Go! Go! 後藤光雄

鈴鹿市議会議員 後藤光雄。鈴鹿に生まれて鈴鹿に住んで鈴鹿にやってきて「本当に良かった」といえる、まちづくりをともに!

寄稿文 大学OB会報 白門 みえ

2016-10-26 17:39:25 | サッカー
白門 みえ 寄稿文  
            
「おかげさまで・・・」
後藤 光雄
(昭和54年 経済学部 卒業)

私の中大生活は経済学部経済学科で学び、サッカー部で汗を流した4年間でした。
出身校である長野県立蘇南高校は妻籠宿のある南木曾町にあり、木曽路の北端である奈良井宿から約60キロを通っておりました。
それはサッカーで全国大会へ出場する夢を果たすための選択でしたが、高校1年秋の新人戦県大会で優勝。2年次は高校総体県予選、北信越大会で優勝。三重の全国大会(昭和48年開催)千葉国体に出場。3年次は高校総体県予選で優勝、北信越大会3位、長崎の全国大会に出場し、正月の高校サッカー選手権(大阪開催)では優秀選手賞をいただき、大学サッカーへの夢を描いていたところ、この年の関東大学サッカーリーグで優勝した名門の中央大学への進学がかないました。

目標を全国大会出場と決めていると、それ以上の結果をつかむことが難しくなるという事を学びました。あくまでも全国優勝を目指すべきであったと。
大学でのサッカーは、練馬のグランド横の運動部寮に3年の夏まで、その後は南平寮に住み、八王子校舎の天然芝のグランドで汗を流し、4年時には関東大学サッカーリーグでの1部優勝をつかむことができました。

練馬で始まった大学生活は、運動部寮独特の空気の中でフォア・ザ・チームの精神を磨き上げ、駿河台の伝統ある校舎では東京の大学で学ぶ自分と、伝統ある大学の諸先輩方の活躍に自分の夢を重ねておりました。
今でも駿河台の中央大学会館で毎年開かれるサッカー部の納会に行くと、学生時代が懐かしく、体内を流れる同窓の血を感じています。

その後、中京大学の体育学部で教員免許を取得し、鈴鹿での生活がスタートし33年が過ぎました。
子安観音寺が母体のさくら幼稚園で毎日幼児たちと体を動かし、健康であることのすばらしさ、運動することで自分の体を知り、心を自律できるようになってほしいと願ってきました。

青年会議所活動から地元の青少年育成活動にもかかわり、英国へ青少年指導者研修に行けたのも、自分の殻を割っていただいた出来事でした。
14年前に地元に請われ市議会議員となり、今年は鈴鹿市第74代の議長を務めさせていただいております。
また、東海3県の運動部卒業生の懇親を図る学員体育会中部懇話会の副会長をさせていただいております。

木曽で生まれた山猿が、海を知り、山を思い、無いことを嘆くのではなく、有るものを生かす工夫を常に考え、己の意識をより高所に置くことで、遠くまで、幅広い視野を持って生きる姿勢に気づかせていただけたのは、出会えた多くの人たちのおかげであると感謝し、特に日本を代表する選手を輩出していた中央大学サッカー部の一員であったことが、どれ程気づきを与えてくれたかを感謝し、そんな気持ちを伝えられる日々を過ごしたいと考えております。

今後ともよろしくお願いします。

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寄稿文 「子どもたちのために」

2016-02-22 03:29:31 | 教育
幼年教育 2016年1月号への寄稿文です



「子どもたちのために」

 昨年末の事です。三重から群馬まで車で出かけました。
国道23号線、伊勢湾岸道、名二環、中央高速、上信越道、国道144号線を使って5時間ほどのドライブでした。

 菅平ICから国道144号線の道は、逆向きには走ったことのある道でしたが、クルマのナビゲーションの存在に安心と感謝をしたものです。こんな狭い所に入って大丈夫かなと思いきや、国道をショートカットした形で近道を選択していたのです。目的地までの距離も、到着予想時間も、そして右折左折の指示までも頂いて目的地に到着できたのですが、あまりの便利さに考えさせられました。

