Go! Go! 後藤光雄

鈴鹿市議会議員 後藤光雄。鈴鹿に生まれて鈴鹿に住んで鈴鹿にやってきて「本当に良かった」といえる、まちづくりをともに!

寄稿文 「子どもたちのために」

2016-02-22 03:29:31 | 教育
幼年教育 2016年1月号への寄稿文です



「子どもたちのために」

 昨年末の事です。三重から群馬まで車で出かけました。
国道23号線、伊勢湾岸道、名二環、中央高速、上信越道、国道144号線を使って5時間ほどのドライブでした。

 菅平ICから国道144号線の道は、逆向きには走ったことのある道でしたが、クルマのナビゲーションの存在に安心と感謝をしたものです。こんな狭い所に入って大丈夫かなと思いきや、国道をショートカットした形で近道を選択していたのです。目的地までの距離も、到着予想時間も、そして右折左折の指示までも頂いて目的地に到着できたのですが、あまりの便利さに考えさせられました。

 車載のナビなどなかった時代、三重から群馬まで車を走らせようと思ったら、地図を開いて、国道何号線から何号線を利用して…と、事前に通る道を頭に叩き込んで、なおかつ地図帳を持参して、確認しながら、天候や道路事情の変化に対応すべく準備をしたものです。

 そういう運転は、結果的に、風景や道路網、目印を覚えたものでした。しかし、正確に詳しく案内をしてくれるナビの出現のおかげで、景色も特徴のある建物なども、観ているけれど覚えようとしていない自分に気がつきました。
ふと、「子育てに共通しているぞ!」と気がつきました。便利さを追求した家電の力を無意識に使用し、危険だからと外遊びもしなくなり、かくれんぼをしたり、秘密基地を創ったりする場所さえなくなってしまった環境で育つ現代の子どもたちは、まさにナビゲーションで案内され続ける中で生活をしているのでなないだろうかと。

 自分で道を選んだ時代は、結果は自分のせいだと思えたものです。他の選択が近道だったかも…と考えたところで、体は一つ、同時に二つの道は歩けません。今歩いている道を、しっかり歩くしかできないのです。しかし、他人の、機械の選択では、恨みや、疑いさえも生まれる事があります。「あいつのせいで」とか、「おかしいんじゃないか」って気持ちが生まれてくる。

 人類は、よりよいものを追求した先人たちの成功と失敗の繰り返しの積み重ねで進歩を続けてきたはずです。その先人たちの努力から受ける便利さも使い方を誤ると、自己責任のとれない人間を生み出すことになってしまう事があるのではないでしょうか。

 幼児教育にかかわって32年が経ちました、子どものうちだからこそ、全身でぶつかって、痛い思いも嬉しい気持ちも体験してほしいものだと思ってきました。
その為には、大人が何でも用意したり、先に手を出したり、ナビのごとく指示することが、子どもの成長を阻害しているということを、意識しながら大人としての配慮をしていく必要があるということを、改めて考えさせられたドライブでした。

 目標や目的を自分の力で見つけ出せるような、成功と失敗の経験を体験する機会を与えてあげる事、奪わない事こそ、「活きる力」を身につけた子どもたちに育てるための大人の責任だと思いませんか。

平成28年1月
                         学校法人 宣真学園 
理事長 後藤 光雄 
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