」の「カ」の発音で「カシヒ」の「カ」の発音は、私にはできません。
ただ、日本人にとっては、この発音の違いは意味の違いには導かれませんので、同じ「カ」で表記されてしまいます。
民族によっては区別されるようです。そこで表記も違っている場合もあるようです。(私はあまり理解できていませんので、ご勘弁)
ですが、中国人が「アスカ」の「カ」を聞き取っていなかったのを、日本では利用してしまいます。
「中臣・ナカトミ」は「魏志倭人伝」の「難斗米・難升米」に「カ」を入れたものです。(卑弥呼の弟のはずです・奴国の登美・ナノトミ)
「藤原・FUJIHARA」は「不死・韓」(百済は永遠である)「FUJI・KHA・RA」から「K」を抜いたものと考えています。

そうしますと、「香椎廟」はどなたの「廟」になるのでしょうか。
ちょっと、わかりませんので、続きません。
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