 車載のナビなどなかった時代、三重から群馬まで車を走らせようと思ったら、地図を開いて、国道何号線から何号線を利用して…と、事前に通る道を頭に叩き込んで、なおかつ地図帳を持参して、確認しながら、天候や道路事情の変化に対応すべく準備をしたものです。

 そういう運転は、結果的に、風景や道路網、目印を覚えたものでした。しかし、正確に詳しく案内をしてくれるナビの出現のおかげで、景色も特徴のある建物なども、観ているけれど覚えようとしていない自分に気がつきました。
ふと、「子育てに共通しているぞ!」と気がつきました。便利さを追求した家電の力を無意識に使用し、危険だからと外遊びもしなくなり、かくれんぼをしたり、秘密基地を創ったりする場所さえなくなってしまった環境で育つ現代の子どもたちは、まさにナビゲーションで案内され続ける中で生活をしているのでなないだろうかと。

 自分で道を選んだ時代は、結果は自分のせいだと思えたものです。他の選択が近道だったかも…と考えたところで、体は一つ、同時に二つの道は歩けません。今歩いている道を、しっかり歩くしかできないのです。しかし、他人の、機械の選択では、恨みや、疑いさえも生まれる事があります。「あいつのせいで」とか、「おかしいんじゃないか」って気持ちが生まれてくる。

 人類は、よりよいものを追求した先人たちの成功と失敗の繰り返しの積み重ねで進歩を続けてきたはずです。その先人たちの努力から受ける便利さも使い方を誤ると、自己責任のとれない人間を生み出すことになってしまう事があるのではないでしょうか。

 幼児教育にかかわって32年が経ちました、子どものうちだからこそ、全身でぶつかって、痛い思いも嬉しい気持ちも体験してほしいものだと思ってきました。
その為には、大人が何でも用意したり、先に手を出したり、ナビのごとく指示することが、子どもの成長を阻害しているということを、意識しながら大人としての配慮をしていく必要があるということを、改めて考えさせられたドライブでした。

 目標や目的を自分の力で見つけ出せるような、成功と失敗の経験を体験する機会を与えてあげる事、奪わない事こそ、「活きる力」を身につけた子どもたちに育てるための大人の責任だと思いませんか。

平成28年1月
                         学校法人 宣真学園 
理事長 後藤 光雄 
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市が作成する『総合計画』は有効か

2015-03-25 01:45:01 | 議員日記
東洋大学客員教授の南(みなみ)学(まなぶ)氏の『総合計画は有効か』という講座を受講した感想を、鈴鹿市議会議長あてに提出したので、こちらにも掲載します。

 鈴鹿市は、平成26年6月10日から7月8日まで「新たな中・長期的計画策定のための市民アンケート調査」を実施した。
 しかし、国は、『総合計画』策定義務を平成23年にすでに廃止しています。
それは、「拡充」を基本とした、従来型の『総合計画』が、すでに存在意義を失っていること。つまり右肩上がりの成長状況でもなく、またその時期に作られた公共施設の更新時期を迎え、財政的にも困窮した状況下においては、部局ごとに立てる拡充計画を寄せ集めた総合計画自体が、計画策定のためだけの作業であり、縦割り行政の根源となる必要悪的な存在であり、今必要なのは、正確な状況分析のもとで、的確な治療的な政策を実施することにあるからです。

 そもそも、総合計画づくりにはかなりの時間が費やされている現状がある。
部局ごとの構想案を、企画、財政、総務という官房系の部署を中心に、予算(財源)土地利用、組織、人員体制という観点から、全体規模と部局間の重複部分や空白部分の調整、前、中、後期への事業割り振りなどを行い、全体計画の素案を作成する必要がある。
ここまでの作業で、半年から1年程度の時間を要するが、肝心な個別担当課での議論は、おそらく一カ月にも満たないだろう。調整作業に膨大な時間がかかり、もちろんこの過程において議会や各種団体との意見交換も必要になる。
 素案から原案の決定には、市長をはじめとする幹部職員への説明も必要で、審議会の開催、議会への中間報告もあり、その際の意見によって担当部局との調整も必要になってくる。この期間もまた長い時間が必要だ。
 『総合計画』として確定すれば、それを、計画全体、計画概要、分野別説明資料、市民向けパンフレット作製など、広報媒体の作成にもかなりの時間が必要になる。
 つまり、約2年近くかかって作成する中で、直接事業を担当する部署での議論は、最初の1カ月程度しかなく、また、財政を伴う計画となると事業として確定する必要性から縦割り組織ごとの事業となってしまう。結果的には部局における事業を寄せ集めたものになるだけでなく、作成に費やした時間の変化に対応できないものになっている可能性も生まれてしまうのだ。

