古代日本史への情熱

記・紀・源氏は魏志倭人伝の奇跡的で運命的な間違い方(逆など)の構造どおりに記述されている。倭人伝にあるのは現代史と未来史

△光仁天皇陵-桓武天皇御母陵-井上内親王陵

2017年07月15日 14時08分55秒 | Weblog
光仁天皇陵から桓武天皇御母陵と井上内親王陵までの距離は、だいぶ違っていると思われましたので、以前は,ちょっと前ですが、結びつけませんでした。
そこで、検討したのは
http://blog.goo.ne.jp/go-hot-ai2395/e/6d87d5df2816223c707bc6c3c647d8ae
△光仁天皇陵-井上内親王陵-広隆寺2017年06月13日

しかし、人間関係においては,この
《光仁天皇-井上内親王-高野新笠(桓武御母)》は最も深く結びつけられる関係でしょう。愛憎・祟り。

光仁天皇にとって井上内親王は前の皇后ですし、桓武天皇御母(=高野新笠)はその後の皇后です。(いきさつは省略。微妙な点も省略)
結びつけても、おかしくはないはずでした。
ただ距離の差が大きいのではないかということが、ネックでした。
しかし、光仁天皇陵での角度が120度、桓武天皇御母陵・井上内親王陵での角度が30度と見ることができれば、結びつけてもおかしくはないでしょう。
しかも、桓武天皇御母陵-井上内親王陵は完全に南北になっています。
そして、桓武天皇御母陵-井上内親王陵のほぼ直線上の山は有名なものばかりでした。
生駒山・信貴山・二上山・葛城山。イメージとしては霊所とされている所ばかりな気がします。(違っていたならごめんなさい)















△光仁天皇陵-桓武天皇御母陵-井上内親王陵
光仁天皇陵→井上内親王陵
 ①208°44′22.25″ ②28°36′45.99″ 42,827.541(m)
光仁天皇陵→桓武天皇御母陵
 ①326°08′58.89″ ②146°00′16.69″ 41,639.811(m)
井上内親王陵→桓武天皇御母陵
 ①357°48′25.37″ ②177°47′23.45″ ③72,180.266(m)

光仁天皇陵での角度
 326°08′58.89″-208°44′22.25″=117°24′36.64″≒117.4102度
井上内親王陵での角度
 360°-357°48′25.37″+28°36′45.99″=30°48′20.62″≒30.8057度
桓武天皇御母陵での角度
 177°47′23.45″-146°00′16.69″=31°47′06.76″≒31.7852度

桓武天皇御母陵
北緯34度58分45.12秒 東経135度39分33.84秒
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.aspx?b=345845.12&l=1353933.84

井上内親王陵(光仁天皇皇后)
北緯34度19分44.48秒、東経135度41分22.73秒
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.aspx?b=341944.48&l=1354122.73
34°19'44.48"N 135°41'22.73"E

光仁天皇陵
北緯34度40分03.87秒 東経135度54分48.29秒
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.aspx?b=344003.87&l=1355448.29
34°40'03.87"N 135°54'48.29"E

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