繰り返すが、今必要なのは、現状の正確な状況分析であり、公共施設のマネジメントができなければ、無駄な時間と経費の浪費になるということだ。しかも市民にとっては現状も未来も見えない、絵の描いた餅、夢を見せられ続けているということになってしまう。

総合計画づくりに費やす時間は無駄であり、現状分析からのマネジメントを進めるためには戦略計画が必要になる。これには、既得権を打ち破る専門性や、「地域の未来」への構想力やロマンが必要になるが、近い未来を見ながら進める戦略計画であれば、具体的な方法の是非に対する意見も見えやすく、方向転換も、見直しもしやすいものとなる。また行政の課題である縦割りの弊害をも打破できるプロジェクトチーム内の議論が見える事は、議会にとっても市民にとっても、わがまちの為の政策がどのように行われているかが見えやすくなり
まさに、税による付託を受ける市役所としての存在価値も、職員の必要性も見えるものとなり、職員自体、市の為の事業、市民の為の施策が説明しやすいものとなり、市民との協働、民間への委託もしやすいものとなるであろう。


以上、講座を受講した感想ももって、研修報告とします。非常にためになった研修講座の受講でした。


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2015年鈴鹿市の成人式に参加して

2015-01-17 03:45:32 | 出来事
1月11日鈴鹿市の成人式に出席した

ホールの中には着飾った女性の姿が目立ち、市民会館の外には男性陣が陣取っている。
でもこれは市民会館のキャパを考えると、女性陣を中に入れる男の優しさだったのかも・・・

白子高校吹奏楽部の演奏でオープニング
続いて、国歌独唱・・・斉唱でよかったのにと思いながら、歌った
ここが長野県なら続いて「信濃の国」を唄うのかなぁ・・・
鈴鹿の歌があればいいのにと思った

市長の式辞「鈴鹿が心のよりどころである『故郷』となってほしい」
「鈴鹿のgoodsをPRしてほしい」
「世の中を変えていくのは、自分たちの力だ。と自覚を持ってほしい」・・・
“ふるさとは、遠くにありて思うもの”遠くにありて思える生き方をしてほしい
成人として、受け伝ええていくものと、変えていくことの判断ができる大人になってほしいものだ

議長の祝辞「成人式の起源の話」「育ててくれた人々に『ありがとう』と言える最高の機会」
「成人としての責任を持って・・・」
成人の責任とは何だろう。果たすべき義務に対する意識はどこまで持っているのだろうか
投票の義務も、納税の義務もどれほど意識しているのだろうか


来賓紹介。国会議員3名を紹介したが、座っていたのは秘書3人
秘書の名前を紹介するか、出席している県会議員全員に登壇してもらったほうが意味がある気がした。秘書と本人との違いにきづいていたのかなぁなんて・・・

誓いの言葉「支えてくれた人に、育ててくれた人に感謝して・・・」「未熟な私たちが自立していく姿を見てもらうことが恩返し」「鈴鹿という故郷で育った誇りを胸に新成人として自覚と感謝の気持ちを忘れずに歩んでいく・・」
義務を果たし、次の世代に受け伝える街にしていく気概が欲しいものだ
成人の日は、感謝することに気づく日ではなくて、まちづくりに参加する自覚を持ってもらう日であるはずなのになぁ・・・

閉会して、昨年も配布資料が散乱していたトイレに寄ってみた。持ち帰ってもらうために袋に入れて配布した今年も、その袋のまま多くが置き去られていた
使えば資源、捨てればゴミ。ゴミを片付けるにも経費が発生していることに気づくことがまちづくりへの参加の一つなのになぁ・・・

と、ブツブツ思いながら、舞台上で主催者として座っていた教育委員の人たちや、成人式の開催に協力している職員の皆さんは、どう思っているのかなぁと、考えながら帰途に就いた2015年の成人式でした
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新聞を読んで

2014-01-16 05:09:52 | 議員日記
伊勢新聞1/12の
元民社党委員長 塚本三郎が斬る-179-
「防衛力強化が平和のとりで」を読んで

内容は、
安部首相の靖国神社参拝が、中・韓国では、今にも日本が戦争を仕掛けるかのように狂気の発言が加えられ、日本人として驚きを禁じ得ない

昨年の6/7・8のオバマ・習近平会談は8時間も行われたが、推量するに・・・北朝鮮の暴発を抑え込むのに中国が本気で取り掛かる。その代償として、中国からの尖閣への軍事侵攻に、アメリカは手を出さない。との黙約が、ひそかに語られているらしい

独裁政権国家は、国民の不満、鬱憤によるデモや暴動を抑え込む手段及び大義として、近隣諸国への侵攻で、国民の目を外にそらせ、国民を弾圧する理由としてきた

外国から奪われた領土と国民を取り戻すこともできないままに、さらなる領土の侵略さえ許そうとしているわが国の現状に、賢明な安部首相はひそかにこれらの蛮行に着々と手を打っている

だが、大局を見失った一部のメディアは、安部政権の足元を揺るがそうと懸命だ

中国の独足政権が人民の不満を抑えることも限界にきているから、その突破口として、すでに地下で静かな戦争が始まっている

日本が、中国との戦争を避けられないものとして、どれ程の対抗策を準備しているか

中国の軍部が、勝利を確信すれば戦争は避けられない。逆に大敗を予測すれば、諦めざるをえない。「日本には敵対できない」との強固な国家体制を築くことが、情報戦の勝利であり、中国の日本への侵入の手を伸ばさせないことである

防衛力の強化を。戦争への準備だと騒ぐな。日本国家こそ、自由と平和を死守するとりでである

と述べています。
正にその通り、偏った報道で真実が見えていない国民への、温かいメッセージとして読ませていただきました
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平成26年鈴鹿市 新成人を祝う会

2014-01-15 18:57:27 | 出来事
2014年鈴鹿市の新成人を祝う会が1月12日市民会館で行われた

鈴鹿太鼓でのオープニング、その中心には成人式実行委員長の姿

荘厳な響きの中に、奏者の気持ちも加わり成人式の門出にはよかった

しかし、演奏中に入場してくる者が口も閉ざさず、ベラベラ声が聞こえるという
人としてのレベルの低さはどこからきているのだろう

自分の姿を、自分で外から見られないままに、
主張のみ大切にされてしまうようだと社会秩序も崩されてしまう

仙台の常盤木学園の校訓「自由と芸術」の中の「自由」について語られている事
我々には自由が与えられている。
しかし、自由といえどもしてはならないことがある
それは、他人の自由を奪うことだ

聴きたい、聴こうとする人の自由を奪う行為を
おいらの勝手だとしている事に、気付かせる教育がなされていないということ

ステージの上の教育委員会のメンバー、教育長、市長はどう考えているのだろう

高校の倫理社会でソクラテスの「無知の知」を教わったことを思い出す
自分が知らないということを知ることから始まるのだということを

20歳になれば、税金を納める義務も生じ、
犯罪を起こせば、少年法でなく、保護者の責任でもなく
当人が裁かれるようになるということも
新成人たちに、どれだけ伝わっているのだろう

ただ、二十歳を祝うだけの会ではなく、
自覚してもらう会のはず
でなければ、市費を投じる必要もない

2075名の新成人の、今後の成長を強く望みながら、考えていた

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中学校給食の為の第二学校給食センター建設関係議案に反対討論をしました

2013-12-25 14:47:11 | 議会活動
鈴鹿市の中学生の為の第二学校給食センター建設関係の議案に反対をしました
以下、反対討論の内容です


すずか倶楽部の後藤光雄です

議案第105号鈴鹿市第二学校給食センター建設工事請負契約
106号の電気設備工事の請負契約
107号 厨房機器の購入にかかる財産の取得について
128号 機械設備工事の請負契約について
反対の立場で、討論に参加します。


これらの議案はすべて、鈴鹿市第二学校給食センターに関係する議案です

中学校給食については、当初から、お弁当を注文することも、パンを購入することも、
自宅からお弁当を持参することも可能な鈴鹿式ランチサービスの提供が
中学校完全給食の実施よりすべての点で優れているという理由で
関係議案は反対をしてきました

いよいよ建築工事の請負契約を結ぶ段階になりましたが、
今からでもやめるべきだ、建設途中の中止も、たとえ建設後の施設売却になろうとも、
中学生に対する完全給食の実施をすべきでないと考えていますので、
その理由のいくつかを述べさせていただきます

明治38年1905年に、英国で書かれた「英国衰亡論」(衰え、亡くなる衰亡論です)を
山口県出身の 玉木ヨシオが訳し「明治138年日本高等小学校教科書」と題して刊行した本の
内容に触れる機会がありました。

それは当時、世界に冠たる英国の衰退を憂(うれ)えた人の書物を訳されたものですが、
英国が衰亡する9つの論点が書かれていて、まさに今の日本にも当てはまるので気持ち悪いぐらいですが、

1:田舎の生活より都市の生活を好んで、結果、健康と信仰に悪影響が出てくる
2:周りを海で囲まれた国なのに、保養のためのほか、海を顧みなくなる
3:優美と贅沢の増加 ローマ帝国の衰亡は、ローマ人が快楽と贅沢を好んだ結果だ
4:文学および劇の趣味の衰退 低俗、俗悪な情報文化に 興味が流れていく
5:身体や健康が徐々に衰えていく
6:宗教心を失い、偽善と宗教儀式に慰めを求める
7:租税の増加と財政の濫費(らんぴ)(無駄遣い)国家は多額の交付金を与え多額の公債を発行する
8:家庭における躾と教育がないがしろになる
9:国の防備の無力化

以上の9つが英国から学校教育を取り入れた日本として、
同様の失敗をすることなく、この英国の衰退から学んだ 子育てをしなさいということで
100年後の「明治138年日本高等小学校教科書」というタイトルをつけたようですが、

この中に「学校児童に給食を施与(せよ)(施(ほどこ)し与える)したることは英国を荒廃せしめたる最も不幸なる偽善行為の一つなり」
と謳われています。

経済発展による戦後からの復興がなり、今は日本人としての生き方、
世界の中の日本のあり方が 問われているときです

今こそ教育の見直し、親子関係のあり方、家族のあり方、子どもの自立 等
つまり生活のあり方を見直す時なのです

先日、薪を燃やして もち米を蒸して、杵と臼を使い 餅つきをしました。
蒸し上がるまで待つ時間、蒸し上がったお米を小突く作業、そして臼の中で響く音、
突き上がったお餅を 御鏡モチにしたり、黄粉、おろし、あんこで食べる時間

多くの人の力や、道具のありがたさ、関わる人たちとのコミュニケーションなしでは
すぎゆかない時間の素晴らしさを改めて感じた若いお母さんたちから
「普段いろんなことをしすぎているかもしれないね」
という言葉も聞かれました

これは、郡山小学校のノーテレビデーの取組みも同じでしょう
会話が生まれ、一緒に食事の準備ができるようになったと報告されています

物を使って、効率よく、便利に使う力はついたが、
その、物を使う人間は育っていないということになってしまってはいけないと
われわれ大人は、再認識する必要があります

この1905年の書物によることなくても
与えすぎること、自ら作り出す体験がなくなること、
人の役に立てる人になれと言いながら、人の為に手を煩わせることを嫌うことを
助長する制度である学校給食の実施に賛成はできません

中学校給食実施に係る諮問委員会でのアンケートで、
母親の賛成は70~80%あったが、子ども、教師の反対も同程度あったと記憶しています。

就労支援の名を借りた施策が、子育ち の阻害要因になっていくという点からも反対です

学校現場から聞く、給食指導という時間の発生で益々担任教師の時間が奪われていくという現実

就労支援の目的は、何の、誰の為でしょうか。
人として生きる使命は、次の世代に伝え、次の世代を育てることであるならば
どう子どもたちを育てるべきかを、熟慮する必要があります

今だけを生きるのは、動物レベルです
人は、過去の上に立ち、未来に向かって、今を生きるから人として生きられるといわれます

10歳までの親子関係が、子どもにとって親の言葉はすべて受け入れられるという関係から
親以外の大人の言葉と、親の言葉との違いに迷い始める
小学生から中学生にかかる、第二次性徴も伴う不安定な反抗期においても、

あたりまえに食事を提供してくれる という 親、大人の存在が、
子どもにとって、やがて大人になり、親となる見本となってきたということ

家族のつながりを大切にする、家族の一員であるということを自覚する
本当に大切な時期であることを考えると、まして、家族の力を得られない場合には、
自分の力で、弁当を作ることができる年ごろです

弁当の作り手の時間を、解放する この施策が、誰の為にもならない ということです

また、給食を実施することによって発生する毎年3億円のお金が、
他の事業、施策に使えるということを考えると、

どの時点であっても、辞めることの決断は必要であると思い討論をさせていただきました。

公共施設のマネジメントによる将来ビジョンの作成が遅れている為の愚策あるとしか
思えないし、この3億円が生みだす世界を想像し、作りだすのが
私達の使命ではないでしょうか

いま述べたように給食を食べる子どもにとっても、
弁当を作る機会を失う本人や、保護者にとっても
給食指導に時間を取られる教師にとっても
英国衰亡論による我が国を荒廃せしめたる最も不幸なる偽善行為の一つなり

となる、中学校の完全給食実施のための議案に対して、反対をします


採決の結果は、反対者2名。賛成多数で可決でした
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6月議会 反対討論

2013-07-02 10:41:10 | 議会活動
6月28日 採決の後閉会となった 鈴鹿市議会6月定例議会の議案のうち
市長の退職手当の特例に関する条例の制定について、反対しましたので
採決前に討論した内容を記載します。

議案の内容は、
3年かけて一般職員の退職金が15.1%カットされていくことに、
同じ思いを共有したいという市長の申し出で、
特別職報酬等審議会を開催して、
特別職退職手当の15%カットは妥当であるが、今就任期間の特例として扱うことが
妥当であるという意見書に沿って、
特別職退職手当金を15%カットする条例を制定するという議案でした
 
以下討論内容です


すずか倶楽部の後藤光雄です

議案第35号 市長等の退職手当の特例に関する条例の制定について
反対の立場で、討論に参加します。

4月22日に6人と5月16日8人の出席を得て開催された
特別職報酬等審議会の議事録を見ると、
答申通り、市長・副市長の
退職手当の引き下げということに対する議論が行われています。

審議会の意見を聴いて、市長が判断するという流れからすると、
問題はないといえるのでしょうが、

条例で、特別職
つまり、市長・副市長・教育長・常勤の監査委員、及び水道事業管理者の
5役6名の退職手当の特例を定めるものとする。とするのであれば、
該当する6人の退職手当がいくらからいくらになって、
所得税がいくらかかり、手取りがいくらになる
という説明があるべきだと思います。

審議会の意向を聴いて市長が判断することですから、
この審議会の答申については、
市長以外の特別職の退職手当の額に対する意見を聞きたいとは思いますが
特に反対するものではありません。

しかし
総務委員会での議案第35号の審議の中で、
鈴鹿市の財政状況を考慮して減額するということだが、
特別職全員でいくらの減額になるのか、という質疑に対して、
即答できずその場で計算をしている状況


審議会の中で、
特別職の退職手当が、いくらが、いくらになるのかという数字の提示は
されなかったのか という質疑に対して、
審議会の中では、数字の提示はなかったという回答

議事録には
市長の退職手当が19,044,000円が16,206,444円になるという事と、
副市長も同じ減額率になるということが記録されていますが、

19,044,000円の15%引き、つまり0.85をかけると16,187,400になります。退職手当の計算は、月額に100分の450を乗じて15%引き下げると
100分の382.5になると説明しておきながら、
金額の説明の時は382.95になるということで16,206,444だと
説明されています。

月額1,058,000に100分の450をかけて任期4年で19,044,000になり、
その15%カットつまり0.85をかけると16,187,400になるのに、
審議会議事録は16,206,444となっている。

このような状況、
審議会委員に訂正の連絡が必要になった状況での、
議案に対する判断はできないという理由と、
もう少し真剣な取り組みをしてほしい
ということで
今回私はこの議案に対して反対します


採決の結果は、賛成多数で議案が通過!! でした

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父性と母性が両方あって、人は育つ

2013-03-07 23:02:32 | 語呂・語録
吉田松陰の教え
「父性に対する尊敬心と、母性に対する愛情の尊さ。これを子どもに教えなければならない。

 尊敬心を導き出す父の厳しさは、100-1=0.つまり、積み重ねても1つ失敗すれば0になるということ。反対に、母性は、1つの失敗を教訓にすることで、それが財産になると教えること。つまり、100‐1=101です。

 この2つがそろって、初めて素晴らしい人材が育つと思います。」


私は、教育現場に警察が入ることに基本的には反対です。

不完全、成長過程の子どもに、大人、社会のルールをはめきれないのが、学校生活だと思うからです。

つまり学生は特権階級なのです。

税の負担もなく、自分の世界を謳歌出来る時代です。

しかし、その先に義務として、国を支える為に税を納める責任があることは、しっかりと教えておかなければならないことだ。と思います。

吉田松陰の教えは、正にその通りだと思います。
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感動の講演会

2013-03-07 22:56:47 | 議員日記
 鈴鹿商工会議所の建設部会主催の“これだけはやっておきたい!命を守る地震対策”
と題した講演会が、東京大学地震研究所 助教 大木聖子氏をお迎えして開かれた。

 氏は、高1の時に起きた阪神・淡路大震災を機に地震学を志し、中越地震の際に、入浴中の孫娘に急いで逃げる事よりも、身だしなみを指示した為に、余震による建物の倒壊の犠牲になった孫娘を思い、悔恨の念に押しつぶされそうな老婆の姿から、地震のメカニズムではなく、いかに人を守るかを研究のテーマにした、人を向いた地震学者になろうと考えたと言うだけあって、わかりやすい説明、取り組みの紹介が、氏の気持ち、スタンスがストレートに飛び込んでくる久々に胸に響いた講演会でした。

 氏は冒頭、駅のホームに立つ時も、「落ちてこない」「倒れてこない」「移動してこない」場所を意識していると述べられました。対策は、起こる前にしかできないと。

 大人は、今までの体験が邪魔をするので、子どもたちに自分の判断で批難する訓練が必要だと述べました。大人は、見えていない(ことにしている)感覚があるということ。中学生になって、照れが生じる子たちでも、小さい子どもの見本をお願いすればしっかり動いてくれると、現場での苦労、工夫の積み重ねを感じる、納得する話が続きました。

 阪神・淡路大震災の揺れは、M7―15秒揺れ M8なら―1分揺れる。東日本大震災のM9―は3分間揺れた。揺れ方は様々だけれど、1分揺れたら津波を予想してとにかく高いところへ批難しろ!と教えて下さった。

 地震=津波ではない。
地震はまず揺れる。揺れ方は様々だ。
この揺れから、自分の身体を守ることが、第一義に必要なことだ。
耐震対策が最も優先されるべきことだ。とも述べました。

 氏が、最後の方で述べた言葉が、今も心に強く残っている。
『事が起こると、その原因を追求する際に、要因と思われるところへ爆弾を押し付け合っている。多くの先生と子どもたちが犠牲になった大川小学校の先生たちは今、爆弾を抱えさせられて、責任を問われている。
しかし、海から4㎞、すぐ近くに天井川が流れる2階建ての大川小学校は、建てたときから被災していたのであり、2.11の地震が起きて被災するまでの51分間の苦悩を責めるべきではない。指摘しなかった地震学者に責任はないのかと自問している・・・』
そんな目を持っている地震学者の存在に胸が熱くなりました。

 まるで子供の心を持ち続ける姿。変に大人になろうとしない純粋さに、我身を振り返させられました。
若者の情熱が、国を変えるんだ!!おいたら若者の情熱を理解してフォローできるようになりたいと、まだ胸に残る情熱の火が大きくなるのを感じると共に、エネルギーをもらった講演会でした。
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